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東芝が進める「理論上破られない」量子暗号通信開発の現状

「東芝オンラインカンファレンス2021 TOSHIBA OPEN SESSIONS」の基調講演に登壇する東芝デジタルソリューションズ株式会社取締役社長 島田太郎氏(画像提供・東芝デジタルソリューションズ)

「東芝オンラインカンファレンス2021 TOSHIBA OPEN SESSIONS」の基調講演に登壇する東芝デジタルソリューションズ株式会社取締役社長 島田太郎氏(画像提供・東芝デジタルソリューションズ)

 2021年8月19日、「東芝オンラインカンファレンス2021 TOSHIBA OPEN SESSIONS」が開催された。量子技術に関する講演やセッションが複数行われたが、その中の大きなテーマのひとつが「量子暗号通信(Quantum Key Distribution、以下、QKD)」だ。

 量子暗号通信は、通信で使う暗号鍵を、光の最小単位である光子(光の粒)に乗せて伝送する次世代通信技術だ。光子の量子的なふるまいを活用し、第三者による盗聴を確実に検知し、情報を抜き取られる可能性を、“理論上ゼロ”にできると期待されている。

 カンファレンスでは、量子暗号通信の開発に携わる東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部QKD事業推進部の村井信哉氏が「開発者が語る!『理論上破られない』量子暗号通信」に登壇。また同社取締役社長 島田太郎氏も基調講演「未来を拓く、Quantum Transformation(QX)〜東芝の量子技術が目指す世界とは〜」に登壇し、量子暗号通信の特徴や開発動向を解説した。

量子のふるまいを活用した通信技術

 将来大規模な量子コンピューターの登場により、現在の暗号アルゴリズムが短時間で解かれてしまう可能性があり、その対策が求められている。村井氏は、「これは将来の課題だけでなく、現在の課題でもある」と指摘。第三者が今のうちから、暗号化された通信データを傍受して保存しておき、大規模な量子コンピューターが完成したら、これを解読する危険性があると冒頭に述べた。

「そのためのソリューションが今から必要であり、そのソリューションとなるのが量子暗号通信です」

 では一般に行われている暗号通信(共通鍵暗号方式)と、量子暗号通信にはどのような違いがあるのだろう。村井氏によると、現在行われている一般的な暗号通信では、送信者が受信者に情報を送る際に、暗号鍵を使って鍵をかけ、情報を解読できなくした上で受信者に送る。

 この暗号文を受け取った受信者は、送信者と同じ暗号鍵を使って鍵を開け、情報を読み取ることとなる。このため、送信者から暗号鍵を受信者に渡す必要があるが、この暗号鍵が盗まれてしまうと、その暗号文は解読されてしまうことになる。

 そこで従来の暗号通信では、暗号アルゴリズムを使って、暗号鍵を隠して受け渡ししており、隠れた暗号鍵を抜き出すには、膨大な計算が必要な状況にすることで安全性を担保している。

キャプション:現在の暗号通信と、量子暗号通信の違いについて解説する村井氏(「東芝オンラインカンファレンス2021 TOSHIBA OPEN SESSIONS」セミナーより)
キャプション:現在の暗号通信と、量子暗号通信の違いについて解説する村井氏(「東芝オンラインカンファレンス2021 TOSHIBA OPEN SESSIONS」セミナーより)

「しかし、この暗号鍵を隠して受け渡しするための暗号アルゴリズムが、量子コンピューターによって簡単に解かれてしまう可能性があり、これが課題です」(村井氏)

 そこで量子暗号通信では、「暗号鍵の受け渡しに量子力学の原理を用いることで、暗号鍵が第三者に盗聴されるのを防ぐ」(村井氏)

 具体的には、量子暗号通信では光の最小単位である光子に乗せて暗号鍵を送るが、このとき光子の2つの量子力学的な性質を利用するという。

「ひとつが『光子は分割できない』という特徴です。盗聴者が暗号鍵の情報(光子)を盗むと、受信者に届く光子の数が減ってしまいます。その結果、盗聴が行われていることを確実に検出できるのです」(村井氏)

 もうひとつが「光子状態は完全にコピーできない」という特徴だ。量子力学的に、光子は観察すると状態が変化してしまう性質を持つ。このため、盗聴者が光子に乗せた暗号鍵情報を盗み、同じ数の光子を受信者に送ったとしても、光子の状態が変化してしまっているため、盗聴されたことを確実に検出できるという。

「このように暗号鍵を盗聴できないことが理論的に証明されていますので、将来どんなに高速な量子コンピューターが登場しようとも、暗号鍵が漏れることはありません」(村井氏)

量子暗号通信では、光子の量子力学的な2つの性質を利用する(セミナー資料より)
量子暗号通信では、光子の量子力学的な2つの性質を利用する(セミナー資料より)

実用化では中国が他を圧倒

 現在、量子暗号通信は、次世代通信技術として大きな注目を集めており、日本以外にも、欧州や中国、韓国、米国など各国で開発が進められている。基調講演に登壇した島田氏は、特に「中国がものすごいスピード、規模で、他を圧倒するような形で先行している」と危機感を表す。

「中国では、北京と上海の間にすでに量子暗号通信のサービス網を用意し、具体的に外国取引情報の収集やインターネットバンキングなどに使用していると発表しています」(島田氏)

 こうした動向を受け、日本においても量子暗号通信の実証実験が複数行われている。

「ある2省庁において、クローズド環境での1対1でQKDを使ったサービスの提供が始まっています。その次のステップとして我々が現在着手しているのが、オープンな量子暗号プラットフォームです」(島田氏)

 「オープンな量子暗号プラットフォーム」では、「APIなどで呼び出しを行えば、量子暗号通信のサービスを(誰でも)利用できる」とし、すでに実現に向け動き出しているという。

「1対1のクローズドな環境に対して、このオープン方式はさまざまな人がサービスを利用できる点で優れた方式であり、メッシュ型のネットワークを作ること自体が(量子デバイス同士をつなぐ)量子インターネットの世界にそのままつながると私は考えています」(島田氏)

 さらに島田氏は、量子暗号通信を活用したセキュアなクラウドネットワークで日本全体をつなぐことも構想しており、最終的には、人工衛星を使い、大陸間をまたぐ量子暗号通信ネットワークを構築しようと考えていると展望を述べた。

 東芝は、2000年に量子暗号通信の基礎となる「単一光子検出器」を開発して以来、量子暗号通信の技術開発に注力し、量子暗号技術関連の特許保有数は現時点で世界一となっている。また、英国ケンブリッジや米国マンハッタン地区での実証事例など、国内外で多くの実績を持ち、量子鍵配送の高速性、長距離化においては「世界最高の性能を誇る」としている。

 同社は2020年10月に量子暗号通信の商用化を発表した。世界中で量子暗号通信の開発競争が激化する中、どのような展開を見せていくのか。今後の動向に大きな注目が集まっている。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。