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「第4の電解質 分子結晶」がもたらす全固体電池バージョンアップ~静岡大と東工大のタッグで実現

Li(FSA)(SN)2を固体電解質として作製した薄膜全固体電池(Li|Li(FSA)(SN)2|LiCoO2)の外観

Li(FSA)(SN)2を固体電解質として作製した薄膜全固体電池(Li|Li(FSA)(SN)2|LiCoO2)の外観

 電気自動車や、再生可能エネルギーの効率的な利用のための蓄電など、高い性能を有する蓄電池の開発が求められており、全固体電池にも産業界から大きな期待が集まっている。この電池は、現在多く使われているリチウムイオン電池と比較して、液漏れや発火の危険性が少ないなど安全性に優れる上、小型化が容易であるという利点を持つ。全固体電池は、電池内部の「電解質」が液体ではなく「固体」であり、その固体電解質の能力こそが性能の決め手となるため、し烈な新材料開発競争が展開されている。

 全固体電池の本格的に利用にあたっては、繰り返し充電しても劣化しにくいことが求められる。また、高温・低温環境にもある程度の耐性がないと実用には適さない。さらに「量産化」のしやすさもポイントだ。これらをすべて満たす固体電解質を探さねばならない。

 2020年10月、静岡大学 理学部 守谷誠講師と東京工業大学 物質理工学院 一杉太郎教授らによる研究グループは、守谷氏の研究・開発による「分子結晶電解質」を用いて、一杉氏らが全固体電池を作製したことを発表した。一杉氏、守谷氏、そして研究開発に関わった東京工業大学 物質理工学院 博士課程1年生の渡邊佑紀氏にお話を伺った。

“見込みなし”だった「第4の固体電解質」に光

分子結晶電解質の位置づけ(静岡大守谷氏提供図をもとに編集部作成)

「これまで、固体電解質には『セラミックス(無機物であり結晶質)』『ガラス(無機物であり非晶質)』『ポリマー(有機物であり非晶質)』の3つが有力とされてきた。ところが、“有機物であり結晶質”の物質については、今まで見込みがないとされてきました」と守谷氏はマトリクス図を示しながら話した。

「その理由は、ポリマーの研究者が、有機物の固体電解質が低温で結晶化してしまうと、イオンが動かなくなり、電解質としての機能を失うと考えてきたことにあります」(守谷氏)

 こうした見方に対して、守谷氏は「分子でイオン伝導パスを作れば、優れた固体電解質ができるのではないか」と考え研究に着手。その研究成果が今回の「Li(FSA)(SN)2 =分子結晶電解質」(以下、「分子結晶電解質」と記載)だ。

静岡大学 理学部 守谷誠講師

 セラミックスなどの無機固体電解質は電解質としての特性に優れているが、成型性に課題があり量産がむずかしい。ポリマーなどの既存の有機固体電解質は低温下では電解質としての特性が多少劣るが、成型しやすく量産に向いている。この両方の特性を備えた分子結晶電解質は「簡単に言えばセラミックスとポリマーの“いいとこ取り”」だと守谷氏は説明する。

 この分子結晶電解質は、「第4の固体電解質」と位置づけられる。分子結晶電解質は、「伝導性」と「成型性」に優れている。つまりイオンの通り道をよりスムーズにする役目と、蓄電池として製造しやすいという特徴を持つ。

 また、分子結晶電解質は過熱すると溶けて融液となり、融点(59.5℃)以下に冷却すると再度結晶化し、構造が再構築される。この特性から蓄電池を作製する時には液体として取り扱い、電池が作動する時には固体として利用できる。

分子結晶電解質の位置づけ(静岡大守谷氏提供)

全固体電池の作製が容易に

 全固体電池研究ではトップランナーである一杉氏らは、この分子結晶電解質を用いて「薄膜型全固体電池」を作製した。前記のセラミックスを電解質として用いた全固体電池の作製工程では、プレス工程を経て作製されるのが一般的だが、それに比べてかなり簡便な手順で全固体電池を作製することができた。

「溶かして固めるだけでいい。今までの電池の作り方と作りやすさが全く違います。それにより、全固体電池の実用化に向けてさまざまな課題が解決できるのではと期待しています」(一杉氏)

分子結晶電解質を固体電解質として使用した全固体電池の作成工程(東工大渡邊氏資料より編集部が作成)

 さらに渡邊氏の説明によると、分子結晶電解質を固体電解質とした「薄膜型全固体電池」で100 回の充放電試験を行ったところ、100 サイクル目の放電容量は初期放電容量の 90%を維持し、充放電効率は約95%を示したという。分子結晶電解質による全固体電池が、劣化が少なく、高い充放電効率で安定的に動作することが分かった。

 また、室温だけではなく、マイナス20℃という低温条件においても、高いイオン伝導性を示すことが明らかになった。低温環境においても、良好に作動する可能性が高いということだ。高温の環境については120~130℃までは使用可能だが、「もう少し高い温度環境でも良好に作動するようにしたい」(一杉氏)。

この分野での日本の優位性を維持するために

 今回の研究により、分子結晶電解質がその充放電効率の安定性や、高い成型性により、全固体電池の有機系固体電解質として大きな可能性を持つことが示された。

東京工業大学 物質理工学院 一杉太郎教授

「この分子結晶電解質の全固体電池は、有機物で構成されているので軽いのです。電動自動車、ドローン、電動航空機の普及に貢献できたらという思いがあります。また低温環境でも作動するので、寒冷地においても、家庭に定置する充電池として備えることもできるでしょう」(一杉氏)

 世界はCO2削減を大前提として動いている。電気自動車普及のスピードが加速し、リチウムイオン電池から全固体電池へのシフトもこの先さらに進むことになるだろうと一杉氏は話す。同氏によると中国も、国策として電池開発に力を入れているが、「まだこの分野では日本がリードしています。その優位性を維持したまま、日本から世界に全固体電池を供給できるような体勢を作る戦略があればいい。日本ではマテリアル産業がものすごく重要です。研究だけでなく、政策などへの提言を行い、彼ら(守谷氏、渡邊氏ら)の研究をサポートしていきたい」と力強く語った。

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