当初3月上旬に開催予定だったがコロナウイルス感染拡大により延期されていた「Blockchain Global Governance Conference (BG2C)、FIN/SUM Blockchain & Business (主催: 金融庁 日本経済新聞社 FIN/SUM BB)」が8月24日、25日に開催された。
開催が延期されたこの半年の間、今年5月1日には金融商品取引法の改正が施行されたことで、セキュリティトークンを活用したビジネスが注目されるなど、ブロックチェーン界隈での状況は技術面のみならず、ビジネスや規制の面からも変化が続いている。今回のイベントではどのような事例が紹介され、議論が行われたのだろうか。
■STOをめぐる議論
改正金商法が施行されたタイミングとイベントの開催が近かったこともあり、今回は多くのセッションでセキュリティートークン発行による資金調達(セキュリティートークン・オファリング 以下STO)にまつわる規制や技術動向が話題となった。
なかでも24日の午後に開催された「花開くか日本のSTO、金商法改正で本格スタート」と題されたセッションでは、マネックスグループの松本大 代表執行役社長CEOは、米国はイノベーションを活かすために何をすべきかと言う方向性で検討が進むが、日本は社会に流通させても大丈夫なのかというところから規制を考える、と日米の差異を述べた上で、「例えば10万円までなら」といったように一定の金額上限を設けた「セーフハーバー(予め定められた一定のルールのもとで行動する限り、違法ないし違反にならないとされる範囲)」を作るべきという提案を行った。
一方、25日午後の夕刻に開催されたセッション「デジタル決済、STOの未来」の中で、金融庁証券取引等監視委員会事務局長の松尾元信氏は、金商法の改正の意図としては、まずICOで見られた「良くない事例をきちんとしなければいけない」という前提があり、その上で「イノベーションは進めなければいけない、だけれども利用者保護もしなければいけない」とそのバランスを考慮したと説明した。さらに松尾氏は「良いユースケースが積み上がるのが何より重要」と話し、またそれはユーザーからの要望を実現する形のものであればなお良いとも述べた。
ただ、このセッションの中でも指摘があったが、日本では、ビジネスをする企業側は「規制を待って(それに適合する)ビジネスを始める」(森川 夢佑斗Ginco 代表取締役)ケースが多く、ユーザーの要望や利便性を優先し、あえてグレーゾーンに踏み出すリスクを犯すことは稀だ。
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海外ではライドシェアやシェアサイクル、電動キックボードのように、明確なルールがない分野でもユーザーニーズが感じられれば、スタートアップが率先してビジネスを拡大する。当局は社会の賛否の声を聞きながら、ルールを作り、サービス提供企業はそれに従う。当局との軋轢があったり、結局はサービスそのものがほぼ消滅してしまったりすることもあるが、このプロセス自体はイノベーションを社会実装するのに必要なもので、グレーゾーンに踏み出した者を悪者と決めつけることはない。また、グレーゾーンに存在していても有益なものであれば、それを認め、ルールに取り込むという度量と行動力が当局にある。こうした社会の寛容性と当局の責任感をもった決断が今の日本には足りないのかもしれない。
■CBDCの最新動向
世界中がコロナ禍で混乱をしているなかでも、着々と準備が進められているのが、中央銀行が発行するデジタル通貨(Central Bank Digital Currency 以下、CBDC)だ。25日のセッションで麗澤大学経済学部の中島真志教授による、各国のCBDCの最新状況についての解説があった。それによるといくつかの国ではCBDCの発行は近い未来などと言った話ではなく、「秒読み段階」までに来ているという。
ニュースになることも多く、よく知られているのは中国の「デジタル人民元」の例だが、2020年5月からは、蘇州(江蘇省)、深圳(広東省)、成都(四川省)、雄安新区(河北省)などの都市でパイロットテストが開始されている。間接発行型を採用する中国では、中国人民銀行が発行したデジタル人民元を各商業銀行や銀聯さらにはアリババ、テンセントなどを通して配布する。パイロットテストには配車アプリの「ディディ」や食品配達の「美団点評」の他にスターバックスやマクドナルドも参加している。2021年には全国展開を視野に入れており、「遅くても北京の冬季オリンピック(2022年2月)には使えるようにする」(中銀幹部)とのこと。
ところで、CBDCの一番乗りは中国と思いきや、そうではない。意外と言っては失礼だがカンボジアの中央銀行が準備を進めきたCBDC「バコン」が先陣を切りそうだという。
2019年7月から実証実験を行ってきたカンボジアでは、すでにバコンを実用化する目処がついている。「本格稼働に向けて準備万端」(中島教授)という状態までに出来上がっているのだが、コロナ禍でセレモニーが開催出来ないため、開始が延期されているとのことだ。このカンボジアのバコンだが、共同開発の技術的なパートナーは日本の企業である株式会社ソラミツ(東京都千代田区)だ。別のセッションにおいて同社の宮沢和正代表取締役社長も言及していたが、カンボジアでは米ドルがそのまま流通しており、リアルの決済では約70%程度が米ドルでの決済となっている。ところがデジタル通貨ではその割合が逆転しており、現地通貨の「リエル」の利用割合が高くなるという。
日常生活に関連するこうした小口CBDC以外にも、より大きな決済にCBDCを活用する調査・研究も進んでいる。こちらの実用化が検討される背景としては、やはりブロックチェーンを用いて有価証券をデジタル化したセキュリティートークンの実用化が進んでいることがあるる。証券がトークン化するなら、決済リスクを回避するDVP(Delivery versus Payment)も、その仕組ごとブロックチェーン上に載せてしまいたい。そのためには決済に使えるCBDCが必要になるというわけだ。こうしたことから各国中央銀行が行ってきたCBDCのテストでは大口資金決済機能だけではなく、証券とのDVP機能も含めての検証が進んでいる。
■皆で決めることの有効性を再確認
分散型金融システムにおける『マルチステークホルダーガバナンス』を実現」し、「さまざまなステークホルダーによる相互理解を深め、協調のあり方を探求するための、中立な議論の土台の構築」を目的とするBG2C関連のセッションは今回のイベントのもうひとつの柱だ。
こちらではこれまでの経緯や、ガバナンスの議論の土台になる国際共同研究の成果などが発表された。またマネーロンダリング防止や本人確認、デジタルカストディなど今後実装が欠かせない要素についての最新動向の報告に加え、イーサリアムやビットコインのコミュニティが先端の技術動向や可能性、課題感を共有することを目的としたセッションも行われた。
イベントの冒頭、開会挨拶に登場した麻生太郎財務大臣は、技術への理解が欠ける規制当局がイノベーションを阻むとして、エンジニアの中にはこれを敵視することもありがちだが、「最良のガバナンスのもとでの適切な技術の使用を考えていくために、お互い協力し、そして共同していくこと」が重要だと話した。
また、最後のセッションに登壇した松尾真一郎ジョージタウン大学研究教授は、エンジニアだけがテクノロジーの素晴らしさを語ったとしても、世の人々を説得する事はできないと話した。つまりエンジニアが当局に懐疑的であるのと同様、利用者も慣れ親しんだ日常に変化をもたらすイノベーションに対しては警戒心が働く。
松尾氏は続けて、日本の故事にある3本の矢を例えにしつつ「エンジニア、ビジネスサイト、規制当局が一緒になって説明することで、なぜブロックチェーンが我々の生活の向上に寄与するのかを説明することができる」と、立場の異なる人々が集まることでより強い説得力を持つことができると、マルチステークホルダーガバナンスの重要性について改めて言及した。