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反差別デモで注目を集める防犯アプリ「Citizen」人気の理由

全米に広がった反黒人差別デモではスマホのアプリが重要な役割を果たしている(撮影/新垣謙太郎=ニューヨーク市)

全米に広がった反黒人差別デモではスマホのアプリが重要な役割を果たしている(撮影/新垣謙太郎=ニューヨーク市)

 5月下旬に、全米で反黒人差別デモが広まってから、一週間ほどで60万人以上がダウンロードし、iOSの「ニュースアプリ部門」ダウンロード数では、一時ツイッターを抑えて1位を記録したアプリがある。その名も「Citizen(シチズン)」と呼ばれる防犯アプリだ。

 アフリカ系アメリカ人男性の殺害から1ヶ月以上経つ現在も、ニューヨーク市では抗議デモが続いているが、こうした状況下でこのアプリが注目を集める理由は何か。ニューヨーク市在住記者が報告する。

デモ過激化で再注目

 米中西部ミネソタ州ミネアポリスで5月25日、白人警官が黒人であるジョージ・フロイド氏を拘束中、首を膝で押さえつけ殺害する事件が起きた。この事件の一部始終を撮ったビデオはSNS上でまたたく間に拡散され、全米で「黒人差別」、「警官による暴行」に反対するデモが巻き起こった。ここニューヨークでも事件から数日後にはデモが市内各地で行われ、一部のデモ参加者が地元店舗の略奪や放火を行うなど、一時は街の中が緊張に包まれた。

連日のデモ情報を得るために「Citizen」の需要は急増した(撮影/新垣謙太郎=ニューヨーク市)

「リアルタイムでデモや略奪がどこで行われているのか知るのには、ちょうどいいアプリだと思った」

 そう語るのはニューヨーク市在住のナホム・ヘルナンデスさん。「Citizen」の事は以前から知っていたが、それまでこのアプリを使う必要性は感じていなかったという。しかし、デモが過激化した5月末にこのアプリをインストールした。市内のどこでデモが行われ、また当初は略奪・放火などがどこで起こっているのか確認するのに使用していたと言う。

 またデモに合流するためにこのアプリの位置情報を使ったり、警察の動きを監視するため利用するユーザーも増えていると米メディアは伝えている。

 これまで一般には広く知られていなかったが、この「Citizen」とはどの様なアプリなのだろうか?

近所の犯罪情報をリアルタイムで発信

「Citizen」はスタートアップのsp0n(スポーン)が2017年にニューヨーク市で立ち上げた防犯用のアプリで、警察や消防などの緊急無線情報に基づきユーザーの身近で起こっている犯罪や火事などに関する通知アラートをリアルタイム発信するというもの。

地図上の点をクリックすると事件・事故の内容、他のユーザーが投稿した動画や写真を見ることが出来る(運営スタッフがチェック済みのものには「Verified=検証済み」のマーク)

 実際にこのアプリをインストールすると、「〇〇通りで発砲」、「10代の少女が失踪」、「川で救助活動中」など、一日に何件もの通知が送られて来て、それがどこで起こっているのか地図に表示される。ダウンロードは無料で、GPS機能を使って、ユーザーの身近で起こっている窃盗や強盗、誘拐、ケンカ、火事など、普段のニュースでは扱われない様な情報もリアルタイムで受信できる。また、ユーザーによる中継映像配信や、動画・写真の投稿、コメントの書き込みも可能である。

 さらに、地元テレビなどの既成メディアなどよりも速報性が高く、かつ地元の事件・事故に特化しているのでツイッターなどのSNSよりも見やすくなっている。

 在米28年になるニューヨーク市ハーレム在住の小川麻紀子さんは昨年「Citizen」を自身のスマホにダウンロードしたが、本格的に利用し始めたのは今年の3月に入ってから。そのきっかけとなったのは、新型コロナ感染が拡大し、度々アジア系の住民が嫌がらせを受けるようになってからだと言う。自身も通りで見ず知らずの他人からつばを吐きかけられ、近所の治安には特に敏感になった。

 それまでオフにしていたアプリの通知機能をオンにし、近所で起こっている事件や事故をいち早く知るようにした。特に夜に女性1人で歩くのは心配なので、アプリからリアルタイムで送られてくる情報をもとに外出を控えたり、地図機能を使って行き先を変えたりしていると語る。

