「ブロックチェーン」という言葉が世に知られるようになり、初期には金融分野で、そして最近では非金融分野において、その可能性についてさまざまな検討がなされてきた。その検討結果、実証実験の結果はどうなったのか、さらにそこから見えてきた課題や今後の可能性について、株式会社三菱総合研究所の主任研究員である河田雄次氏にお話をうかがった。
河田氏は、2016年から2018年まで日本銀行に出向し、欧州中央銀行とのブロックチェーン共同調査「プロジェクト・ステラ」に従事。現在は官公庁および民間向けにブロックチェーン・暗号資産の調査・コンサルティングを行っている。
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――まず、非金融分野より先にブロックチェーンの活用が始まった金融分野の現状について概要について教えて下さい。
河田雄次氏(以下、河田):金融分野でいうと、リテール側のお話とその裏側、銀行間決済とかSWIFT(国際間金融取引)そういう別々お話があります。つまりコンシューマー(リテール)とエンタープライズ(ホールセール)という切り分けですね。
コンシューマー側では暗号資産関連の動きが非常に積極的。特に昨年は「デファイ(DeFi=Decentralized Finance 分散型金融)」が盛り上がりましたよね。中でもステーブルコインについては、これに関連した「Libra」や中央銀行デジタル通貨など含めて、今年はさらに注目されていくと思います。
一方で日本の国内市場のだけを見るとかなり環境が変わってきています。(仮想通貨)取引所の収益環境が厳しくなっています。分別管理義務やレバレッジ規制など、資金決済法や金融商品取引法の改正で投資家保護の側面が強くなり、日本の従来ながらの暗号資産の市場はシュリンクしつつあるなあと。STOも国内外で注目されてきましたが、国内では今後の展望が難しいなと。
――金融分野の企業でのブロックチェーンの活用はいかがですか
河田:エンタープライズ向けは、私の把握している限りでは、資金決済、証券決済、クロスボーダー決済。どれもちょっと未だにかなり距離があるんじゃないかと思っています。
ブロックチェーンが出てきた時には、金融の在り方がかわるんじゃないかということが言われていたのですが、その一方でSWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会)が作った非ブロックチェーンベースのSWIFT GPI(global payments innovation )は利便性も高く、現状国際送金の半分以上を扱っていて、 順調に利用が伸びています。
一方で、日本円と例えばドルの交換といった為替取引を専門に行うCLS銀行(Continuous Linked Settlement:多通貨同時決済)が立ち上げたブロックチェーンベースのCLSネットというのがあるんですけど、こっちはあまりうまく行ってない。こういった話は結構多くて、国内でも全銀ネットをブロックチェーンで置き換えたらどうか、もしくは約定照合やKYC(Know Your Customer:本人確認)情報の共有をブロックチェーンで実現したらどうかというのはあったんですけど、正直その後に結びついていない。
中央銀行も日本銀行が「Project Stella」、シンガポール金融管理局は「Project Ubin」、カナダ中銀は「Project Jasper」というものをやってまして、ブロックチェーンが中央銀行決済インフラへ与えるインプリケーションなどを検討してたんですが、なかなか「すぐにやろう」というところまではいっていないなあという気がしています。
――金融分野で商用化が進んでいるものはなにかありますか。
河田:それ以外ですと、貿易金融の分野では利用が伸びてきています。IBMと海運会社のMaerskとが一緒になって作った「Trade Lens」と言う貿易金融プラットフォーム。これは貿易金融にかかわるさまざまな情報を適切なアクセス制御をかけつつ関係者みんなで共有するものです。これは貿易金融ツールですけど使い方としては情報共有ツールでもあります。そうした意味では金融と非金融の間にありますね。その他にも貿易金融では三井住友銀行などが参加している米国R3社の「Marco Polo」も積極的な動きがあります。
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金融分野では銀行、証券、保険とブロックチェーンの活用について早くから検討や実験が進められていたが、そのフェーズから商用化にまで至ったものはあまりないようだ。一方で貿易金融の分野では商用化が進んでいる。この分野はアナログな処理が多く残っていたため、ブロックチェーンを活用したプラットフォームの導入には、まずデジタル化への移行が大前提となる。この分野でブロックチェーンの活用が進んだのは、ブロックチェーンの恩恵よりもむしろデジタル化の恩恵が大きかったからではないか。銀行などデジタル化が完了していた業界では、新たに費用を投じてまで、ブロックチェーンのシステムに入れ替える理由が見つからなかったがゆえに、商用化が進んでいないのではというのが、河田氏の見立てだ。ただし、貿易金融などの分野でも、情報の粒度やインセンティブ、法規制など、後述するさまざまな課題が残されている。
