本年3月10日に開催された「Blockchain Global Governance Conference (BG2C)」において、ブロックチェーンに関する新しい国際的なネットワークである「Blockchain Governance Initiative Network(BGIN)」の設立が発表された。「オープンかつグローバルで中立的なマルチステークホルダー間の対話形成」「各ステークホルダーの多様な視点を踏まえた共通な言語と理解の醸成」「オープンソース型のアプローチに基づいた信頼できる文書とのコードを通じた学術的基盤の構築」の3点を目的として創設されたこのネットワークがブロックチェーンのさらなる発展・普及に寄与するにどうすればよいのか。
先人の知恵を借りるという意味で、インターネットの経験と教訓はよい先例となる。インターネット草創期から現在まで、その普及に深く関わってきた慶應義塾大学の村井純教授とBGINのActing co-chair(暫定共同チェア)であるジョージタウン大学の松尾真一郎研究教授がインターネットの歩みを振り返りつつ、そこからブロックチェーンが学ぶべきことは何かを話し合った。
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松尾真一郎氏(以下、松尾):まず私からBGINでやりたいことを簡単に説明すると、いろんなステークホルダーが技術や運用で共通認識を持たなければならないのですけど、それを共通文書にしてく必要があるわけですね。それをみんなで作る組織がBGINです。なので、何かイベントをやって大まかな議論するというよりは、参照される文書をアウトプットしていくというのが唯一最大の活動目的になります。
3月10日に発表したのですが、実際の活動は秋からの予定です。3月から9月までは助走期間としてBGIN自体のガバナンス、つまり組織運営の仕方、また資金も必要なので、そのファンディングが誰かが支配的にならないように、どうするのかということを議論します。もうひとつは、優先的に取り組むべき課題の洗い出しで、例えばマネーロンダリングみたいな、規制当局からしては起きてはいけないこと。一方でビットコインなどを使う時にプライバシーをちゃんと守らなきゃいけない。こうした課題は相反する性質を持っていて、そういったものを解決する方法、そしてそれを支える暗号のため鍵の管理について最初に共通で決めないといけない。
準備期間もイニシャルコントリビューターと呼んでいる発起人たちだけが議論するのではなくて、議論するドキュメントも全部GitHubに全て置いてあり、準備段階でもオープンにしようということでいま準備しているという状況です。
■オープン雰囲気作りはアカデミズムの役割
――新型コロナウイルスで全世界の活動がスローダウンしている中でも、BGINの準備は着々と進んでいる。そこでインターネットの草創期と比較しつつ、初期の課題や、組織形成の過程などを聞いた。
村井純氏(以下、村井):インターネットの経緯から、(ブロックチェーンが)上手く取り入れられることもあると思います。ひとつは技術のプロトコルのデザインですね。ネットワークを作る時にプロトコルを決めて、それをどうやって繋いでいくか。そもそもTCP/IPというプロトコルの設計は、ARPANETの実験で始まったんですけど、それを広げていく時も今ブロックチェーンが林立しているみたいな状況がインターネットでも起こっていて、IBMのメインフレームのプロトコル、ゼロックスやDECなどもそれぞれのネットワークを形成しているんですね。しかもそれぞれの国にコンピュータネットワークの研究者がいまして、それがバラバラに実験をしている。そこでネットワーク間相互接続をしようということになった時に「じゃあどのプロトコルでいこうか」ということを決める会合が何度かありました。それで、相互接続は「こいつでいこうか」っていうことで合意した。そのグループがIETFとなったわけです。
日本でもJUNET(Japan University NETwork)という別のネットワークを使っていましたけど、これから世界で繋るから、どうやって融合していくかということを考えました。その時はまだコマーシャルのネットワークという概念がなかったですけど、これから国際的に広がっていくから集まらないといけない、というのがインターネットのIETFのコミュニティの形成の最初なんですね。その状況はいま松尾さんに説明していただいたBGINの状況とすごく似ているのではないかなという気がします。
