日本では緊急事態宣言の全国的な解除で、感染の第2波をいかに防ぐかが大きな課題になっている。中国でも、状況は基本的に同じである。感染の「震源地」である武漢市がある湖北省でも、4月初めに都市封鎖(ロックダウン)は解除され、2ヵ月以上が過ぎた現在では、一定の条件はあるが、都市間の移動も再開している。最大の関心事は、やはり第2波の発生と拡大をいかに防ぐかにある。
そうした中、6月11日、北京市で生鮮市場を基点とする大規模な感染が発生、同21日までに236人の感染者が確認された。これは中国で新型コロナ禍が基本的に収束したと判断されて以降、最大規模の感染拡大で、中国政府に大きな衝撃を与えている。
「一党専制」による権力集中と最先端のIT、官民挙げての人海戦術の融合で絶大な成果を上げた中国は、どのように第2波の襲来に対抗しようとしているのか。その課題はどこにあるのか、考えてみた。
新規感染者の確認は56日ぶり
今回、北京市で感染が新たに確認されたのは、海産物などを販売する生鮮市場だった。食材が感染源ではないかとの見方が出ているが、現時点では感染ルートは判明していない。
市場の従業員の感染が判明した6月11日以来、これまでに236人(6月21日現在、無症状感染者を含む)の感染が報告されている。今回の事態発生まで北京市では56日間にわたって新規感染者ゼロが続いており、約2ヵ月ぶりの突然の再発に、楽観ムードに覆われていた中国全土に一気に緊張感が広がった。
北京市政府は、付近の住宅などの出入りを厳しく制限するほか、「震源地」の生鮮市場の関係者や、当時、市場を利用した人などを徹底的に追跡し、「濃厚接触者」には隔離措置を取るなどの対策を講じた。6月22日時点での1日の新規感染者は9人で、減少傾向にある。他地域への拡大も、当初、遼寧省瀋陽市などで数人の新規感染者が確認されたとの報道もあったが、その後、大きな拡大は見られていないようだ。中国政府は「新規感染は基本的に抑制され、今後、爆発的に拡大する可能性はない」との立場を維持している。
ウイルス「完全制圧」を目指した中国
今回の北京での新規感染が中国にとって衝撃だったのは、中国がこれまで「新型コロナウイルスとの共存」とか「集団免疫」といった考え方を「幻想にすぎない」と明確に否定し、同ウイルスの「完全な制圧」を目指す戦略を取ってきたからだ。そして、今回の北京での感染再発まで、それをほぼ実現した唯一の国である――という自負を持っていたからだ。
中国の国家衛生健康委員会専門家チームの責任者、鐘南山医師は、かつてメディアに対して「新型コロナに対抗する方法は2つある。ひとつは完全に制圧することであり、もうひとつは感染拡大をできるだけ遅らせることだ」という趣旨の話をしたことがある。
中国が選択したのは前者である。そして人権無視と批判されかねないまでの厳格な隔離措置と行動制限によって国内からウイルスを事実上「根絶やし」にする。こんなことを本気でやろうとしたのは中国だけである。
その考え方はシンプルだ。初動のミスで感染が拡大してしまった武漢市と、同市が属する湖北省を完全に封鎖、他地域へのウイルス拡散を徹底的に防ぐ。そのうえで地域差はあるが、やや大げさに言えば「14億国民総自宅軟禁」のような状態に置き、「時間」を利用してウイルスを消滅させる。とにかく「他人に感染させる人」がいなくなれば、理論上は数週間でウイルスは消える。このシンプルな原理を、権力とITと人海戦術で無慈悲なまでに実行したのが中国である。
湖北省以外の死者は133人
この試みは、基本的に成功してきたと言えるだろう。6月22日現在、中国の新型コロナによる死者数は4646人だが、実はそのうち4512人は湖北省である。つまり、湖北省を除くと全国すべての死者を合わせても133人にすぎない。仮に湖北省(人口約6000万人)以外の人口を13億人とすると、その死亡率はほぼ1億人あたり10人で、日本の80分の1ほどにとどまる。中国は初動で失敗し、情報を隠蔽するという失態を犯したが、その後の感染拡大の阻止にはほぼ完璧に成功したといえる。この点には留意が必要だ。
