2018年4月、中国通信機器メーカー大手ファーウェイ本社を訪問した。同社の事業を紹介するショールームに不思議な“物体”が存在した。それは実物大の牛と羊の人形だ。携帯基地局などの展示が立ち並ぶ中で、突然の「牛」。半端ない違和感である。
この人形、たんなるジョークではない。ファーウェイの新サービスを紹介するための展示なのだ。そのサービスとは「牛聯網」。インターネットに接続された車を「コネクテッド・カー」(車聯網)と呼ぶ。それになぞらえて、インターネットに接続された牛、「コネクテッド・カウ」(牛聯網)と呼んでいる。
ファーウェイ公式サイトに掲載されている、「コネクテッド・カウ」の資料によると、 乳牛の65%は夜9時から翌朝4時の間に発情するという。発情は不規則で、察知するのは容易ではない。いかに確実に発情を察知し、受精を行うかが、生乳生産量を高めるカギとなる。コネクテッド・カウは首輪に内蔵されたIoT機器だ。発情した乳牛はそわそわと歩き回るようになるが、その挙動を感知する仕組みとなっている。
既存の乳牛発情観測システムの多くは近距離通信に基づくものだった。農場内に基地局を設置する必要がありコストがかさむほか、カバーできる面積も狭い。接続数が多く、広い面積をカバーし、安定した性能を発揮し、コストパフォーマンスを高めるネットワークが、近代的な乳牛発情観測システムには必要だ。今回、このニーズに答えるものとしてファーウェイはNB-IoT技術を提唱している。
基幹技術となっているNB-IoTとは、LPWA(Low Power Wide Area Network、低電力・長距離通信ネットワーク)技術の一種。LTEの周波数を使うため、既存の基地局が活用できる。初期投資をかけずに展開することができるわけだ。通信速度を抑えることで、電力消費を極端に抑えることができる。製品寿命がつきるまで電池交換が不要という使い方ができるのだ。コネクテッド・カウでは5年間電池交換不要というスペックだ。
2015年3月、李克強首相は全国人民代表大会において「互聯網+(インターネットプラス)行動計画」を提出した。インターネットプラスとは「インターネット+製造業」「インターネット+金融」などあらゆるジャンルのデジタルトランスフォーメーションを促進するという意味を持つ。コネクテッド・カウもまた「インターネット+農業」の一例だ。「インターネット+農業」は新たな成長ジャンルとして注目されている。ファーウェイのショーケースでは他にも水田の水位調整システムなどが展示されていた。
生産以外に農産物の物流やEC(電子商取引)でも「インターネット+農業」の試みが行われている。アリババグループの関連企業である生鮮スーパー、盒馬鮮生には「盒馬日日鮮蔬菜」というコーナーがある。その日に収穫したものを販売するもので、日本風に言うならば朝採り野菜だ。インターネットによって効率化された物流システムによって、農村とスーパーを直結する仕組みができた。しかもそれぞれの商品はQRコードを読み取ると産地がわかるトレーサビリティーを実現しているほか、盒馬は注文すると最速30分で自宅まで配達してくれる。畑から食卓まであっという間に届くわけだ。
同じくアリババグループの関連企業であるアントフィナンシャルは、農村向けに「旺農貸」という金融サービスを提供している。農家に資金を融資するものだが、直接現金では手渡されない。アリババ系列のECで飼料や種子、小豚、農業機械を購入する用途に限定されている。手にした資金をギャンブルや投資に流用することを防ぐとともに、農家の経営状況をネットで把握することにより、与信評価を可能にするという枠組みだ。
また収穫物はアリババのECで販売することが決められている。これにより資金回収のリスクも軽減されるほか、誰が作ったのかはっきりわかる、プレミア価値を持った農作物として販売できるというメリットもある。
盒馬鮮生にせよ、アントフィナンシャルにせよ、「インターネット+物流+農業」「インターネット+金融+農業」という複雑な立て付けになっている。農業の周辺にはデジタル化やネットにつながることによる改善の余地が多く残っている証左と言えるかもしれない。
途上国の強みの一つに「後発優位」がある。先進国の事例をもとに効率的な投資、改善が行えること。さらには現状が遅れているだけに投資、改善によって得られるメリットが大きくなることなどだ。中国の産業の中でも、最も遅れた分野である農業だけに、「インターネットプラス」がもたらすメリットは巨大なものとなるだろう。