インターネット以前に、例えば異なるパソコン通信間でも電子メールだけは交換できるようにしようって。そのうちファイル転送とか、ニュースの交換とかもできるようになり、全部統合されていくと「競争するところはそこじゃないよね」という話が出てきますよね。当時こうした話は大学が中心だったので、アカデミズムとしては世界の共通のコミュニケーションがしたいわけです。そういう欲求のほうがプロプライエタリ(proprietary:非公開)でロックイン(lock-in:他のものに乗り換えが困難)されるような状況よりも、快適ですよね。使っている我々からすると「こういうもの欲しい」とか「世界は繋がればいい」とか「IBMのユーザーだろうと富士通のユーザーだろうと一緒に話せたらいい」とか。ユーザーサイドエンジニアの集合から始まっているということが特徴だったと思いますね。
松尾さんともよく話しているけど、やっぱりアカデミズムがリードをしないとそういう雰囲気できないんじゃないかな。これやっぱりアカデミズムの役割だよって。(ライバル企業だと)呉越同舟ってことになるけど、アカデミズムには何のこだわりもない。アカデミズムを中心にインターネットはできたので、従ってそこに対するハッスル(hustle)はあんまりなかった。
■ブロックチェーンがインターネット草創期と異なる点
――インターネットとブロックチェーンの草創期には相違点がある。仮想通貨の技術基盤でもあるブロックチェーンは、その黎明期にコマーシャルな要素がなかったインターネットとは大きく異なっている。ビットコインは、ギリシャ危機あたりからお金儲けにつながるように見えために、技術面でも、制度面でも解決すべき問題がありながらもそれが後回しになり“複雑骨折”的な様相を呈することになった。
松尾:技術的に言うと、まずスケーラビリティの問題があって、ビットコインの流動性の限界のため売買に支障がでてきた。マイニングをしていた勢力は売買が不自由なため価値が下がってきちゃうということで、1メガのブロックサイズを上げたいと思うわけです。だけど、そうするとビットコインのセキュリティが技術的には落ちていく。そこで「ブロックサイズを上げるべきか否か」といったディベートがエンジニアとビットコインをたくさん掘ってお金を持っている人たちで2015年ぐらいから動き始めます。それを仲裁するという意味でも、冷静な議論が必要だろうと、僕やピンダー・ウォン氏(Pindar Wong)などが中心となって「スケーリングビットコイン」っていう会議を続けてきました。これが今は年に1回行われており、それで議論が整理されるようになってきた気がします。
そもそもビットコインでは、最初のナカモトサトシの論文はピュアレビュー(査読)されてなかった。でも今はいろんな技術が入ってくる時にはアカデミアの人がピュアレビューをし、それに対する問題を指摘する論文も出てきて、ブラッシュアップされてくるっていうふうに変わってきたんですね。
ビットコインの場合は順番が逆になりちょっと遅かったのですが、アカデミアをキーにしていろんな人が共通の議論をすることはできてきた気もします。まだまだブロックチェーンという言葉にお金の匂いを感じてそっちを優先したい人がいるので、そこはまだ道半ばというか、これから取り組まなければいけないところがたくさんある。もう一方でBGINではレギュレーター(規制当局)とエンジニアを一緒に会話させるために、仲立ちにアカデミアがなるし、その役割はアカデミアしかできない。昨年日本で開催されたG20では、アダム・バック氏(Adam Back:Blockstreamの創業者)がいる場所でマルチステークホルダーで議論をしようという合意ができた。これでみんなが入る機運ができた。これでやっとスタートラインに立てたんじゃないかなという気がします。
