「芸はイマイチだが、あの芸人にはフラがあるね」。
芸人や噺家の世界で使われる言葉『フラ』。「何とも表現しづらい“おかしみ”」のことだ。高座に上がっただけで、その風情で客が笑いたくなるような芸人さん。生まれつきのものなのか、あるいは芸を磨いた末にたどりつく境地なのか、論理的には説明しづらい。
そんな『フラ』を持たせようとAIを育成し、「大喜利人工知能(大喜利AI)」や「ペチャクチャ(PeCha-KuCha)」「ドリアン」など、次々と謎のサービスやアプリを発表しているのが株式会社わたしは(東京都新宿区)だ。
社名も展開するサービス名もユニークな会社だが、どんな人たちがいるのだろうかと西新宿のオフィスを訪問してみた。するとそこには予想とは異なり、真面目に対話型AIの研究開発を行うスタートアップの姿があった。会社の代表取締役CEO 竹之内大輔氏に話を聞くと、同社のAIへのアプローチは、多くのIT企業とは真逆のものだという事が見えてきた。
“ズレ”が前提の対話型AI
竹之内氏は、「我々の強みは言語を扱うAIというところです」と話す。対話型AIのジャンルだが、そこにオリジナルの技術があり、かつ、他の研究機関やAI企業の対話型モデルとはアプローチの仕方がまったく違うという。その違いについて聞くと、普通の企業が取り組む対話型AIは、ソリューションが目的だが、同社は“ズレを前提としたコミュニケーション”を扱うのだと胸を張る。
「ふつうは、(人間の)質問に対して最適で効率的なアンサーをどう返すかのモデルなのですけど、人間の会話で質問にドンピシャリの回答が返ってくることの方が珍しいことでしょう。ズレていて当たり前じゃないでしょうか」
世にある大半のAIチャットボットは、ユーザーとの問答を整然と進め、質問には的確に答えることを目指し改良が続けられている。一方で人間同士の会話は整然と進行しているのかというと、喫茶店などで隣の客同士の会話が耳に入ることがあるが、脈絡のないやり取りのようでも、ちゃんとコミュニケーションが成り立っている。このように、人は理路整然としたやり取りを常にしているわけではない。ゆえにいつまでたってもチャットボットとの会話には違和感を感じることになる。
「(AIチャットボットを)カスタマーサポートで使っていても、全部のコミュニケーションをやりきれるかというと無理で、そもそもわれわれ人間は“文脈のない会話”をしますからね」
競争力を活かすための起業
竹之内氏は、東京工業大学を卒業し、大手コンサルティングファームに勤めた後、東京工業大学に戻り大学院博士課程で言語哲学を研究。さらにWebマーケティング会社勤務を経てこの会社を起業した。
「人間とか生物ではない物質、例えば計算機。これにいかにして意識が立ち上がるかという研究を本気でやってたんですよ。自律的に思考する計算機とはどうやって作るのか。人間と同等にコミュニケーションできる計算機というのはどうやって作るのか。それを命題に掲げると、機械学習とか世の中に流行っている情報処理的なことだけをやっていても、まったくその答えに接近しないんですよ。やはり言語哲学とか、もしくはもっと抽象度の高い数学とか、そういうことをやっていたんです」
そんな竹之内氏が起業に至るきっかけは、2015年にグーグルやマイクロソフトのAIの画像認識精度が人を超えたと言われる研究成果が公表され、これに刺激を受けたことだ。研究開発とイノベーションの中心地が大学ではなく、実業の世界に移ったと感じたそうだ。ではなぜ、企業に所属する研究者とならず、起業することになったのか。
「先ほど申し上げたように、他のAIプレイヤーは、『最適化』とか『効率性』を追求します。そのゲームには、われわれの競争力が活きない。だからグーグルなんかとは逆張りで、データがキレイに整備された世界じゃなくて、もっとデータが混沌とする、コンテンツが自発的に増幅していくみたいな世界の方がわれわれのモデルが活きるという自覚があり、だったら自分たちで(会社を)作るしかないということになってしまいました」
エンタメAIとして存在感を示す
その後、同社が繰り出したプロダクトは、前述の「大喜利人工知能」など「エンタメAI」の数々である。LINE上で展開されるちょっとズレた感のあるAIとの大喜利は人気を呼び、ユーザーがそのやり取りを、ツイッターで拡散するという事象が発生した。なかには5万RTに達するものもあったという。こうした現象は今も続いており、マーケティング予算を使わずともLINEの友達数が60万を超えたと竹之内氏は笑う。また、YouTubeではいつのまにか大喜利AIをネタにした非公式動画も作られ、100万PVを超えている。メディアからもお呼びがかかり、芸人たちとやり取りする中で冒頭の『フラがある』という言葉も知ったと言う。
「我々が発信するのではなく、ユーザーの方たちが勝手にシェアしてくれるということを、自分たちのサービスで体験したのです」
“クリエイティブ”と“パブリッシュ”を開放
さて、ここからが同社が構想するビジネスの話だ。
これまでは、メディアには完成したコンテンツが集められ、それをユーザーが見に訪れていた。これに対して「コンテンツの種」みたいなものだけをユーザーに提供し、ユーザーがAIと一緒に作ったもの(コンテンツ)を、ユーザー自身にシェアしてもらう。これが竹之内氏の理想だという。
「“こういう風に情報が広がる”ということが予測できるなら、その中に広告を出せるんじゃないかなあと。これをコンシューマー・ジェネレイテッド・アド(CGAd : 勝手広告/ユーザー作成広告)と言うらしいです」
竹之内氏は広告そのものをユーザーに作ってもらい、その拡散についてもユーザー側に任せてしまおうと考えている。つまり、現在自発的に出来上がっている同社周辺のユーザーの行動をパッケージ化してビジネスにするのだ。商品を宣伝したい広告主や、ゲームやキャラクターなどの著作物を世に広めたいIPホルダーは「コンテンツの種」を同社のコンテンツ生成プラットフォームに載せるだけでいい。そこに拡散したくなる味付けをしてくれるのが同社の対話型AIとなる。ユーザーがAIと遊び戯れながらコンテンツを生み出してくれる。
こうして生み出されるコンテンツには同社のAIならではの『フラ』がある。それは生まれつきのフラではなく、言語学の研究者であった竹之内氏らによって磨かれたもので、そこに同社ならではの強みがある。
※株式会社わたしは は、DG Lab Fundの出資先の一社となります。DG Lab Fundは、株式会社大和証券グループ本社と株式会社デジタルガレージのジョイントベンチャーである、DG Daiwa Venturesが運用しております。