■非金融分野での活用
さて非金融分野でのブロックチェーン活用はどうなのだろう。巷では金融分野に続いて非金融分野でもブロックチェーン活用が進むことでセキュリティが強化されたり、スマートコントラクトが普及し、契約の自動化・効率化が進むようなことが期待されている。
――非金融分野でのブロックチェーンを使うメリットというのはどんなことですか。
河田:まず、メリットとして今まで言われてきたことを振り返ってみたいと思います。ブロックチェーンが注目された当初は「分権性」、「透明性」、「仲介者の排除」など、ややもすると極端な主張がされていましたが、ビジネスへの応用が考え始められると、例えば経産省のレポート(2016年)のように、「改ざんが極めて困難」で「実質ゼロダウンタイム」そして「安価」なことがメリットだとは言われました。ところが、例えば「改ざん困難だけど入力データを改ざんされたら防げない」とか「ゼロダウンタイムは既存の分散技術でも対応可能」。さらに安価といっても「参加者全員のコストや業務フロー変更、人材育成など考えれば相当コストがかかる」という具合に変わってきたかなという気がします。
その後もさまざまなことが言われましたが、金融分野・非金融分野問わず、今考えられているメリットは「情報共有」ではないかと。みんなが同じデータを持ちますので、当然そこではデータ共有による情報連携がやりやすくなる。特に、会社の壁を越えたようなワークフローを一気に連結してあげて効率化することができる。こういう考えは意外と古く2015年末頃には言われていたような印象を持っております。
2017年のICOバブルで特に言われたのは「トークンエコノミー」ですね。ゲーム業界とかでは特に。トークンはコミュニティを作るツールとして、あらゆる分野に適用ができます。面白いのはトークナイゼーションでいろんな権利をトークン化できることです。
特に今までの GDP では測れないような価値、例えば感謝の気持ちとかをトークン化してマネタイズできる。トークンコミュニティが大きくなれば、トークンの価値上がるとなればコミュニティを大きくしようというインセンティブ働きますよね。ストックオプションみたいなイメージに近い。2018年あたりから注目されているのは「ノンファンジブルトークン」。例えば音楽の原盤権とかアートワークの権利とか最近は多くなってきたかなという気がします。
――トークンなどをうまく活用すれば非金融分野でも今後ブロックチェーンの商用化は進むのでしょうか
河田:情報共有ツールやトークン化、あるいはスマートコントラクトの自動実行、非金融ではこういったところが中心で使われてはいるんですけど、正直あんまりブレイクスルーが出てきてないかなという気はするんです。たぶん本当は、もうちょっと違うまだ気づいていない価値があるんじゃないかなって私もちょっと悩んでいます。
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非金融分野でブロックチェーンを活用できないかという試みはここ数年、世界中で盛んに検討されている。どのような事例があるのかについての調査レポートも複数あり、インタビュー中でもIPAやPWC
の調査報告書を参考に河田氏から活用事例の紹介があった。製造業、特にサプライチェーン周辺。エネルギー分野ではP2Pの電力取引。医療情報の共有、デジタルガバメントの文脈での不動産登記。さらにはエンタテインメント分野。
だが、ガートナーの調査によると、こうしたブロックチェーンがらみの実証実験、概念検証の9割は「お試し段階」で消えてしまい。商用化されるものはほとんど見当たらない。
例えば当媒体でも2018年5月に紹介した「良いコンテンツを投稿すること、良いコンテンツをキュレーション(評価)する」ことで報酬としてトークンを配分する米国のSNSプラットフォームの「Steemit」は、国内外で同種のプラットフォームが生まれるほど、フェイクニュースを排除できるサービスとして日本でも注目された。しかし、その構想は素晴らしいものであったにもかかわらず、同社が発行したトークンは現在ほとんど流通していない。トークンエコノミーはその概念や消費者のメリットがわかりにくいといったこともあるが、河田氏によればさらに新たな問題を抱えている。
