Open Innovation Platform

細胞培養”魚肉”から人工母乳糖製造まで バイオテックはここまで来ている

刺身を作ることが最終目標とプレゼンするFINLESS FOODS のMIKE SELDEN氏 同社はNYで2017年に創業された。創業者はNew Harvest出身。

刺身を作ることが最終目標とプレゼンするFINLESS FOODS のMIKE SELDEN氏

 世界最大級のスタートアップアクセラレーターIndieBioの第5回目となるデモデイが、2017年9月14日にサンフランシスコ市内のHerbst Theaterで開催された。前回のデモデイ同様に200人を超える投資家や報道関係者が集まったこの日、スタートアップ企業12社が自社取り組みを紹介し会場を沸かせた。

今回のデモデイに登壇した12社

今回のデモデイに登壇した12社

 IndieBioが今までサポートしてきた会社は65社を超え、資金調達の合計額は1億ドル(110億円)を突破したという。IndieBioのシードアクセラレータープログラムはまだ始まって2年半であり、多くの卒業企業(4ヶ月のサポートプログラムを受けた企業)は未だアーリーステージにあるため、資金調達の額はまだそこまで大きなものとなっていないが、今後さらなる成長が期待で見込めるだろう。

 IT業界と比べると、バイオテクノロジー業界は一般的に商品化やサービス化までの時間がかかる。IT業界のスタートアップはインターネットやプログラム言語など、すでに基盤が整っており、その上で新たな価値のあるアプリケーションを開発することが多い。しかし、バイオテクノロジー業界は基盤から作り上げなければならないことが多く、調査研究や開発に多くの時間とコストを要する。また、生物実験を行うことも多いため、時間がさらに必要となる。

 このようにITのサービスや商品と比べると、時間も手間も必要なバイオテクノロジーの分野だが、今回のデモデイでは、この分野に今後飛躍的な変化をもたらすかもしれない技術の一面を見ることができた。ここでは、私たちの日常にも関連が深い製品を取り扱う「FINLESS FOODS」と「SUGAR LOGIX」の2つのスタートアップに関してその詳細をここで紹介したい。

天然でも養殖でもない”本物”の魚を作りたい

FINLESS FOODSは MIKE SELDEN氏によって2017年に創業された。同氏は人工肉などの製造を行っているNew Harvestの出身だ。FINLESS FOODSを始めるきっかけになったきっかけは下記の2つの問題意識からだという。

1.魚は健康にいいが、世界中で消費が伸びたことで消費量が生産量を上回り、価格が高騰している。そしてこのままいくと近い将来、魚が取れなくなる可能性がある。
2.環境汚染により、魚に水銀やプラスチックが含まれる場合があり、健康を害することがある。

 こうした課題を克服するため、質のいい魚から細胞を取得して培養することで”本物”の魚肉を作ることにチャレンジすることを決めた。この”本物”というところがポイントである。

 人工肉や純肉という言葉を聞いたことがあるだろうか。牛肉においては、人工的に”肉”を製造する技術は魚肉より先に進んでいる。こうした製品は、見た目では区別がつきにくいが、大きくわけると2つのカテゴリーがある。

 ひとつは Impossible FoodsやBeyond Meatなどが米国ですでに製造、販売している植物性たんぱく質を混ぜ合わせて擬似肉を作るものだ。これは「牛肉に似た」食べ物を植物由来の成分で作っている。

 もうひとつは、New Harvestや日本のShojinmeatが研究開発している「純肉」である。それらは、牛の細胞を特殊な培養液を用いて培養するものだ。この培養液は、 牛胎児血清や成長因子でできており非常に高額である。現時点で100gの牛肉の細胞培養を行うためには300万円かかるとも言われている。

 FINLESS FOODSがとっているアプローチは後者であり”本物”の魚肉を作ることを目標に研究開発している。現在、彼らのプロトタイプのコストは$10,000/lb(約240万円/kg)以上のコストがかかっている。これを2021年には$10/lb(約2,400円/kg)にすることを目標にしている。

 この技術が汎用化すれば、魚の生産流通経路も大きく変わるだろ。つまり、海や川が近くになくても魚を製造し販売することができるようになるのだ。

 近い将来、スーパーの鮮魚売り場には「天然マグロ」、近大マグロで有名になった「完全養殖マグロ」、そしてこの「細胞培養マグロ」が並ぶ日が来るのかもしれない。

人口母乳糖はすでに承認済み

 2017年にカリフォルニア バークレイで創業したSUGAR LOGIX。腸内細菌を整えるために母乳に含まれる糖(2フコシルラクトース)が効果的であると知り、それを母乳なしに酵母を用いて合成することに成功した。

母乳に含まれる糖を人工合成したSUGAR LOGIXのKulika Chomvong氏

母乳に含まれる糖を人工合成したSUGAR LOGIXのKulika Chomvong氏

 腸内細菌は”第二の脳”と呼ばれることもあるほど、ヒトの体にとって重要であると言われている。体調の変化や特定の病気が腸内細菌に由来することはもちろん、「お腹が空いた」などの感情まで腸内細菌が影響していると言われるほどだ。

 同社の合成手法は酵母を用いたものであり、バクテリア でもなく化学合成でもない。酵母を用いることにより安価で、規制に適合しやすく、効率的で、応用可能な範囲が広く合成できるという。彼らの製品はすでにFDA(日本でいう厚生労働省)の承認 を得ている。

 FINLESS FOODSと同様に、今後同社が取り組まなければいけない課題は製造単価を下げることである。現在は1kgの糖を製造するのに約$1,000(11万円)かかるという。これを6年後には$100(1万円)まで下げ、プレバイオティクス商品として企業向けに販売していく計画だという。

* * *

IndieBio卒業企業と運営メンバー。最左がManaging Director and Founder であるArvind Gupta

IndieBio卒業企業と運営メンバー。最左がManaging Director and Founder であるArvind Gupta 2017年9月14日にサンフランシスコ市内のHerbst Theaterにて撮影

 今回のデモデイには、食から医療、工業まで幅広い分野のスタートアップ企業が集った。これだけ広い分野をIndieBioは6人のメンバーで運営していることは驚きである。日本ではまだIndieBioのようなバイオテクのアクセラレーターが存在しない。一方で、大学の研究室には世界でも注目されうる要素技術が眠っていることもある。大学の研究者がアントレプレナーシップを持ち、卒業後に就職ではなく起業の道を選ぶ時代が来れば、日本は世界のバイオテクノロジー分野をリードできる可能性を十分に秘めているのではないだろうか。

参考記事

IndieBio前回のデモデイの様子:バイオテクノロジー分野のスタートアップアクセラレーター「IndieBio」のデモデイに参加してみた)

伊藤穰一氏とNEW HARVEST代表のIsha Datar氏の対談:「人工肉」でサステイナブルな社会を実現する!NEW HARVESTの挑戦

Ron Shigeta氏のインタビュー:NCCインタビュー Ron Shigeta氏(IndieBio チーフサイエンスオフィサー)

宇佐美克明 Written by
DG LabでBiotech分野を担当。東京工業大学 生命理工学部卒。学生時代は、生態系に与える影響を最小限にし、かつ経済的効率性を向上させるグリーンケミストリーの研究を行う。卒業後は、研究者の道ではなくビジネスの世界に入り、インターネット広告業界で経験を積む。2011年にインドネシアに渡り、2015年 インドネシア法人を売却。2016年より東京に戻り Biotech分野にてテクノロジー×ビジネスの取り組みに従事。
Follow