「震源地」の武漢でも厳格な隔離措置の徹底で、感染爆発のわずか2ヵ月後、3月末には新規感染者はほぼゼロになり、4月8日には街の封鎖が解除になった。武漢だけでなく全国的に感染者は急激に減少、今回の北京での新規感染が確認される以前、6月12日時点での中国国内の感染者は118人で、それらの多くは海外からの入国者(ほとんどが帰国中国人)か「無症状感染者」であった。つまり国内の感染はほぼ「制圧」されたと言っていい状況にあった。
今回の北京での感染再発も、56日間にわたって感染者ゼロだった地域に、突如として多量の新規感染が発生したことから、感染ルートは不明なものの、その地域にウイルスが温存されていたとは考えにくく、外部から持ち込まれたとの見方が主流だ。
中国の感染対策はこのような経緯をたどったため、対策の主眼は前述のように以下の2点になる。
- 海外からのウイルス流入を防ぐ
- 「無症状感染者」からの感染、発症を防ぐ
これが中国の第2波対策の大きな特徴である。
最大の懸念は海外からのウイルス侵入
まず海外からのウイルスの侵入だが、現時点ではこれが最も強く警戒されている。中国は現在、外国人に対してコロナ前に発給したビザや外国人居留証の効力を停止しており、外国人の入国は非常に難しい。そのため中国への入国者の大半は海外から帰国する中国国民である。6月22日現在、海外からの入国者でこれまでに感染が確認されたのは1885人。入国地別でみると、中国北端の黒龍江省が386人と最も多く、これはロシアと陸路の国境を接しているためとみられる。2番目が上海の360人、3番目は中国南部の広東省の239人と続く。
現状、中国への入国者(国籍問わず)は入国地で新型コロナウイルス抗体(PCR)検査を受け、結果にかかわらず指定施設(ホテルなど)での14日間の隔離が強制される。ホテルまで係員に専用車で「護送」され、隔離期日明けまで部屋から一歩も出ることは許されない。
外からのウイルス侵入は脅威ではあるが、海外からの入国地点は決まっているので、今後も入国者を丹念にチェックしていけば、「入国者」を起点とした感染の防御は可能と当局は判断しているようだ。
厄介なのは無症状感染者
厄介な問題が無症状感染者だ。中国では3月末まで「無症状感染者が感染を他人に広げる可能性は低い」として感染者の統計に含めていなかった。しかし、海外の事例などからこの判断に疑問が強まったことから、4月15日、4月前半の無症状感染者の累計が6764人になったと初めて発表した。そのうち、後になって症状が出た人は1297人、経過観察期間を終えても発症しなかった人が4444人だった(残りはその時点で経過観察中)。
日本でも知られているように、感染後、潜伏期間中で発症していない人の場合、他人への感染力があることが確認されている。しかし、無症状感染者の場合、本当に他人への感染力がないのか、この点には諸説あり、現時点では結論が出ていない。中国では無症状感染者にも14日間隔離の措置を取っているが、その対応で本当に問題がないのか、慎重に試行錯誤中というのが実情だ。
990万人、市民の9割にPCR検査
そうした背景もあって、「震源地」の武漢市では5月14日から6月1日までの期間、市民の9割に相当する990万人を対象に大規模なPCR検査を行った。市内約2900ヵ所の検査拠点に連日5万人の医療関係者、20万人以上のボランティアなどを動員する壮大なものだったが、その結果、300人の無症状感染者が見つかった。比率としては高くないが、一定数の存在が確認されたことになる。
仮に無症状感染者がこの比率で存在すれば、中国全体では数万人に達する可能性もある。しかし、本人に症状がないので、どこにいるかは検査しない限りわからない。そんな中、6月9日、WHOが「感染した人の40%は無症状感染者からうつされた可能性がある」との見解を発表、これが事実とすれば、第2波の大きな発生源となる可能性があり、今後、新たな対応が必要になってくるだろう。
