全国の自治体が起業・創業の後押しを行っているが、大分県では2019年より「アバター(※)戦略推進事業」というユニークな取り組みを行っている。革新的技術を活用し、産業活力の創造をはかるため、アバターに関連した製品や、アバターを活用したサービスの創出につながるプロジェクト実施に必要な経費の一部を補助するものだ。
※「アバター」とは、ロボティクス、センサー、低遅延の通信、実際に物の感触を疑似的に伝える技術等の先端技術を複合的に用いて、離れた場所のロボットを遠隔操作し、あたかもそこに存在しているかのようにコミュニケーションや作業等を行う技術をいいます。(大分県のホームページより引用)
アバターロボット開発を手がけるMira Robotics(ミラ・ロボティクス)株式会社(本社 : 川崎市)とビルメンテナンス事業を行う株式会社千代田(本社 : 大分市)とで構成されるコンソーシアムが提案した「アバターロボット『ugo(ユーゴー)』によるオフィスビルのトイレ清掃サービス開発」が同事業に採択され、この3月まで大分市内のビルで実証実験を行なわれた。ミラ・ロボティクス代表取締役CEO松井健氏に開発のねらいと実証実験の手応えを聞いた。
松井氏はIoTデバイスの会社(株式会社ミラ)を創業し、スマートホームやスマート農業に関するものづくりをやってきた。しかし、いろいろなツールや装置がスマート化し、簡便になったところで、やはり使いこなすには人が必要であり、人口が減少していく日本の社会では最終的な解決策にはならない。モノだけがスマートになるのではなく、新しいワークスタイルを作れるようなロボットが必要ではないかと考え、ミラ・ロボティクスを立ち上げたとのこと。
「今後20年間で1400万人近くの働き手が減っていくとされています。単純に毎月6万人が減っていく。少ない労働力でサスティナブルに社会を回していかなくてはいけません。そういう背景でこのアバターロボットを作りました」(松井氏)
■ロボットから人に引き継ぎ
今回の実証実験は同社開発のアバターロボットugoに「トイレ清掃」を行わせるというものだが、トイレ清掃のスタッフは万年人手不足であり、不人気職種の代表格だ。ugoの具体的な使い方はこうだ。まず、ビル内の地図や便器の位置、形状などをugoの持つAIチップに学習させる。そうしてugoは指示されたトイレに自律移動する。オペレーターはどこにいてもよい。在宅で遠隔操作もできる。そして便器の前に来たugoのカメラ(眼)を通してオペレーターが状況を目視し、問題なければスタートさせる。ugoは便器の形状と拭き掃除のプロセスを学習済みなので、全自動で拭き掃除を開始できる。便器1つを拭き掃除するのに5~10分という。
ugoが拭き終わったら、もう一度オペレーターがカメラを通して状態を目視する。きれいになっていれば「次を清掃」に進むが、拭ききれなかった汚れとか、置き忘れた缶のゴミなどロボットが対応できないものは写真を撮っておき、引き継ぎリストに残しておく。つまり、人の仕事をすべて置き換えるシステムではなくて、だいたいのことをロボットにやらせ、後は引き継がれたものだけ人間がやればいいという仕組みだ。
大きなビルになると、トイレは各棟、各フロア複数にあり、清掃すべき便器は全体で何百にもなるだろう。これまでは清掃スタッフが人手ですべて行い、時間もかかっていた。それを、早朝帯にロボットがおおよその清掃を済ませ、そこから引き継いだ残務だけを人手でやれば、手間もコストも下がるだろうと松井氏は話す。「そして何より、求人募集に『トイレ清掃スタッフ募集』ではなくて『オペレーター募集』とうたえることです」
実証実験を終えて、大分県や千代田社からは一定の評価を得ることができた。大分市では、ビルの所在地が離れていて、清掃スタッフの移動に時間がかかるという。ビル毎に配置した複数のロボットをひとりのスタッフが操作できるとすれば、そうした課題解決につながると評価されたとのことだ。しかし、現時点ではugoの拭き掃除のスピードは、熟練の清掃スタッフに比べると2倍程度の時間がかかっている。また、プロのビルメンテナンス事業者から見ると、清掃の品質にも注文がつき、十分なレベルには達していないという評価もあったそうだ。そこは今後の課題だと松井氏は言う。
■ビルの「点検業務』にも
松井氏は「トイレ清掃業務だけではなく、ビルの『点検業務』にも使えるのではないかという声もいただきました」と話す。ビルには法定点検があり、2ヶ月に1回、空気環境測定を行わなくてはならない。これまでは人手でセンサーを持ち歩いてやってきた。ugoには、気温、湿度、二酸化炭素濃度測定などのセンサーを積める。ugoを点検者として定期的に動かしておけば、自動的にそれらデータを記録でき、かなり点検業務が楽になるはずということだ。
今はオフィスビルに注力しているが、建物があれば、必ず警備・点検・清掃という業務が発生する。「たとえば、新型コロナウイルス感染者の滞在するホテルや病院での活用も考えられますね」(松井氏)
競合について聞くと松井氏によれば、トイレ清掃ロボットについては米国に1社スタートアップがあるという。しかし日本のトイレ清掃のイメージとは違い、床や壁面も同時に高圧洗浄でダーッと洗い流すものだ。しかも、欧米ではトイレの清掃ロボット開発に投資するより、安い労働力を使えばいいと考える向きもあるようだ。だが、日本ではそうはいかない。サービスやメンテナンスの質を重視する上、そもそも労働人口自体が枯渇してくる。欧米や中国もこの先、同じ悩みに行き当たるはずで、わが国こそ最先端を走っているのではと松井氏は話す。
これから、同様のロボットベンチャーも出てくるだろうと水を向けると、松井氏はミラ・ロボティクスの強みは、前述のように株式会社ミラとしてハードウエア、ソフトウエアを量産してきた経験があるということだと言う。「技術としてすばらしいものを持つベンチャーが出てきても、量産の能力とか、価格を抑えて設計するというエンジニアリングのスキルを持つところは少ないでしょう。そこが強みですかね。それだけたくさん経験し、失敗もしてきましたから」と松井氏は笑う。
将来はアバターロボットを家庭に入れることも視野に入れていると続け、「この新型コロナウイルス禍に向かって、まずはわれわれ日本人の働き方の代替手段として浸透させたい」と力強く締めくくった。