長引く新型コロナ感染拡大の影響でさまざまな業界が経済的苦境に陥っているが、アメリカのメディア業界もその例外ではない。以前から広告収入の減少に悩まされてきた米メディア業界(特に地方紙などの新聞業界)にとって、今回のコロナ禍は「とどめの一撃」とも受け止められている。2020年の1年間で、2008年のリーマンショック時を上回り、過去最多となる3万人以上のメディア関係者が全米で解雇されたという。このような状況下で、既存媒体を見限ったジャーナリストたちの注目を集めているのが、オンライン上で独自のコンテンツを読者に直接届け、収入を得ることのできるプラットフォームである。
アメリカの活字メディア界で最高峰とされる、ピューリッツァー賞の受賞歴もあるグレン・グリーンウォルド氏は、自身も創設に関わったニュースサイト「インターセプト」を昨年10月に突如辞め、有料ニュースレターの配信を始めた。さらに米老舗誌「ニューリパブリック」や音楽雑誌「ローリングストーン」などの著名ジャーナリストたちも同様に次々と辞職し、独自のコンテンツをメールやブログで直接読者に有料で届けるという動きが、現在アメリカでは進んでいる。こうしたジャーナリストたちの独立を可能にしているのが、サブスクリプション(サブスク=会員制)型プラットフォームの登場である。このサブスク型プラットフォームには大きく分けて2つの形式がある。ひとつは「サブスタック(Substack)」に代表されるニュースレター形式。そしてもうひとつは、「パトレオン(Patreon)」などのブログ形式のものだ。
■「サブスタック」VS「パトレオン」
「これまでもメディア業界は苦戦を強いられ、さらにその状況はコロナ禍で加速しています。そのような時にサブスタック(などのサブスク型プラットフォーム)が注目されるようになりました」
そう語るのはコロンビア・ジャーナリズム・レビュー(CJR)のテクノロジー専門記者マシュー・イングラム氏である。同氏によると、すでにSNSなどにおいて多くのフォロアーを持つ著名記者やコロナ禍で解雇された新人・中堅ライターたちが、経済的に不安定な既存メディア業界を去り、読者と直接つながって課金出来るプラットフォームに流れているという。
ニュースレター形式のサブスタックは、2017年にサンフランシスコでテクノロジー系ライターを含む3名の起業家が設立。米メディアによると、有料会員数は2020年3月には10万人ほどだったのが、1年間で50万人以上に急増。その仕組みは、いたってシンプル。メールさえあれば誰でもアカウントが無料で作成でき、有料ニュースレターを配信する場合には最低月額5ドル(約540円)、もしくは年額30ドル(約3200円)から課金することができる。その収益の10%がサブスタック社に入り、クレジットカード手数料の3%ほどを差し引いた残りの収入がライターに入ってくる。ニュースレターを無料で配信する場合には、手数料などは取られない。
ためしに筆者もサブスタックのアカウントを作成してみたが、メールの登録、プロフィールの作成(ツイッターのアカウントを持っている場合には、プロフィールをそのままインポートできる)、そして振込先の銀行口座を登録するだけで、5分もかからずアカウントの作成は完了。すでに顧客のメールアドレスのリストが手元にあるなら、そのリストをインポート後、早速ニュースレターの配信が始められる。
ニュースレターというとテキストでのコンテンツをイメージする読者が多いかも知れないが、サブスタックのプラットフォーム上では画像や動画、そして音声ファイルも埋め込むことができ、配信のタイミングなども事前に設定することができる。アカウントを作成すると自動的に自分のウェブサイトも作られるため、読者はサイト経由でコンテンツにアクセスすることも可能だ。コンテンツによって有料にしたり、無料で読めるようにすることができるため、ライターによっては著名人との独占インタビューや読者とのQ&Aなど付加価値のある部分を有料化にして、会員の取り込みを行っている。
一方ブログ形式のパトレオンの課金のスタイルは独特で、「クリエーターを支援する寄付」という発想からスタートしている。そのため毎月一定額の資金援助(つまり定額課金)ができる他に、支払う金額に応じて会員レベルが設定されていて、アクセスできる投稿の数が違ったり、支援するアーティストによるコンサートのチケットが事前に購入できたり、クリエーターとのディスカッションに参加できるなどの特典が付いてくる。
パトレオンは、2013年にサンフランシスコで活動するミュージシャンと起業家により設立されたため、アーティストやクリエーターを中心に利用されてきたが、最近ではジャーナリストなども参加し始めている。さらに、サブスタックとの大きな違いは、クリエーター支援を掲げるパトレオンでは作品や活動ごとに目標額を設定し、献金を募ることができることだ。また、海外で活動するアーティストを支援するために、ユーロや英ポンドなど、4つの外貨での課金も可能である。
サブスタックと同様にアカウントの作成は無料であるが、毎月の収益額により5〜12%の手数料をパトレオン側に支払わなければならない。同社によると2019年には400万人だった有料会員(パトロン)が、2020年には1.5倍の600万人に達している。また、現在プラットフォーム上でブログを運営している利用者は20万人以上いるという。
■サブスク型プラットフォームはメディア業界の「救世主」になるのか?
デリバリーの方法や課金の仕組みに違いはあるものの、双方のプラットフォームに共通しているのは、広告を全く掲載しないというところである。これまでのメディアやSNSは収益の大部分を広告費に頼ってきたが、サブスク型プラットフォームにおいては、クリエターたちは広告主の意向を気にすることなく、独自の情報やコンテンツを自由に発信することができる。また、読者や支援者は自分たちで選択し、対価に見合った信頼できるコンテンツを受け取ることができる。
前出のイングラム氏によると、「ネットやSNS上において無数の情報やフェークニュースがあふれる現状においては、これまで存在してきたメールやブログなどシンプルな方法で、限定された情報を受け取ることに人々は魅力を感じている」とのこと。
さらに、広告収入に頼らないサブスク型プラットフォームでは、SNSのように多くのフォロアーを必要としないのが利点だと、同氏は指摘する。正確な会員数は公表されていないが、フィナンシャル・タイムズによるとサブスタックで3つのニュースレターを運営するグリーンウォルド氏は2〜4万の有料会員を抱えていて、年間に100〜200万ドル(約1〜2億円)の収入があるとみられている。
しかし、問題点もある。サブスタックのトップ10にはいるライターの年間収入の合計は、同社によると総額1500万ドル(約160億円)を超すというが、そのほとんどが元大手メディアの出身で、すでに以前から多くのフォロアーを持つ著名なライターたちである。新人や中堅ライターはゼロから有料会員を増やす必要があり、十分な収入を稼ぐことができるライターはごく僅かだ。また、他のライターやクリエーターとの差別化を図るため、ニッチな分野の開拓や著名人との独占インタビュー、調査報道など、コンテンツの作成にかなりの時間と労力が要求される。
それでも、イングラム氏は有料ニュースレターやブログなどのサブスク型モデルは、コロナ禍の影響で窮地に立たされているメディア業界全体に今後広まっていくだろうと予測する。
「これまでの収益モデルは、もはや通用しなくなっています。今後、このようなサブスク型モデルを上手く取り込めるメディアと、そうでないメディアがはっきりと分かれて行くでしょう」
すでに、ツイッターはサブスタックの成功に目を付け、今年1月に競争相手であるレビュー(Revue)を買収し、早々と有料ニュースレター市場に参入している。現在、メディア業界は広告、販売、記事の課金(ペイウォール)、献金、非営利化などさまざまなビジネスモデルを模索しているが、サブスク型プラットフォームをどう取り込んでいけるのか、これから注目されていくのは間違いなさそうである。