ITで個人の行動を追跡、拡大阻止に自信
こうした状況が存在し、さらには今回の北京での感染再発を経ても、中国では「第2波が爆発的に広がる可能性は低い」との見方が強い。その自信の根拠になっているのが、ITの力だ。
中国でのウイルスの「制圧」に最も大きく貢献し、広く普及しているのが、「健康コード」と呼ばれるスマートフォン(以下スマホ)アプリである。これは本人の行動履歴をもとに「この人はシロですよ」と証明する一種のデジタル証明書で、現在では中国国民にとって事実上の「通行手形」になっている。これがないと公共交通機関や公共施設、オフィスビル、やショッピングモールなどへの入館もできず、飲食店の利用にも提示を求められる場合がある。これなしでは身動きが取れない状況になっている。
仕組みは以下のようなものだ。まずアリババグループのAlipay(支付宝)やテンセントのWeChat Pay(微信支付)などを通じて、このアプリをスマホにダウンロードする。そして自分の個人情報や過去の行動履歴などを入力する。そこには「自分自身が感染者か」「感染者との濃厚接触者か」「過去14日以内に高リスク地域に立ち入ったか」「発熱などの体調不良はないか」といった質問が含まれる。
「発生」は防げないが、「拡大」の抑制には効果
情報をアップロードすると、その申告内容と当局が持つさまざまな個人情報(具体的な内容はよくわからない)とがAIで自動的に分析、照合され、申請者の健康状態(感染可能性の高さ)を判定する。リスクの低い順に「緑」(安全)、「黄」(危険度は中)、「赤」(危険度高)の3段階で、スマホの画面に3色いずれかの2次元バーコードが表示される。
そして登録時点以降、利用者の日々の行動はそのアプリ内に蓄積されていく。中国のスマホはすべて実名性で、AlipayやWeChat Payは統一の身分証番号と連結されているので、正確に個人を特定できる。スマホの位置情報はもちろん24時間把握されている。
利用者は例えば、オフィスビルに入館する際、スマホに表示された二次元バーコードを装置に読み取らせる。「緑」でない場合、もしくは「健康コード」を持っていない場合、入館は拒否される。同コードの利用は任意が建前だが、使わないという選択肢は事実上ない。
仮にどこかで感染者が発生した場合、当局はすぐにその感染者の行動履歴を追跡し、周囲にいた人を特定し、連絡を取る。場合によっては濃厚接触者として有無を言わせず隔離されてしまう場合もある。今般の北京での感染再発でも、生鮮市場の関係者や買い物客の行動履歴が、もちろん匿名にはなっているが、「何月何日、何時ごろ、どこにいて、どんな行動を取ったか」がメディア上で克明に報道されている。当局はさらに詳しいデータをもとに、「濃厚接触者」を個人単位で特定、追跡調査をしているはずだ。
精度は100%ではないにせよ、この仕組みがあれば、感染の発生は防げなくても、大規模な拡大はほぼ確実に抑えられる。少数の人の行動をピンポイント的に制限するだけで済むので、社会全体の動きを止める必要はなくなる。そのメリットは計り知れない。
「中国的やり方」をどのように取り込むか
もちろんこれは「中国だから」できることである。同じITの活用でも、日本をはじめ他の国では別のアプローチになるだろう。しかしながら、世界中で数十万人の死者が出るパンデミックが現実となり、その第2波がいつ襲来するかも知れない状況の下、こうした「中国的なやり方」を、程度の差はあれ、どの国でも取り込まざるを得ないだろう。
例えば、今後、中国に入国する外国人は、仮に短期滞在であってもこの種のアプリをスマホにダウンロードし、パスポート番号と紐付けて常に携帯することが義務づけられるかもしれない。個人の行動は完全に捕捉されるが、拒めば入国は不許可だろう。将来的には異なる国家間でこの種のアプリが共用される可能性もある。
中国に限ったことではないが、社会を管理、運営する方法が大きな転換を迫られている。今回の新型コロナ禍はそのことを明確に示している。