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量子アニーリングで渋滞解消へ 自動運転車時代にも活かせる大規模信号制御技術

「量子コンピューターにより大規模信号機群を制御する最適化技術」の開発メンバーである豊田中央研究所・数理工学研究領域の吉田広顕博士(工学)(右)と井上大輔氏(左)

「量子コンピューターにより大規模信号機群を制御する最適化技術」の開発メンバーである豊田中央研究所・数理工学研究領域の吉田広顕博士(工学)(右)と井上大輔氏(左)

 コロナ禍で交通量が減ったとはいえ、交通渋滞はあいかわらず発生しており、CO2排出量の増大や物流コストの増加などさまざまな問題を引き起こしている。

 渋滞解消の切り札として期待されているのが、信号機の制御技術の高度化だ。これまで信号機の制御は、時間帯ごとに点灯パターンを変化させる「パターン選択制御」が使われてきた。それに加え近年、交通状況に応じて色を変える「適応制御」の信号機が導入されている。これは、交差点付近の車をセンサーで感知し、交通状況に応じてリアルタイムに信号灯の色を変化させることで、交通渋滞の発生を抑えようというものだ。

 しかし、適応制御の信号機が広く普及しても、その信号機付近の車の流れが改善されるだけで、都市全体の渋滞解消にはつながらない。

 このような課題を解消し、都市全体の交通状況を最適化するために、豊田中央研究所・数理工学研究領域の井上大輔氏、吉田広顕氏、岡田明久氏、松森唯益氏と、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の合原一幸氏らが開発したのが、「量子コンピューターにより大規模信号機群を制御する最適化技術」だ。

 これは、量子コンピューターの一種である量子アニーリングマシン(※)を用いて、都市の信号群全体を最適化することで、渋滞の発生を軽減しようというもの。コンピューター上の仮想都市で行ったシミュレーション(数値実験)では、従来の適応制御型の信号機に比べて、交通の流れが約10%向上することが示された。

 この技術の仕組みや、社会実装に向けた動きについて、豊田中央研究所の吉田広顕氏と井上大輔氏に聞いた。

※膨大な選択肢から最適な組み合わせを選び出す「組み合わせ最適化問題」を解くことを主な用途とする量子コンピューター

「量子コンピューターにより大規模信号機群を制御する最適化技術」のイメージ図(画像提供:豊田中央研究所)

2の2500乗の組み合わせを解く

 「量子コンピューターにより大規模信号機群を制御する最適化技術」では、どのような仕組みで大規模信号群を最適化しているのだろう。

 まず前提として、平均的な車の流れである「交通流モデル」がある。これは具体的には、「車が交差点に入ってきたときに何%が右に曲がり、何%が直進する」といった車の流れを決めることだ。この交通流モデルに従って車が動くとしたうえで、大量にある信号機の色をどの組み合わせにすれば、「交通の偏り」が最も少なくなるかを、組み合わせ最適化問題に置きかえ、量子アニーリングマシンに解かせているという。

 ちなみに、ここで言う「交通の偏り」とは、交差点の東西と南北の道を走る車数の差を指す。研究チームでは、この差をモデルの性能を評価する「評価関数」とし、評価関数が小さいほど、車の流れがスムーズで、渋滞が少ないと評価することができる。

豊田中央研究所・数理工学研究領域の吉田広顕博士(工学)

「量子アニーリングマシンには、次に信号の色が変わるまでに、最も交通の偏りが少なくなる色の組み合わせを算出させます。それで得た回答を信号機に反映したら、続けて、次に信号機の色が変わるまでの最適な色の組み合わせを計算させる。こうして繰り返し量子アニーリングマシンに計算させ、信号機に反映していくことで、都市全体の車の流れをよくする仕組みとなっています」(吉田氏)

 この技術は、東西に50本、南北に50の道路が格子状に配置された大都市を想定し開発されている。東西に50本、南北に50本の道路があるということは、全部で2500個の交差点が存在することになる。各交差点の信号機を「青」「赤」2パターンで点灯すると、全部で「2の2500乗の組み合わせ」が存在することになる。

「2の2500乗もの組み合わせの中から『一番いいのはどれか』を算出することは、一般的なコンピューターでは時間がかかり過ぎてしまいます。高性能なスーパーコンピューターを使えば早く計算できるかもしれませんが、電力がかかり過ぎるため、やはり実用的ではありません。そこで今回は、組み合わせ最適化問題を解くことに特化し、スーパーコンピューターに比べると計算そのものにかかる消費電力が小さいと言われている量子アニーリングマシンを用いることにしたのです」(吉田氏)

自動運転になっても必要な技術

 現在日本では、特定条件下でシステム側が運転を行う「レベル3」の自動運転が解禁されている。こうした自動運転化の動きについて吉田氏は、「将来自動運転車だけが走る社会になったとしても、都市全体で信号機を制御する技術は必要になる」と自説を述べる。

「自動運転車だけが走る世の中が実現し、信号機自体が不要になったとしても、『サイバー信号(Cyber Traffic Light)』といった、自動運転車同士の通信で使われる仮想的な信号が使われる可能性があります。仮にそうなったとすると、自動運転車同士の局所的なやりとりを行うのと、都市全体を見渡して膨大な選択肢の中から最適なやりとりを行うのでは、やはり後者の方が交通の流れがよくなると考えられます。そうなると、我々が開発した技術のベーシックな考え方は、十分活かせると思います」

 ただし、こうした技術を社会実装するまでの道のりは平坦ではない。特に大きな課題となるのが、「他団体や企業とのコラボレーション」だ。

「交差点に準備すべき機器に関する技術的なところでは、そんなに高いハードルはありません。従来の信号制御に使われる信号周辺の情報を得られるとすれば、あとは量子コンピューターがあるところに情報を吸い上げてきて、量子コンピューターが計算できる形に直してあげればいい。

 一方で難しいのが他団体や企業とのコラボレーションです。やはり我々研究機関や大学だけで社会実装するのは難しい。今後は本技術を世の中にアピールし、信号機メーカーや地方自治体をはじめとする行政機関など、交通インフラを管理しているところとしっかりとタッグを組む必要があると考えています」(吉田氏)

豊田中央研究所の井上大輔氏

「今は、トヨタグループ各社をはじめ、量子コンピューターの活用に積極的な会社さんとできるかぎりオープンな議論を重ねて今回の基礎技術を発展させ、少しずつ社会実装に近づけようとしています」(井上氏)

 新しい技術や試みは、社会実装されることでさらなる進化が望める。そのポテンシャルに期待が集まる量子コンピューティングだが、研究室から出て実際に社会に役立つ技術となることを期待したい。

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