「トークンエコノミーは難しいなと考えています。トークンの流通を盛んにし、トークンの価値が増えれば、みんな喜びますし、プロジェクトも動くけど、このとき一番の問題は原資をどうするかということなんです。かつてはその原資はICO(Initial coin offering)だったんですね。これで上場時にお金が入ってくる。でもICOが事実上無理となると、トークンの裏付けとなる原資をどう確保するか、これが問題です。例えば環境保全に貢献するともらえるトークンがあるとします。原資を公的な補助金や民間の拠出金などにしても、大抵1トークンあたりの価値があまりに少額でインセンティブにならない。また、原資は最初から有限で増えることはないので、トークンの価値が将来的に上がる可能性もないとなった場合に、トークンエコノミーがうまく運営できるか。個人的には難しいと思います。」(河田氏)
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――企業での利用はどうでしょうか。調査報告書にも多くの例が掲載されていますが、うまくいっていないのですか。
河田:エンタープライズ向けの中では、先に申し上げたように貿易金融の分野ではうまく行っているものもあります。他にもウォルマートなどが採用しているIBMの「Food Trust」といったサプライチェーンのトレーサビリティ管理の分野でも今後進んでいくのかなと。ただこれもメリットが情報共有なので、どこまでこの勢いが続くのか今後に注目しています。
――貿易事務やトレーサビリティ管理を既存のシステムからブロックチェーンで置き換えると何かメリットはあるのですか。
河田:正直申し上げてデジタル化以外でのメリットはどうなのかなと疑問視をしています。データを一元管理し関係者で情報共有するだけなら、極論すればアマゾンなんかでサーバひとつ立ててみんなで見に行く形でもいいのではないか。あえてコストをかけて各ノードでデータを保持する必然性は薄いのでは。
また、ブロックチェーンは既存システムより改ざん耐性に優れているということが言われますが、そもそも入力データが正しいかどうかが問題で、IoTデバイスなどのデータではハッキングの不安もある。また、トレーサビリティにおけるデータの正確さということでは別の課題があって、現実的には商品を「粒」単位で管理できない。たとえば農産物やコーヒー豆、さらに薬剤などになると「箱」単位のレベルで管理することはできるけど、その中にある粒ひとつひとつを管理することは難しいんです。
■リアルとの接点がすごく難しい
――ブロックチェーンの活用をうたったゲームが最近多くあるようですが、ゲームはいかがですか。
河田:ゲームはサイバー空間上で全て完結して、トークンなどもその中でのやり取りで完結させることができるので、非常に向いていると思いますよ。「CryptoKitties」とか「My Crypto Heroes」ですかね。
ブロックチェーンゲームは、トークンを蓄え、もしくはキャラクターを模したノンファンジブルトークンを持つ。本来であればイーサリアム上のゲームと他のブロックチェーン上のゲームなどで広く価値の交換ができればいいんですけれど、そこには法的な規制があります。
日本だとトークンが「2号仮想通貨」になってしまうと、ゲーム運営会社は場合によっては仮想通貨交換業の免許を取らなくていけなくなる。ゲームする人のコミュニティはいろいろとあるので、広範にアセットのやり取りができれば良いのですが、リアルな世界からの制約が入ってしまう。ここが難点ですね。
――スマートコントラクトはどうですか。契約の自動実行などはかなり利便性が高いと思うのですが。
河田:スマートコントラクトが特に面白いのはエンフォースメント。実際のプログラムがなにかのイベントをトリガーにして自動的に動いてあまねく適用されるので、運用ルールを徹底することや管理コストを低減させることができます。
ただ、これに関してもやはりリアルとの接点が出てくると突然難しくなります。昔から言われている「オラクル(神託)問題」ですね。スマートコントラクトの執行に外部からの情報をトリガーにする場合、その情報が来る「オラクルノード=神様ノード」を通して入手した情報の信頼性をどう担保するか。これはまだ多分なかなか解決策は出てこないように思います。これは金融でも非金融でも同じ問題を抱えていています。
この問題に関しては、他の技術のブレイクスルーが必要かなと思ってまして、例えば IoT デバイスの入力値の信頼性を担保するようななにか、例えばエッジコンピューティングなどと組み合せるとか。5Gで機器認証が厳格化してセキュアなマシン間通信がもっと一般的になるとか。周辺技術が発展しないと難しいかな。イノベーションが本当に普及するまでには時間がかかるんですね。かつて動力が蒸気から電力になったときもそれに合わせて工場の配置や形状が変わったんですが、それでようやく電力のメリットが生かされたと言われています。インターネットもスマホとか個人がコンピューターを持つようになって環境が変わりましたしね。
―技術的な課題の外にも検討すべき課題はありますか。