村井:インターネットとブロックチェーンがどう違うかという話ですが、松尾さんと話していたのは、ブロックチェーンではビジネスが先に立ち上がって、オペレーションそのものがインセンティブになるところが大きく違っている。インターネットでは、お金の件というのははるか先の話なんです。80年代からやってきて“商用化”つまりインターネットのビジネスというのは接続ビジネス(ISP)ですけどこれが立ち上がったのが1993年ですから。この前後関係が違うから、苦労はするけどアカデミズムの役割はあるよねと。
そして今、アカデミズムの仲立ちで、取りまとめがかなり出来たんじゃないかと思うんですよね。BGINも含めたいくつかの会議や活動で。したがって今となっては、最初に「状況違うよね」って言った状況の違いがここにきてそろってきて、あの時の課題は見事に解決されたんじゃないかなっていう気はしますけど。
■大切なのは4つの基本要素と理念を持った組織
――ビジネス上の規制やルールを必要とする側とエンジニアが同じテーブルについて議論をしているところへ、国家が介入して来ることがインターネットの歴史でもあった。そういったより大きな圧力にはどのように対抗してきたのだろうか。
村井:やっぱりとても大事なのはそのグループ(IETFのような)ができていたということですよ。アメリカだけじゃなくてね、アメリカ政府に忖度して日本政府が動くとかね。当時は今のHUAWEI排除みたいにあからさまじゃなかったけど、政府当局と相互理解を必要とするような事件というのはいくつかあって、その時にやはり「地球でひとつのオペレーションに耐えうる技術を作るんだと!」いう理念を持った人たちの組織が対応していた。
その後ICANNがルートサーバーを任されるようになって、私がそのオペレーションを代表するような形になっていたので、アメリカ政府が文句を言ってきたら、私が出ていく。ここではじめて国と研究者とが整合性のある動きができるようになった。
――ICANNは、政府の政策文書や省庁の命令書を元にガバナンスを行うのではなく、民間主導のオープンな議論でポリシーを定めてきた。村井教授によるとインターネットの場合、「ポリシー」より先に決めなければならない大事なことがある。それは「デザイン」「エンジニアリング」「オペレーション」だ。これら4つをきちんと定めることはブロックチェーンにとっても大切だという。
村井:ポリシーに行く前の大事な点があって、ひとつは「デザイン」なんだよね。例えばインターネットの場合は、デザインはシンプルで「デジタルデータが世界中できちんとルーティングができればいい」これだけなんですよそうするとデータグラムっていうのは、ストリングじゃないので落ちるんですがそれは構わない。届けばいいというネットワークを作ろう。それがIPですね。それを扱うのがUDP(User Datagram Protocol)なんですがこれだけだと止まるから、届かなかったら再送しようというのがTCP(Transmission Control Protocol)です。つまり中間点は落としていい、真ん中には負担をかけないで、エンドとエンドだけで届かなかったらもう一度再送しようというのがインターネットの原理です。このように「ここまでだけでやろうっていう」というのがデザインの哲学です。
次に「エンジニアリング」は、「こういうプロトコル必要になるよね」とか「そうはいっても落とした時には落としたっていう仁義を切るべきじゃないか」とか、「捨てたっていうのは発信者にちゃんと言うべきじゃないか」とか、そういうことを議論しながら決めていくんです。デザインに沿ったエンジニアリングをしていく。デザインの哲学や方針は一旦決まって、また変わるかもしれないけども、エンジニアリングはそれに沿って作っていく。工学部ってみんなこれやっているので、エンジニアリングの体制は最初からすごくできたわけです。
では全くやってこなかったことは何かというと「オペレーション」なんです。24時間止めないオペレーションをどうやるのか。この裏にはオペレーションエンジニアリングがあるんですけど、それは「オペレーションするのは誰か」や具体的な操作方法とかではなく、「止まった時にどうやって修復するの」とか、そういうことをやるためのヒューマンネットワーク。つまり世界中でたった5人だけでやるなら、その5人がお互い電話番号を共有しているだけでもオペレーションなんです。何かが起こったらそれを修復して報告し合うっていう原始的なことだけども、こうしたオペレーションが成立しないエンジニアリングはダメなんですよ。
