今回の取材のために栃木県に入ると、日本の原風景ともいえる、満々と水をたたえた水田が広がる風景があった。
「その田んぼの水位を管理するのが、たいへんな仕事なのです」と株式会社farmo(ファーモ)代表取締役永井洋志氏は言う。水田の水は稲に水分を補給することはもちろん、温度調整などの役割を担っている。そのため季節や天候にあわせて、水位を常に調整する必要がある。何枚もの水田で米作りを行う農家では、始終水位を見て回らなくてはならない。ただでさえ高齢化が進む農業現場だ。田んぼを見て回るため、軽トラックを使わざるを得ない高齢者も珍しくないという。
そこで株式会社 farmo(栃木県宇都宮市)が開発したのが、農業型クラウドシステム『水田farmo』だ。farmoはスマート農業に特化した IT ベンチャー企業として栃木を拠点に全国的に活動している。『水田farmo』は、水位を計測するために水田に設置する「水位センサー」と、田んぼへの入水・止水を自宅から簡単な操作で行うことができる「給水ゲート」を組み合わせたシステムだ。
「これにより、田んぼを見て回らずに、スマホでリアルタイムに水位がわかるようになります。また、アプリで田んぼに入れたい水位を設定しておけば、給水ゲートが自動的に(ダムのように)開閉して、1㎝単位の誤差で水位を管理できます」(永井氏)
同社サイトによれば、「水位センサー」は本体価格が1台19,800円(税込)という価格だ。「給水ゲート」は本体価格が1台52,800円(税込)となっている。さらに、ランニングコストとして通信費などが発生するかと思いきや、「それはいただきません」と永井氏。
通信費をタダにできるのは、自前の通信網を構築しているからだ。人が住むエリアから離れた場所に設置する農業用のセンサーは、大手キャリアの通信エリアから外れていることも多い。温度や水位のデータを送信するには、5Gのように高速・大容量通信は不要で、低速であっても十分だ。farmoが構築している通信網はLPWA(Low Power Wide Area)という通信規格を採用しており、センサーは通信機を通してインターネットとつながる。通信機もfarmoが開発したもので、1台で半径数キロ程度のエリアをカバーする。(現在のカバーエリア)エリア外にセンサーを設置する場合は、農家に新たに通信機を貸し出し設置してもらう。こうしてセンサーが利用できる範囲を広げていくことができる。
田んぼにセンサーを設置する上でもうひとつの問題は電力だ。しかし、センサーや通信機の電力消費量も小さいため、機器に取り付けたソーラーパネルによる太陽光発電で十分まかなうことができる。
水量を調節する「給水ゲート」もシンプルな設計で、やはりソーラーパネルによる太陽光発電で動作する。農家はセンサーを田んぼに差し込み、ゲートを設置すれば電気や通信のことを気にすることなく利用が開始できる仕組みだ。農業のIoT化でボトルネックになる通信費や電気代などの費用がかからない。もちろん、万一の故障などの時には、駆けつけることができるネットワークを持っている。
2005年、farmoは農業とは縁もゆかりもないところからスタートした。永井氏は、当初アプリの制作などWeb関係の仕事を行うために会社を設立した。会社のサービスを各方面に営業する中で出会ったイチゴ農家が、水位や水温管理の大変さを話してくれたことが現在の事業のきっかけとなった。
「アプリとかは作れるのですけど、機械(ハードウェア)は苦手だったんですよ」と永井氏は笑う。農家を支援する仕組みを作り出すために6年前に事業内容を転換し、昨年、社名もfarmoに変更した。水田向けのセンサー以外にもイチゴ農家などに向けた『ハウス環境モニタリングシステム』も販売している。こちらは、ハウス内の温度や湿度、炭酸ガス濃度、照度、地中温度、土壌水分などをセンシングして、スマホでモニターするものだ。
管理用のスマホアプリ以外にも、IoTセンサーや基地局用の通信機の開発まで手掛けるとなると、費用も人手もかかるだろう。現在の従業員数は20名ほど。永井氏は「つい最近まで、3名ぐらいの所帯でやっていたんですけどね」と笑う。資金調達についても進行中、会社としてはシードからアーリー期の間ぐらいとのこと。最終的にはIPOも視野に入れているが、まず、農家の人たちのために何ができるかを考えることが今は大事だと永井氏は真剣な面持ちで語る。スマート農業に軸足を移し、農家との交流が増えてくると、農業についての課題や農家の現状が見えてきた。また、日本の自然環境の中で水田が持つ役割についても認識が深まった。
水稲栽培のための田んぼやため池、河川の水位管理などの農業水利施設は、洪水を緩和する役割を果たしている。昨今、大雨による災害が増え、防災のために田んぼの貯水機能をより積極的に活用しようという動きがある。
そうした動きの中で、スマート農業の担い手としてfarmoが認知されてきたことにより、行政から声がかかった。今年度は、栃木県宇都宮市と山形県河北町で水田farmoを活用した水害を抑止・低減させる「スマート田んぼダム」の実証実験を行っている。
田んぼの貯水機能を減災に活用しようという試みは、他のエリアでも行われている。ただ、いざという時に排水口が詰まったり、排水レベルを操作したりと農家にとっては煩雑で課題も多い。今回の実証実験のためにfarmoでは、排水量を遠隔操作でき、ゴミが詰まりにくい排水ゲートを開発した。今後は、今年度の実験で集まったデータを解析し、使い勝手などを精査して、さらにシステムを改善していきたいと永井氏は話した。
防災の分野にも今後本格進出する予定があるのかと水を向けると、「私たちの会社はまだ小さいので、人の命を預かるところまでというところまでは(現時点では)ちょっとむずかしい。そこまでできるような会社に成長できればいい」と永井氏は静かに、しかししっかり決意を示した。今のところ「農家ファースト」がfarmoの方針だ。