河田:法的なことでいうとプログラム内容と法律が一致しているか。それをだれが担保するのか。モニタリングを誰が行うのか。さらに細かいことを言うと例えば「書面交付義務がある場合、その書面をブロックチェーン上の電子データで代用できるか」。また「トークンが移転したら権利も移転したことになるのか」などなど決めるべきことがたくさんあります。ブロックチェーンは本質的に国境などに縛られないので、各国の法制度や国際法との間の整合性も課題になります。
さらに法的な責任分配。ブロックチェーンですとプラットフォーマーを介さないP2Pの商取引が発生します。そうなると問題が発生したときに誰に責任を問えばいいのか。さらに個人間で電力の売買や仮想通貨の交換なんかをし始めると、それは「業」として認め、既存の電力業、金融業と同様の義務を負わせるのか。これはシェアリングエコノミーにも同じ問題があって、「業」をどう定義するか。
また、定義ということでいうと言葉の定義も問題ですね。「トークン」という言葉の定義も国によって異なり「仮想通貨」の定義もまちまちです。最近G20で「crypto-asset」、日本では「暗号資産」という言葉を使うと決めたんですけど、これも国際的な標準はなくって、通貨や資産、コモディティなど国によってさまざまです。
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今後期待が持てるのではと、勝手に想像していた非金融分野でのブロックチェーンの活用も課題山積だ。「暗い話ばっかりですみません」と恐縮する河田氏。「でも、わたしはブロックチェーンの大ファンなんです」と、今後ブロックチェーンが進む方向性についてのヒントになる話をしてくれた。
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河田:今、「金融」と「非金融」を分けてお話したのですけど、私自身は全部ひっくるめないとブロックチェーンは意味がないかなと。
「お金の流れ(金流)」「商品の流れ(物流)」「取引の流れ(商流)」「情報の流れ(情流)」を全部一緒にしないと、ブロックチェーンにあえて置き換える、ブロックチェーンで行うという必要性はちょっと薄いんじゃないかなと考えています。全部ひっくるめてコンシューマー中心での活用を考えた方が道があるのかなと悩みながら考えています。
個人的な意見なのですが、ブロックチェーンって、P2P技術や暗号技術、コンセンサス、スマートコントラクトなどすべての技術レイヤーが垂直統合された全部をセットで考えがちなのですが、特に既存分野への適用に限ってはそうではなく、その要素技術だけを使うっていうのもいいのではないかなと。例えば、P2P技術が本当に必要になる場面ってビジネスの世界では非常に少ないと思います。ましてやビザンチン障害耐性なんて、ビットコイン以前に商用化されていたのは飛行機やスペースシャトルなどミッションクリティカルな領域だけだったんですよね。
要素技術だけ、例えば、アトミック・クロスチェーン・スワップをつかって、相互接続のないシステム間で異なる資産の同時引き渡しをする。これはハッシュ値とタイムロックをうまく使えば可能なわけですよね。この部分だけを既存の決済インフラに組み入れてあげる。そうすると何がいいかというと、例えば、いま日本と香港で専用のネットワークを引いて日本の国債と香港ドルの引き換えをやろうとしている。これってひとつの資産ペアだけでもものすごく大変な話なんですが、アトミック・クロスチェーン・スワップのような仕組みが決済インフラに備わっていれば、それを使いたい人だけが取引したい資産ペアだけを自由に取引できますよね。それも専用線は不要でどの国の資産でも扱えます。
全く新たな分野の可能性としては、個人起点型のパーソナルデータ流通や公的証明などが考えられます。既にMITの一部の学位証明はビットコイン上に記録されていますが、他にもマイクロソフトが推進するIONなどのさまざまな分散型ID管理の取組が進められています。
―ここ数年「ブロックチェーンを活用した〇〇」というのがバズワードになって、さらにまた「金融から非金融へ」とその期待先行が拡散しているような気がするのですが。
河田:バズワードになったことで、課題があってそれを解決するのがブロックチェーンだというのではなく、ブロックチェーンありきでそれをどう適応しようかというように本末転倒になっていました。このことは最近、多くの方が気がついていらっしゃるのではないかと。
「非金融分野への活用」も金融分野での規制が厳しくなり、「金融」は難しいから「非金融」へという動きがあるんだと思うんですけど。そのときに結局また同じ課題にぶつかるはず。
でも、だからこそ、失敗も含めて様々な取組の状況をオープンにして、業界全体として知見を蓄積していくことがとても大事だと思うんですよね。
■参考資料
- ユースケース例
- 暗合資産の法的位置づけ
- その他