サイトアイコン DG Lab Haus

東大VRセンター設立記念式典で語られたVR活用の近未来

VRセンター設立記念式典で登壇したVR分野の若手研究者たち

VRセンター設立記念式典で登壇したVR分野の若手研究者たち

 東京大学がVR(バーチャルリアリティ、仮想現実)普及の世界的拠点を目指して設立した、全学組織の連携研究機構「VR教育研究センター(以下、VRセンター)」の設立記念式典が、2018年11月1日、東京大学の本郷キャンパス内で開催された。

 同センターは、VRの基礎研究の推進(基礎研究部門)と共に、VRの社会実装や応用展開に向けた研究を推進(応用展開部門)するとしているが、式典ではこうした体制を反映し、前半はVRの応用や活用に期待を寄せる他分野の若手研究者が、後半にはVR分野の若手研究者が講演やディスカッションを行った。

 黎明期から30年近くVR研究を牽引してきた東京大学が、VRの未来をどう考え、どのような方向に進もうとしているのか。講演やディスカッションの内容から、そのヒントを探る。

期待が高まる耳鼻科医教育におけるVR活用

 「バーチャルリアリティへの期待」をテーマとした他分野(医療、美術、高齢社会など)の若手研究者による4つの講演が行われた。その中でVRへの期待感が強く伝わってきたのが、「VRがもたらす耳鼻咽喉科臨床の進歩」と題された吉川(きっかわ)弥生氏(東京大学医学系研究科)による講演だ。

耳鼻科医教育へのVR活用に期待していると述べる吉川弥生氏(東京大学医学系研究科)

 五感のほぼ全てを扱う耳鼻科はVRとの親和性が高く、吉川氏によれば「すごい宝の山」だとのこと。その上で、現在、耳鼻科の若手医師は手術の技術を習得するため、指導医の監督のもと、実際の患者を手術しながら練習するケースが多い。遺体や人工即頭骨を使うこともあるが、これらが非常に高価だと説明した。

 「こうした状況をVRによる手術教育システムを導入することで解決できるのでは」と吉川氏は述べる。また耳鼻科医の技術習得には、「自己効力感(自分への信頼感や自信)」を高めることが大事だが、「若手耳鼻科医の自己効力感を生み出す装置をVRで作り出せるかもしれない」など、耳鼻科医教育におけるVR活用に強い期待をよせた。

VRの疑似体験が“こころ”に与える影響は?

講演を行う鳴海拓志氏(東京大学情報理工学系研究科)

 こうした他分野の研究者のVR活用への期待を受け、式典の後半では、「バーチャルリアリティのこれから」をテーマにしたVR分野の若手研究者による4つの講演が行われた。その中で特に興味深かったのが、「こころと上手に付き合うためのVR」と題された鳴海拓志氏(東京大学情報理工学系研究科)による講演だ。

 鳴海氏は、「これまでのVR研究(第一世代)は環境をいかにリアルに再現するかにフォーカスしてきた」とし、「これからのVR研究(第二世代)では、VRの疑似体験が身体にどのような影響を与えるのかを考えていくことが大事なトピックになる」と述べた。

 その一例として鳴海氏は、被験者の見かけを変えることで感情を変える研究(「扇情的な鏡」)を挙げる。これは、ビデオチャットで会議を行う際などに、リアルタイム画像処理技術を使って表情を変化させるというもので、お互いの表情を“笑顔”にすると、出てくるアイデアの数が増える傾向にあったという。「VRがコミュニケーションの間に入り、人をポジティブにしたりクリエイティブにしたりする能力を発揮することで、社会の生産性を上げることができるかもしれません」と鳴海氏は説明する。

 さらに前半の講演で吉川氏が触れていた「自己効力感の向上」についても、実際にスポーツのトレーニングにVRを活用し、自己効力感を上げる研究(「疑似成功体験を与えるVRトレーニング」)が進んでいる。これは、3メートルほど先にある的にボールをあてる運動をVRで補正し「成功したように見せる」ことで自己効力感を高めるというもの。VRトレーニングを繰り返すことで、現実の空間でも成功確率が2割ほど上がったという。「こうしたトレーニングを取り入れることで運動のパフォーマンスを安定させ、高いパフォーマンスを維持できるかもしれない」と、鳴海氏は自己効力感を高めるVRの効果に自信をのぞかせる。

 一方鳴海氏は「好きでもないものを好きにさせられてしまう」など、VRが身体に与える影響を悪用される危険性も挙げる。VRをどう活用していくかは、さまざまな分野の研究者や企業と話しながら考えていく必要があると、今後の研究における課題を示して講演を締めくくった。

“外”へと向かう東京大学のVR 研究

 VR分野の若手研究者4名による講演の後、登壇したメンバーと、VRセンター応用展開部門長である稲見昌彦氏(東京大学身体情報学分野 教授)によるディスカッションが行われた。その議題の中心となったのは他分野とのコラボレーションについてだ。

 東京大学大学院情報学環の筧康明氏は、「(VR活用の)アイデアを与えるだけではなくて、その場で試すこと、作り手と使い手の関係をどう壊すかが、これからのVR活用には大事。装置も簡単になってきているので、もっと使う人と作る人がゴチャ混ぜになるような関係ができるといい」と語った。

 それを受けモデレーターの稲見氏は、VRセンターが作ろうとしている研究拠点が、研究者や生活者、企業などのステークホルダーを招き入れて共創する「リビングラボ」の形式をとることを挙げ、そこでは「『こういうものがあるので使ってください』ではなく、『何を一緒にやっていきましょうか』ということを議論できればと思う」と話した。

 また、東京大学大学院情報学環の味八木崇氏は、VRを使って幻肢痛(手足などを切断した後に存在しない手足で感じる痛み)の緩和ケアを行う取り組みの当事者が、「自分たちで試行錯誤しながらVRの装置を組み立てている」ことを挙げ、「(研究者ではなく)当事者自身が簡単に装置を作れるような仕組みを提供することが、これからやっていくべきこと」だと説明した。

 設立記念式典における若手研究者のディスカッションで、外部機関との連携が話題の中心となったことは、VRセンターが進もうとしている方向性のひとつが“外”に向いていることを強く示唆している。式典の締めくくりとして稲見氏が語ったコメントに、その姿勢が凝縮されている。

「SF作家のウィリアム・ギブスンの言葉に『未来はすでにここにある。ただ均等に行き渡っていないだけだ』という言葉があります。同じようにVRもすでにここにある。まだ世の中に浸透していないだけです。世の中にVRを行き渡らせることも我々のミッションです。ぜひ皆さんの力を借りながら進めていきたい」(稲見氏)。

 

 

モバイルバージョンを終了