明治大学は4月30日、総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下芳明教授が、任意の味を表現できる「味ディスプレイ」を開発したことを発表した。これは基本の五味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)を感じさせる電解質を固めた5種類のゲル(ゼリー状のもの)を舌に触れさせることによって味を再現する。味のコントロールは、ゲルに電気をかけることで、内部のイオンが泳動(電気を帯びた粒子が電解質の中を動く現象)し、それによりイオンが舌に触れる量を制御する。これによって「五味」の割合が自由に調整でき、どんな味でも作り出すことが可能になる。
海苔巻のような形をした実験用のデバイス「Norimaki Synthesizer」では、グリシンを使用して甘味(赤)、クエン酸で酸味(黄)、塩化ナトリウムで塩味(黒)、塩化マグネシウムで苦味(茶)、グルタミン酸ナトリウムでうま味(ピンク) を再現している。パソコンのディスプレイに映る画像がRGBの光の3原色で作られているように、味もこの基本5味の割合を調整することで、すべての味が表現できる。そういった意味でこのデバイスは「味のディスプレイ」なのだ。
ところで「味ディスプレイ」を使うことでどんなことが可能になるのか。また、どういうビジネスに応用できそうか、明治大学宮下教授に話を聞いた。
味覚がコンテンツに
たとえば「みたらし団子」のような“あまから味”を作り出すことは可能かと伺うと、「可能です」と即答があった。基本五味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)の組み合わせでできるものは、ほとんど再現可能だという。「ただし、この五味以外のもの。たとえば辛味の再現は今のところむずかしいので、キムチ味のようなものは苦手です」(宮下教授)
実は「辛味」というのは正式には味覚ではない。痛覚に近いものだ。ただし、こういう味覚に分類されないものについても研究のメドは立っており、将来的には再現可能になるだろうと続けた。
この「味ディスプレイ」をビジネスにどう展開していくのかと聞くと、宮下教授は、「昔、音響機器が発明され、ラジオやレコードなど聴覚コンテンツのビジネスが産まれました。『味覚コンテンツ』というものが産まれたと考えてください」と話した。さらに味ディスプレイをビジネスにどう使うかは「市場や大衆が決めるだろう」とのこと。
例えばVR/ARなど、仮想現実の世界にリアリティを与えるツールとして活かせるのではと問いかけると、宮下教授は「『絵に描いた餅』の餅の味がほんとに味わえるかもしれません」と笑いつつ、想定される使用例として食品開発の例をあげてくれた。
「例えば、日本全国のラーメン味比べをしようとします。人気ラーメンのスープの味を、味覚センサーを利用してサンプリングしておけば、味ディスプレイでその味を再現できます。サンプリングしたスープの味をワンタッチで切り替えて比較することも可能でしょう」
さらに、味ディスプレイを使って試食し、「もう少し塩味がほしいな」となれば、スイッチひとつで塩味を増した味が再生できる。逆に「塩をもう少し薄めた方がよかったな」という時は、現実では入れすぎた塩を減らすことは難しいが、味ディスプレイではスイッチひとつで薄めた味を再生することも可能だ。
離れた場所でも同じ味を
この味ディスプレイは、小型化可能なのでスマートフォンにも搭載可能だと言う。
「今みなさん、SNSで『ここのラーメン美味しかった~』と写真で共有していますね。これが『どんな風に美味しかったか』その味自体をSNSの閲覧者に伝えることも可能です」
味覚が音や映像のようにコンテンツ化するのかと聞くと「味覚SNSですね」と話した。スマホを“なめる”ことなどが現実的かどうかはさておき、例えばスマートフォンに接続した味覚センサーをスープに浸し、その味をデータ化する。そのデータを写真と共にアップすれば(写真がなくともよいかもしれない)、SNSの閲覧者はスマートフォンに搭載された「味ディスプレイ」に舌を付けると「ああ、こんな味なのか」とわかるようになる。
離れた場所にいながら同じ味を味わえる。「非接触」「リモート」が推奨される、これからの新しい生活様式にはもってこいの機能になるだろう。
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宮下教授は、長年「電気味覚」の研究を続けてきた。実はこの研究の歴史は古く、約200年は続いているものだという。電気の歴史と電気味覚の歴史は同じぐらいの長さだ。人間の舌の味蕾が電気刺激を受けると味が変わったと感じる。宮下教授は「噛む力で発電して味を作り出すガム」(圧電素子利用)や、「食べ物の味を変える手袋」などの電気味覚デバイスの発明でメディアにもいくたびか登場してきた。しかし、今回の味ディスプレイは電気刺激を利用しない方式を採用した。遠隔地に味を伝え、再現可能にすることにより、これまでの発明以上にビジネス応用の範囲が広がるように感じる。
この研究は、世界初の試みであり、特許も出願中とのこと。聴覚や視覚で楽しむコンテンツに、新たに味が加わる夢が明治大学から産まれようとしている。