原子炉の設計みたいなのもそうですけど、絶対に止めないためにもう一度安全性の検証をする。そのための仕組みがあって、オペレーションのガイドラインがあって、それに対するペナルティがある。そういう非常に社会的なものがオペレーションなの。これをコンピュータの世界ではみんなで決めてきた。これは人類やったことがない話だった。そうしてデザインとエンジニアリングとオペレーションでインターネットって動き始めたわけですね。
その後「ポリシー」という言葉が入ってきた。それはインターネットが社会の礎になったり、そこに依存している経済があったり、極端な話、それがなければ死んじゃう人がでてきた。するとオペレーションを止めることには責任が伴うことになる。オペレーションに対してどういう責任を持つかっていうことを誰がどうやって決めるんだっけという、このことがポリシーの話ですね。
はじめは「俺たちのためのインターネット」を作っていた。それが「みんなのためのインターネット」になると、そこにはポリシーが必要になった。したがって、ポリシーはあとで考えることができた、インターネットは。ところがブロックチェーンははじめからその上で動いているビジネスとか社会活動があるわけですよね。そこは違うんじゃないですかね。一番ね。
松尾:まさにそうで、それはさっき言った順番が違う問題とイコールですけど、ビットコインは上手く行き過ぎた実験だったわけですね。マイニングするとビットコインもらえますっていうのは、インセンティブを与えるいい実験で、上手くいきすぎた実験だった。もっといいインセンティブのメカニズムがあったとしても、すべてがプログラムに組み込まれているのでそれをバラし、作りかえると既にビットコイン持っている人はお金を失う結果になる。ゆえにバラしづらいというのが今抱えている問題のひとつです
また、マイナーとハッシュ計算に勝った人はお金をもらえるけど、ビットコインのソフトウェアのバグをなおす人には1円もいかないというのは、それをひとつの世界と見た時にはそこは壊れているわけですよ。そういう意味で、さっき村井さんはオペレーションの話をしましたけど、このブロックチェーンの基礎台帳を維持することだけに限ったとしても、実はいろんな人の助けが必要で、その人たちがずっとこの世界でオペレーションしていくためには、どういうプロトコルになってなきゃいけないかっていうのをもう一回整理をしないといけない。これは極めて重要で、今回BGINの中でもまずは技術とオペレーションの関係をちゃんと整理して、技術はこう書いてなきゃいけない、オペレーションはこう書いてなきゃいけないっていう整理をしないといけないと思うんですよ。
もうひとつは、僕は村井先生の考え方に極めて近いんですけども、ビットコインだったりブロックチェーンが、より多くのアプリケーションを獲得するためには、モノリシック(monolithic)に作っていてはダメで、なるべくプリミティブ(primitive)なものはプリミティブだけで動けるようにしないといけない。インターネットの場合の、データ転送をこういうふうにやるといったのと同じように、ブロックチェーンもいくつかのコンポーネントに切り分けて、リバンドルできるようにしなければ、ブロックチェーンはこの先いろんなイノベーションの礎にはなれないと思う。そうなると「そういうアーキテクチャとはどんなものか」という議論しなきゃいけないと思うんです。いま世の中、コロナウイルスのためのブロックチェーンみたいな議論もあるんですけど、そのため専用のブロックチェーンを作ったところで次に似たようなことが起きた時に転用できないようなものだと、労力が全部無駄になっちゃうじゃないですか。我々がBGINでやる議論はそれをいかに普遍的なアーキテクチャの中で処理するかということを考えなければいけない。それはアカデミアもそうなんですけど、エンジニアの人の腕の見せどころだと思うんですね。インターネットの人たちがどういう苦労をしたかを学んで、我々はどう柔軟なアーキテクチャを作っていくか。今エンジニアが飛び込んでいって再び設計できるいいチャンスなんじゃないかなという気はしますね。そういう場所なんだとBGINは思います。