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タイ政府開発のプログラミング環境がオープンソースに移行~ スタートアップとの連携進む

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毎年12月に開かれるChiang Mai MAKER PARTY

 タイ政府はSTEM教育(ステム教育 : 科学・技術・工学・数学の教育分野の総称)、起業家教育、プログラミング教育などの新しい教育に多大な投資をしている。その中核をなすプログラミング教育用のソフトウェアが、タイ政府開発のものから、有志が開発したオープンソースのものに置き換えられた。

 政府が独占して開発したものから、スタートアップが開発したオープンソースへ。今回の移管は、タイでは政府とスタートアップの連携が進んでいることがうかがわれる。

開発環境をオープンソースに

 タイ政府は近年STEM教育/起業家教育に力を入れており、教育現場にはスタートアップのプロダクトも多く採用している。前々回の記事にも詳しく書いた通り、学生たちがIoTのプロトタイプ開発ができるようになるプログラミング教育環境は、政府組織主導で開発した「KidBright」という製品を使用していおり、そこで利用するハードウェアはアメリカで起業し、タイに戻ってきたスタートアップGravitech Thailandのものを採用している。

 約20万台を全国の学校に一斉に配布したため、半分近くが死蔵されているとも言われているが、これらを利用して素晴らしいプロジェクトが生まれていることは前回の記事に紹介したとおりだ。

GitHub上で開発が進んでいるKB IDE
GitHub上で開発が進んでいるKB IDE

 KidBright開発環境は、タイの政府機関NSTDAが開発したものが使われていた。それが今年(2020年)、同じ機能でオープンソースのKB IDEに切り替えられた。政府のサイトからはKB IDEのGitHubにリンクが貼られている。

 KB IDEは、政府が開発したKidBrightをクローンする形で有志が開発したものだ。タイ/マレーシア/シンガポールにまたがる多国籍スタートアップのMakerAsiaブランドで配布されている。現在中国深センをベースにしている筆者は、2017年末までシンガポールをベースにしていて、MakerAsiaとしばしば一緒に活動していた。

バンコクと別のチェンマイのエコシステム

 タイでは、政府が開発したものからオープンソースに乗り換え、さらにその配布を多国籍なスタートアップに任せるようになった。このようにオープンな政策を発想し、受け入れる素地はタイのどこで育まれたのだろうか。首都バンコク以外に目を向けると、そのヒントを見つけることができる。

 タイ北部の都市チェンマイもソフトウェア開発が盛んな都市だ。ソフトウェア企業のChiang Mai MakerClubが主催する、Chiang Mai Maker Partyというイベントが2016年から続いており、筆者もほぼ毎回参加している。

 このタイの由緒ある古都で活動するエンジニアたちは、メイカーフェア・バンコクが行われる首都バンコクのエンジニア集団とはまた別の性格を持つ集団だ。

Chiang Mai Maker Clubビルの2Fにあるメイカースペース。チェンマイ工科大の学生が訪れることも多い
Chiang Mai Maker Clubビルの2Fにあるメイカースペース。チェンマイ工科大の学生が訪れることも多い

 バンコクの活動はタイ政府のサポートを含め、タイ一色で進められる感じがするが、チェンマイにはノマドワーカーの欧米人が非常に多く、彼らを対象にしたメイカースペースも多い。たとえばチェンマイ市内のMaker Space Thailandはカリフォルニア出身のナジが経営し、利用者はほぼ欧米人のノマドワーカーだ。メイカースペースの掲示板を見る限り、テクノロジーのレベルもそれなりに高く、現役で活動しているエンジニアたちであることが伺える。

 2016年にチェンマイで行われたTEDxChiang Maiでの発表を見ると、チェンマイ工科大学からの発表者が多く、司会を含め発表者は全員英語だった。Chiang Mai MakerClub社長のジミーはタイ人だが流暢に英語を話すし、同社が運営しているメイカースペースにもチェンマイ工科大学の学生が訪れる。メイカーフェア・バンコクでのイベントが全編タイ語で進行するのは大違いだ。欧米人とタイ人のギークが組み合わさってコミュニティが形成されており、チェンマイならではのエコシステムが見られる。

オープンソース化で広がりはタイ以外にも

シンガポールのウィリアムとボブが運営するOneMakerGroupのHackerspace
OneMakerGroupのHackerspace

 チェンマイのエコシステムには、他のアジア人も加わっている。シンガポールのウィリアムとボブが運営するOne Maker Groupは、東南アジア各地のメイカースペースをつなげるSEAMnet(SouthEast Asia Makerspace network)やMaker Asiaというブランドも持ち、メイカーたちのネットワークを行っている。筆者もシンガポール時代、彼らに非常にお世話になっていた。

 彼らシンガポールのメイカーたちは、Chang Mai Maker Partyの最初からのパートナーでもある。マレーシア人で、シンガポールで長く働きその後起業したウィリアムとジミーは、ウィリアムの母国であるマレーシアのメイカー企業Cytronと協力して、ESpartというハードウェアスタートアップを創業したこともある。こうした東南アジアメイカーたちのつながりが、今回のKB IDEのオープンソース化にも役立っている。

 KidBrightが動作するのは、当初予定していたKidBrightハードウェア上に限られるが、KB IDEであればArduino他多くのハードウェアをサポートし、スタートアップも自分たちのハードウェアを対応させることができる。

Kidbrightの互換ボードiKB-1。このような互換ボードが多くの企業によって作られ、政府から始まったプロジェクトはエコシステムを生みつつある
Kidbrightの互換ボードiKB-1

 画像のチャイワットのように、KidBrightの互換ボードを作る企業は続々と登場している。また、ソフトウェアがオープンソース化されたことで、KB IDEに自社のハードウェアを対応させる企業も多い。マニュアルやYouTubeの使い方動画などのナレッジも増え始め、オープンソース開発の活用方法として理想的な形が展開されている。

* * *

 はじめに政府による巨大な投資で、まず普及のための環境を作る。その上にオープンソースという生物(なまもの)を取り入れ、さらにその後のアップデートをオープンソースのコミュニティに任せることで、最初の勢いと効率的な成長、そして持続的に拡大していくエコシステムの構築ができる。タイの政府と産業界はこれを上手く行い、成功しているように見える。そのエコシステムはタイを越えて、マレーシアやシンガポール等、他の東南アジアのメイカー企業と連携しつつある。タイのケースから日本が学べることはとても多いと感じる。

チェンマイメイカーパーティ2019にて。左からKidbrightハードウェアの互換ボードを製造しているバンコクのチャイワット、中央がシンガポール:マレーシアのウィリアム、右が筆者。互換ボードOpen KBのTシャツをもらった
チェンマイメイカーパーティ2019にて。左からKidbrightハードウェアの互換ボードを製造しているバンコクのチャイワット、中央がシンガポール:マレーシアのウィリアム、右が筆者。互換ボードOpen KBのTシャツをもらった
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オープンソースハードウェア、メイカームーブメントのアクティビスト。IoT開発ボードの製造販売企業(株)スイッチサイエンスにて事業開発を担当。 現在は中国深圳在住。ニコ技深圳コミュニティCo-Founderとして、ハードウェアスタートアップの支援やスタートアップエコシステムの研究を行っている。早稲田大学ビジネススクール招聘研究員、ガレージスミダ研究所主席研究員。著書に第37回大平正芳記念賞特別賞を受賞したプロトタイプシティ』(KADOKAWA)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。