2019年6月24日に行われた『THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2019 TOKYO』では「How to Build a Data Ecosystem」というテーマのもと、さまざまな分野からの知見が述べられた。
その中でジャーナリスト高口康太氏は「統治のDX(デジタル・トランスフォーメーション)と監視社会化~中国の社会信用システムを読み解く」と題した講演で「ハイテク監視国家=中国」と一元的にとらえられがちな中国の実情について話した。
高口氏によれば中国全土には2億台以上の監視カメラがあるという。それらの監視カメラのうちAI監視カメラをネットワークするのが『天網工程(Project Sky Net)』で、そうした監視カメラを地方自治体が設置するプロジェクトが『雪亮工程(Dazzling Snow Project)』。さらに警察や消防などあらゆる部局がデータを共有する『平安城市(Safe City)』。また、ある国民のIDや金融情報、SIMカードの移動履歴を網羅的に見られるものが『一体化連合作戦平台(IJOP)』だと説明し、これらが中国の“リアル社会に対する監視”を実現していると説明した。
さらにネットでは国外との情報のやり取りはグレートファイヤーウォールで監視または遮断されており、国家安全部、地方政府、警察によるネット監視システムが目を光らせている。こうした監視網に違法行為が見つかると、逮捕される前にまず警察に呼ばれ「あなた何をやっているのですか」と警告される段階がある。これを“お茶を飲まされる” と中国国民は表現する。こうした監視は企業の自主検閲、共産主義青年団、居民委員会の監視ボランティアなども行っており、ネット監視員の数は1000万人を超えると言われる。またネット炎上を感知する世論監視システムも存在しており、インターネットでどういう社会的事件が話題になるかをいち早く察知し、炎上する前に対処する。
「こういう面から『中国の監視国家化はすごい』『SF小説『1984』を体現している』という話になりがち。しかし、果たしてそうなのでしょうか?」(高口氏)
監視はより巧妙に変化する
高口氏は、「監視」という言葉の意味合いが変化していると話す。前近代的な意味での「監視」とはあからさまに“見張る”“取り締まる”ことだった。それが近代化するとより巧妙になり、監視していると意識させることによって人々が政府に抵抗するような行動をとらないようにする手法「パノプティコン」が主流となる。さらに中国はもう一歩先の「ポストパノプティコン的監視」の段階に進んでいる。その仕組は巧妙で、自身の行いを正し、自身に関するデータを積極的に提出すればメリットが得られるような仕組みになっており、監視する側は労少なくしてより詳細な情報が入手できる。
また、隅々まで監視の目は行き届いているが、その事実は表面には現れないので人々は監視されていることに気が付かず、そのことが監視社会への抵抗感を和らげている。その一例として高口氏が挙げたのが、中国版Twitterと呼ばれるウェイボー(Weibo)の「信用スコア」だ。デマをつぶやくと信用スコアは減点され、ペナルティが与えられる。ペナルティが続くと、アカウントが削除されるなど自身に不利益が生じるので、ユーザーは「スコアが減るようなことはしないでおこう」と自制する。つまり不都合な言動が多い人物に対して当局が能動的に当該人物の行動を追いかけ監視しなくとも、ユーザーが自発的に行いを修正していく。こうした仕組みはペナルティを受けてはじめて分かるので、大半の人は、この仕組み自体を知らない。つまりこうした巧妙な監視の網が張り巡らされていることに気づくことがないのだ。
続いて高口氏は自身の芝麻(ジーマ)信用のスコアを例に取り説明した。現在620となっているスコアを上げるには、自宅の不動産契約書のコピーや大学卒業証明書など自身に関する情報をアップすればいい。ここでもスコアが上がれば、生活のさまざまな場面で特典が付与される。芝麻信用はアリババグループのシステムだが、企業が開始したこの新しい監視システムを、中国政府が情報収集の手段として統治に組み込もうとしているという。
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高口氏によると、今年中国で一番ダウンロード数が多いアプリ(7000万DL)が、中国共産党員向けの『学習強国』だということだ。このアプリで中国共産党に関するテストに正解するとスコアがたまり、革命聖地への旅行が安くなったり、共産党グッズが安くなったりするという。これを喜々としてダウンロードし利用していると聞くと、「一党独裁国家の従順な国民」という印象を持ってしまうが、実際中国に住む人々はしたたかだ。「中国には、“上に政策あれば下に対策あり”と言う言葉があります」と高口氏。その実例としてこのアプリが出すテスト問題に自動的に回答し、勝手に党員スコアをアップしてくれるプログラムもあり、そちらも同時に大人気ということだ。
中国と先進国との妥協点
「わたしが思うに、一般に言われるほど中国は特殊ではないと思います。ポイントは“利便性とプライバシーをいかに両立するか”。みなさんも利便性を完全に捨てさることはできないのではないでしょうか」(高口氏)
中国でもプライバシーが大事だという認識は存在する。だが中国では利便性を最大化し、経済成長を担保することが最重要ポイントで、その上でプライバシーをどう確保するかという方向に進もうとしていると高口氏は述べる。中国は欧米とは逆で社会実装が先行し、規制が追走している。高口氏は「先進国でもいろいろプライバシーの話が出ているが、より豊かになることが目的であれば、出発点は違えど中国と似たような所に着地点があるのかもしれません」と結んだ。
テクノロジーにどう民主主義を埋め込むのか
続けてスプツニ子!氏(アーティスト)をモデレーターとし、欧米日と中国のデータ管理の現状と課題についてのパネルディスカッションが開かれた。ドイツのベルリン在住の武邑光裕氏(武邑塾 主幹)は「真実がほとんど見えなくなっている世界でプライバシーだけが“真実の最後の砦”になっている」と話し、吉田宏平氏(内閣官房IT総合戦略室 参事官)はデータを提出するモチベーションは「基本的に個人のメリット」に基づくと話した。メリットとは利便性やお金だけではなくてソーシャルグッド(社会的に良いインパクトを与えるものやサービス)もあるとのこと。ステファニー・グエン(MITメディアラボ研究者兼デザイナー)氏は、国や地域によりプライバシーの背景となる文化・コンテキストが違うことを指摘。たとえばベトナムには欧米流のプライバシーという概念を表す適当な言葉がない、そうしたことからもひとつの文化を基準にルールを作るべきではないと話した。
また、パネリストとしてここも参加した高口氏は、この問題は「テクノロジーにどう民主主義を埋め込むのか」ということなのだが、こうした検討はこれまで主に民主主義が前提の日欧米で議論されてきた。そこに中国、そして近い将来インドやロシア、東南アジア諸国が入ってくることになり、議論の土台はより多様化するだろうと述べた。
武邑氏は「EUは中国のデータエコシステムを評価しはじめており、EUと中国は新しい関係性を創り出していく予感がある」と続けた。さらにグエン氏も「弁護士、学者、政治家、テクノロジー関係者など多様な人が集まって話さなくてならない」と語り、人間の共存の仕方、システム、政治や社会のあり方にまで関わってくる問題であると示し、パネルディスカッションは終了した。