「(自宅近所には)安全でない場所もあるので、どこで何かあったとか、そういったデータを蓄積して、自分の行動パターンを考えるようになりました」

物議を醸した「Vigilante」から再デビュー

 「Citizen」には前身となるアプリがある。2016年10月に登場した「Vigilante(ビジランテ)」は、市民による防犯を目的に、警察や消防無線から集められた情報を一般に開示するアプリだった。「ビジランテ=自警団」というそのネーミングの通り、本来自身には無関係な事件や事故の発生をキャッチしたユーザーが、わざわざそこに駆けつけ、関与することで二次被害が発生することを危惧したニューヨーク市警の反対に合い、登場数日でアップル・ストアから削除された。

スマホでデモの様子を撮影する市民(撮影/新垣謙太郎=ニューヨーク市)

 ネーミングの変更、そしてユーザーの安全に重心をシフトさせたガイドラインなどを作成し、2017年3月に「Citizen」として再デビュー。現在ではニューヨークを拠点として、サンフランシスコやシカゴ、そしてジョージ・フロイド氏が殺害されたミネアポリスでは今年2月から利用が可能になっているなど、全米18都市をカバーする。sp0nによると現在400万人以上のアクティブ・ユーザーがいるという。

 そのオペレーションに関しては、今回の取材に対しても「企業秘密」として公開されず、明らかでない部分も多いが、これまでの米メディアによる情報をまとめると、警察官や消防隊、救急隊などが公共電波上で緊急無線を使用した際の情報をスキャナーで傍受し、AIを用いて関連のある情報を選別。さらに「男性」、「銃声」、「〇〇通り」などのキーワードをもとに地図上に表示された情報を、24時間勤務する「コミュニケーション・アナリスト」と呼ばれる同社のスタッフ達が分析し通知を作成、それをユーザーに発信する仕組みになっているという。

 sp0nのCEOアンドリュー・フレイム氏は「Citizen」がデビューした際にメディアのインタビューに答えて、「ニューヨーク市では一日に1万件ほどの通報があるが、私たちはその内の300〜400ぐらいの通知を発信する」と語っている。

 その他に「Citizen」アプリの特徴は、現場近くにいるユーザーによる動画や写真の投稿機能であるが、スタッフが確認をした動画・写真には「Verified(検証済み)」という緑のチェックマークが付けられ、事実誤認や偽った情報を防ぐための工夫がなされている。

 しかし一方で、ユーザーが書き込むことができるコメント欄には誤った情報や、時には差別的な書き込みも見受けられ、人種差別を助長することになるのではといった不安の声も利用者からは聞かれる。さらに、アプリには事件に遭遇したユーザーが中継映像を配信できる機能もあるが、現場の被害者や通行人などのプライバシーの問題も指摘されている。

「Citizen」アプリの今後の展望

 現在「Citizen」は無料でダウンロードが出来、広告も一切掲載されていない。今回、アプリのマネタイズに関しての質問も試みたが、ここでも本社の広報部は口を閉ざして「一切コメントは出来ない」との回答が返ってきた。しかし、ベンチャー企業データベース「CrunchBase」によると、このアプリには米有力ベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタルやペイパルの創業者としても知られるピーター・ティール氏のファウンダーズ・ファンドなどが6000万ドル(約65億円)を出資している。

「Citizen」はユーザーの位置情報にアクセスして、近所の事件や事故を地図上に表示する(赤い点は直近の事件・事故、黄色い点は時間の経過したものを表す)

 CEOのフレイム氏は2019年7月に掲載された米フォーブス誌の記事の中で、「私たちが(ユーザーの)個人情報を売って、金儲けすることはない」と明言している。また、同誌は会社関係者の話として将来的に「大学や空港、スタジアムなど人が多く集まる場所を管理する機関や会社がこのアプリを利用して、ユーザーに緊急通知を発信するのに使用料を取るなどの可能性を示唆している」と報じている。

 しかし、前述のユーザーであるヘルナンデスさんは、アプリ上で集められた個人情報が将来どの様に扱われるのか不安だと言う。

「(このアプリを利用する際には)自分の位置情報を常に発信している訳だし、どこに行くかもトラッキングされているから、その情報がどの様に扱われるのか不安だ。特に無料のアプリだから、どうやって会社が金を稼いでいるのかも分からない」

 それでも彼がこのアプリを使用するのは「その利用価値を認めるからだ」と語った。

 さまざまな問題も挙げられているが、「Citizen」アプリが現在も続くデモの中で大きな役割を果たしているのは間違いない。日本も東京五輪を来年に控えているが、この様な防犯アプリが活躍する場になるかも知れない。

「Citizen」の紹介ビデオ
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