帰宅してからダイニングのイスに腰掛けるまで、人はどんな行動をしているのだろうか?
まず玄関、続いて廊下や居間の照明のスイッチを入れる。暑い(あるいは寒い)季節はエアコンをオンにする。すぐにテレビやパソコンの電源を入れる人もいるかもしれない。慌ただしく、その時間に見たい番組にチャンネルを合わせ、そうそう風呂のお湯も張っておかねばと、給湯器のリモコンを操作する。
このように、私たちは1日中、あちらこちらのスイッチをオンにしたりオフにしたり、窓やカーテンを開け閉めしたりしながら暮らしている。これらを自動化できないか?それが「スマートホーム」の構想の出発点だ。
人の存在を感知して点いたり消えたりする照明はすでにさまざまな場所に設置されている。また昨年あたりから普及しだした「スマートスピーカー」は話しかけることでテレビやエアコンを操作したりすることができる。家庭内機器の自動化や遠隔操作は徐々に始まっており、住宅は少しずつスマートになって来ている。しかし「スマートスピーカー」は確かに便利だが「〇〇をして!」と指示しなければならない。学習の結果、持ち主の好みの音楽を自動的に選ぶくらいのことはしてくれるが、いまのところはせいぜいその程度だ。
これをさらに進めて、指示なしで、その時にその人が意図したような状態になるよう家電や空調を操作する技術の開発が進んでいる。
IoTによって住宅のあらゆる機器や設備をネットワークにつなげ操作することが可能となる。また、センサー技術も発達し、温度や明るさなどだけではなく離れた場所から居住者の体温、心拍数などのデータを計測することも可能だ。さらにAI(人工知能)の発達で、こうしたセンサーからのデータやカメラが捉えた行動履歴からその人が何をしているのか、次に何をしたいのかを推測することも可能となってきた。
こうした技術を活用、統合した仕組みが米国のベンチャー企業Brain of Things(BoT社)が開発したAIスマートハウス「CASPAR(キャスパー)」だ。CASPARは部屋に設置されたセンサーやカメラから収集したデータをもとにAIで状況を判断し、自動的に家電を操作する。さらにその操作が、居住者によって修正された場合は(「もっと明るく」「レースのカーテンは閉めたままで」など)それを学習し、次回から居住者の好みにあったより適切な判断ができるようになる。米国では2016年以降、住宅への導入が進んで好評を得ているという。
日本では2017年にマンション開発の株式会社インヴァランスがBoT社に出資しており、自社物件への導入も進めている。先日、千葉県の幕張メッセで開催された「CEATEC JAPAN」の会場では同社の子会社でスマートホーム・ソリューションを提供する株式会社 ACCEL LAB(アクセルラボ)が、その展示エリア内でCASPARの紹介をしていた。そこで普及にあたっての課題などを聞いたが、最大の障壁はCASPARそのものの能力ではなく、日本ではつながる家電や設備がまだまだ少ないことだという。
また、同じ会場では株式会社エコライフエンジニアリングがやはりCASPARの紹介を行なっていた。こちらは日本の住宅メーカーに向けてCASPARの販売を行なっている。また、日本への導入にあたってのローカライズにも協力したという。日本版を作るにあたって米国版を手直しした部分などを会場で説明にあたっていた同社CASPAR事業部の小林圭一部長に尋ねたとこ、ホームパーティーの盛んな米国ならではだが、CASPARには照明や音楽を自動的に選択してパーティーを盛り上げてくれる機能がある。それも「ハロウィンモード」など細かく選択できるようになっているという。これは日本版ではあまり必要がないと思われるが、逆に「(米国ではシャワーが主体なので、じっと湯船に浸かる日本では)入浴中はモーションセンサーが反応しないですね。(入浴しているという情報を)どうやって拾うんだということがありました」とやはり、いくつか苦労はあったようだ。
今年の9月にはパナソニックがBoT社への出資を公表しており、住宅や家電など住宅設備を総合的に扱う同社の関与で、現時点ではまだ小規模な導入にとどまっているCASPARなどのスマートホームの仕組みは、本格的な普及期を迎えるかもしれない。
それにしても、少々気がかりなのは、CEATEC会場でのスマートホーム関連の日本企業の出展は、センサーや通信機器などばかりで、その頭脳であるCASPARのような製品を提案する日本の企業は見かけなかったことだ。
パソコンやスマートフォンがそうであったように、サービスの基盤となるOSやプラットフォームを握った企業が圧倒的な勝者になる。「家」にはネットでは拾いきれないリアルな行動データが数多く詰まっている。かつて世界を席巻した日本の大手家電メーカーがセンサーに注力している間に、この宝の山の本丸を狙おうという意欲的なベンチャー企業が日本にも現れて欲しい。