ペットの運動不足を解消するルームランナー、アイアンマンの胸から諸葛孔明が出てくるレトロおもちゃ、日本の明和電機グッズ……。奇妙なビジネスを応援するアリババの「タオバオ・メーカー・フェスティバル」には、新しいビジネスを中国から生み出そうとするアリババ集団のビジョンが反映されている。
成熟した中国から生まれるオタク商売
国の経済が急成長しているときは人々の欲求もシンプルだ。日本の高度成長期には自家用車、カラーテレビ、クーラーが3Cと言われた。現代の日本は、その頃よりもはるかに豊かになっているが、自家用車やテレビを持たない生活を選択する人も珍しくない。社会が多様化し、「欲しいもの」は人ごとに違うものになっている。中国でも、高度成長が限界を迎え、社会は多様化の段階に入りつつある。
そうした世相を背景として、アリババ集団では自社のECサイト「淘宝(タオパオ)」の名前を関した、ニッチな商売のフェスティバル「淘宝造物节(タオバオ・メーカー・フェスティバル)」というイベントを2016年から毎年開催している。
決済や企業向け融資の「アント・フィナンシャル」、BtoBのマーケットプレイス「アリババ」、BtoCのマーケットプレイス「タオバオ」などを展開するアリババ集団は、中国人が自分で商売を始めることをIT技術でサポートすることを信条にしている。
このタオバオ・メーカー・フェスティバルは日本ほか世界各地で行われているDIY電子工作のフェス「メイカーフェア」の影響を受けてはいるが、本家メイカーフェアとは違い、個人での趣味のDIY出展者たちは見かけない。出展者の大半は小企業や個人商店で、こだわりのブランドを目指す衣料品などもある。
タオバオ・メーカー・フェスティバルは半日ごとに全客入れ替え、チケットは有料で3000円を超える。それでもこうした変わったアイデアに触れたがる上海の人たちで、1週間にわたって会場は常に賑わっていた。
ペット用ルームランナー、ネコ用ノートパソコン
このフェスらしさを強く感じたのが、健康器具を作っているスタートアップが開発した新製品、ペット用のルームランナーだ。機能は人間のルームランナーと同じで、一定速度でベルトが回ることで運動させる。ハムスターの回し車と違って設定した速度で走るものなので、ペットに運動するという意志がないとうまくいかない。展示ブースには犬がいたものの、終日まったくヤル気がなく、動いている様子は一度も見ることができなかった。
ペット用品の展示は印象的なものが多かった。別の企業の製品で、用途は猫の爪とぎ板なのだが、全体がノートパソコンの形を模していて、広告もアップルのそれに寄せて作ってある。こうした奇想天外なアイデアの“斜め上の製品”は、ニーズも売れ行きも見当がつかない。必要なものが十分に行き渡らず、市場にスキマが多い途上国では出てきづらいものだ。
日本のナンセンス・マシーンも大人気
成熟して複雑な資本主義国家になった日本は、こうした奇想天外プロダクトの分野では先輩だ。アート・ユニット明和電機は、1990年代から「ナンセンス・マシーン」を旗印にさまざまな発明品を実際に量産して販売している。明和電機の作品は海外でも大人気で、先日も彼らの発明した楽器「オタマトーン」が、スペインのタレントオーディション番組で突然取り上げられて大センセーションを起こした。
こうした「ナンセンス・マシーン」は、タオバオ・メーカー・フェスティバルが目指すところと重なる。深センの会社MakerNetは、中国人のKevin Lauが創業した純粋な中国企業だが、会社のスローガンを明和電機のナンセンス・マシーンからとって「超常識」としている。MakerNetもタオバオ・メーカー・フェスティバルの常連で、今回も明和電機やその影響を受けたアート集団バイバイワールドの製品を出展し、多くの注目を集めていた
日本製品が中国で展示する際には、一般的に「日本製」を大きくアピールするディスプレイが多いが、MakerNetは、日本の製品を販売する際にも「日本製」を売りにせず、アーティストの世界観を忠実に反映する展示で会場の注目を集めていた。
サブカルに市民権、レトロも再評価
中国が大きな発展途上国だった頃は、「外国製=良いもの」という認識が強くあったが、それは年々薄まっている。タオバオ・メーカー・フェスティバルにはファッションブランドもたくさん出展されているが、いずれもサブカルチャーを全面に押し出したものだ。日本のオタク文化の影響も強いが、それは舶来一流ブランド信仰とは違う。
また、中国において、知的財産管理の意識が薄く、海外のライセンス管理も甘かった頃に作られた製品が、レトロものとして再評価されており、中古品売買プラットフォームの「閑魚」がそうした過去の中国製品を出展していた。
その中には、中国の各サッカーチームのユニフォームのようなカラーリングが施されたガンダムや、アイアンマンのAI(人工知能)の相棒ジャービスの中から、三国志の登場人物諸葛孔明が出てくるようなものもあった。
現在の中国で、こうした組み合わせが成り立つことはさすがに考えづらいが、“二度と作れない”という意味では逆にお宝であることは間違いない。こういうレトロなレアものが好事家の間でやりとりされるようになったことも、市場の成熟の証だろう。
商売を始める人をサポートするアリババ集団
さまざまなサービスを手掛けるアリババ集団は、中国人が自分の力で商売を始めることをサポートしている。それまで通販のなかった中国にECサイトをもたらした淘宝、オンライン決済ができなくて通販のシェアが伸びなかったのを助けるアリペイ、そしてAIで金融を効率化したことで、少額・高速の事業資金融資を可能にしたアント・ファイナンシャル。そうしたアリババ集団のサービスはどれも、「自分の力で商売を始める」ことに結びついている。
今回のタオバオ・メーカー・フェスティバルは、2014年にアメリカのオバマ大統領がホワイトハウスで大規模なDIYのフェスタ「メイカーフェア」を行ったことと、それにより中国政府が2015年から一大メイカーキャンペーンをはじめたことにルーツがある。2015年の、中国の流行語No.1は「メイカー(創客)」だった。当時の中国政府はこうしたことに力を入れていた。
もともとDIYの意味が強かった英語のMAKERという言葉は、中国で「創客」と訳されて広まった。その後「創客」という言葉は、徐々に起業家という意味で使われることが多くなり、商売のプラットフォームを手掛けるアリババグループのビジョンと結びついて、今回のようなフェスティバルが実現している。
日本でも、コミケ他オタク向けビジネスは一大産業となっている。筆者は2017年から何度もタオバオ・メーカー・フェスティバルに参加しているが、DIYで作られたものは年々目立たなくなっているものの、「他にないもので商売を成り立たせよう」というマインドは、今も強く感じる。それはオタク文化やサブカルと結びついて、新たな産業を中国から起こすかもしれない。
※イベント名の日本語表記はアリババの公式ツイートの表記に従いました。