近年、食糧不足の解決策のひとつとして昆虫食が注目を集めている。例えばコオロギだ。“新しいもの好き”の話題に過ぎないと思う人もいるかもしれないが、すでにカンボジアに拠点を設け、コオロギの養殖によって食糧問題や貧困問題などの解決に取り組もうとするスタートアップがある。株式会社エコロギー(ECOLOGGIE.inc 本社・東京都新宿区)だ。
エコロギー創業者の葦苅晟矢(あしかり・せいや)氏は、早稲田大学在学中、インカレのサークル「模擬国連」に所属していた。模擬国連とは、学生が各国の外交官役となり、実際の国連の会議のように演説や決議を行う活動だ。葦苅氏は食糧問題解決の方策を検討する中で「昆虫食」に興味を持った。そしてコオロギの養殖と食糧化のビジネスプランをひっさげて各種のビジネスプランコンテストで高い評価を得た。葦苅氏は大学院在学中にエコロギーを立ち上げ、カンボジアに移住、現地の農家にコオロギ養殖を広げている。
環境負荷が少ない食料
今回は、日本での事業を中心的に進めているエコロギーCOOの池田健介氏に話を聞いた。池田氏も学生時代に「模擬国連」に参加しており、そこで葦苅氏と知り合った。自身は大手IT会社でキャリアを積みながら、業務時間外にエコロギーを手伝い2020年に本格的に合流。現在は、カンボジアに滞在する葦苅氏と二人三脚で事業を推進している。
池田氏は、まず世界における「タンパク質と環境負荷の問題」を切り出した。人がタンパク質を得るために、家畜を育て、魚を養殖する。しかしこれらの手法は環境負荷が大きく、サスティナブルではないと見なされている。これらに比べてコオロギは良質なタンパク源である上、養殖も簡単で環境負荷が少ない。池田氏によると、牛肉1kgを生産するのに比べ、同量のタンパク質をコオロギから取得した場合、その生産に必要な水は1/1000、エサは7/200、CO2排出量は1/10000で済むという(エコロギー調べ)。
カンボジア農家の現金収入として
次に、なぜコオロギ養殖をカンボジアで行うことにしたのか。池田氏によると「カンボジアの温度や湿度など気候がコオロギ養殖に適していたこと」と「(カンボジアは)もともとコオロギを食べる食文化があり、食用コオロギ養殖にぴったりだったからだ」がその理由だ。
また、カンボジアの農家は現金収入を得ることが難しい。米は年間2回収穫できるが、それを販売するだけではなかなか貧困から抜け出せない。ところが成虫になるのが早いコオロギなら、おおよそ年間8回程度の出荷が可能となり、その都度現金収入を得ることができる。
コオロギ養殖を始めるにあたって、必要な初期投資は約6万6000円だ。それで年間50万円ほどの売上が見込めるので、投資はすぐ取り返せる。米を作りながら、この副業収入があれば農家はずいぶん助かるはずだ。それでも開始当初エコロギーは、初期費用を肩代わりして農家に養殖を広めたという。
ちなみにコオロギは雑食性で何でも食べる。そこで現地の日系食品メーカーから出る年間100トン近くの残滓を引き取ってコオロギにエサとして与えており、フードロス削減にも貢献していると池田氏は話した。現地には日本のようなゴミ焼却炉がほとんどないので、食品メーカーも助かっているようだ。こうして育てたコオロギの成虫を、ブノンペンの工場で粉末化し、日本に輸出している。
現在はこのように、うまく事業が回り出しているが、もともと葦苅氏も池田氏も、カンボジアには縁もゆかりもなかった。早くからカンボジアで事業展開を行い、現在はエコロギーに参画しているCSO(最高戦略責任者) 髙虎男氏の力で、少しずつ足場を築くことができたと振り返る。
順調に進んできたように見えるが、はじめの頃、農家を一軒一軒回って説明するのは大変だったという。「最初はなんでここに日本人がいるんだ? みたいな目で見られていました。足しげく通って1年半ほどかかりましたかね。」(池田氏)
現在は50軒ほどの農家が参加しているが、当初はカンボジア人独特の世界観に当惑した。時間は守らないし、のんびりしているという。しかし信頼を得ると、いろいろやってもらえると池田氏は話した。
健康食品としてのコオロギ
今後の事業展開について池田氏に聞くと、現在の昆虫食ブームについてはクールに眺めているという。「一過性のブームに終わるんじゃないかと思っています。だって、コオロギを食べる理由がないですから」
エコロギーが注目しているのがウェルビーイングの分野だ。「コオロギはタンパク質のみならず、鉄分や亜鉛など、食品の中でもトップ3に入るぐらい多いのです」。例えばアスリートの筋力向上や女性の貧血防止に、または高齢者のフレイル(frailty=「虚弱」要介護状態の手前)対策としての健康食品への利用などを想定している。現在、カンボジアのサッカー代表チームにおつまみとして使ってもらったり、現地病院の病院食のひとつに加えてもらったりするなど、健康回復・促進、生活の質の向上を目的として消費されることを目指している。
また、日本の食品メーカーに原料として卸す予定もあるという。まだ詳しいことはいえないが、と前置きしたうえで、来年春には共同開発の製品が出る予定だと話した。「粉末になり、スパイスと混ざるとおいしいですよ」と池田氏は笑った。確かにその姿かたちが見えなければ、平気で口にする人も増えるだろう。
一過性のブームに乗るのではなく、堅実に昆虫食を根付かせる戦略を持って事業を進めるエコロギーは、さらにカンボジアの貧困農家支援やフードロス削減の循環型社会の実現も視野に入れている。社長は今日もカンボジアの空の下で、現地農家と汗を流している。模擬ではなく、本当のソーシャルインパクトをめざして。