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インスタレーションで体験する 日本庭園の新しいアーカイブ  

3Dスキャンされた常栄寺庭園(提供:YCAM)

3Dスキャンされた常栄寺庭園(提供:YCAM)

日本庭園研究者の原瑠璃彦氏(写真は本人提供)
日本庭園研究者の原瑠璃彦氏(写真は本人提供)

 日本庭園の新しいアーカイブを作ろうという試みが進行している。日本庭園研究者である原瑠璃彦氏と、山口情報芸術センター(以下、YCAM)が共同で研究開発をすすめる「庭園アーカイヴ・プロジェクト」だ。

 “庭園”の“アーカイブ”とはいったいどんなものなのか。その答えを探すこともこのプロジェクトの目的となっている。

 アーカイブをデータベースや資料集と捉えるなら、日本庭園に関して、その歴史、構造、作庭の意図などを解説する書籍や景観を記録した写真集、映像などはすでに数多く存在する。

 しかし、テクノロジーの進化、デジタル機材の普及に伴い、庭の諸相を記録・解析する手段が多様化した現在、これまでの記録資料は、「今日のテクノロジーに見合ったアーカイヴとは言い難い」(『庭の新しいアーカイヴを目指して』 原瑠璃彦 より引用)。

3Dスキャニングや環境DNA調査も

常栄寺庭園での3Dスキャン撮影の様子 津田和俊(YCAM、京都工芸繊維大学)、井上智博(京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab)
常栄寺庭園での3Dスキャン撮影の様子 津田和俊(YCAM、京都工芸繊維大学)、井上智博(京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab)(写真提供:YCAM)

 プロジェクトでは、ここ数年で一般的になった新しいテクノロジーを積極的に活用している。庭の姿を記録するにあたっては、これまでの写真や図版に加え、庭を3Dスキャニングし3Dデータ化している。また、立体音響録音技術を利用して3Dサウンドも記録。さらに、庭園の建築物やレイアウトといったマクロ要素に加えて、庭園を構成する植木や庭石を「植物」や「鉱物」としてとらえ、それを分類整理している。植物の分類にはDNA解析を利用し、それに基づく同定や分類を行っている。さらには、庭園をすみかとする昆虫や鳥を記録するだけでなく、日本庭園にはつきものの池や川の水を汲み上げ、その水中に存在するDNAの断片を調査することによって、そこに生息する生物のミクロなレベルでのデータをも集めた。

 このような環境DNA解析や植物サンプルのDNAによる同定は、かつては高価で大掛かりな装置を必要としたが、ここ数年のテクノロジーの進化により簡単な実験キットで手軽に調査ができるようになった。

 庭園は時間とともに変化をする。外見の変化のみならず、こうしたバイオデータまでも記録することでこれまでは実現不可能だった、総合的なアーカイブを構築することができる。

 プロジェクトがアーカイブの対象として最初に選んだ場所は、YCAM(山口県山口市)のほど近くにある常栄寺庭園(通称:雪舟庭)だ。2019年度より、ここでレーザースキャンや環境DNA調査などの試行を重ねてきた。さらに2020年度からは、山県有朋の別邸として有名な京都の無鄰菴庭園においても調査や記録が行われている。

常栄寺庭園池中の環境DNAのメタバーコーディング解析結果(真核生物)
常栄寺庭園池中の環境DNAのメタバーコーディング解析結果(真核生物)・図をクリックで拡大(提供:YCAM)

 現段階でプロジェクトが収集したデータは以下のようなものとなっている。

  • 文献などによる文字情報
  • 庭園の図面や絵画などの図像資料
  • 庭園の3Dデータ
  • 庭園の静止画データ(古写真、現状の風景写真)
  • 庭園の映像 定点長回し動画
  • 庭園の立体音響録音データ
  • 庭石や植物、生物などのディテール写真・映像
  • 庭園内の植物・水のDNA解析データ
  • 庭園でのインタビュー動画

 景観の映像や数値や図鑑的なデータに加え、庭師や庭園に関わる人物へのインタビューなどもそろえている。登場する人たちは、それぞれの専門知識や経験に基づいた庭に関するさまざまな知識を解説してくれる。

 庭園は、鑑賞の対象であるだけでなく、そこに存在する動植物を育む生態系の一部である。また、人間にとっては時には芸術・儀礼の舞台となり、さらに権威の象徴にもなりうるなどさまざまな機能を持っている。今回のプロジェクトではそういった庭の多様な側面が理解できるよう網羅的なアーカイブを目指す。

庭園データをウェブサイトやインスタレーションで活用

 プロジェクトの最新の成果は、KARAPPO Inc.と共同で新たに開発したユーザーインターフェイス(UI)に、調査が実施された3つの庭園(山口市・常栄寺庭園、京都市・無鄰菴庭園()、京都市・龍源院庭園)に関するデータをプロットして公開される。これらのデータは、今後随時更新されてゆく。

 このウェブサイトでは調査やインタビューは、それが実施された場所にプロットされている。その地点をクリックすれば、テキストや動画・静止画で調査結果を見ることができる。また京都の無鄰菴庭園に関しては庭園が緑にあふれる季節に撮影された映像に加え、冬枯れの庭園とその庭園に雪が積もった3つの景色を比較しながら見ることができ、季節や天候でも庭園の様子が大きく変化することが見てとれる。

アーカイブのウェブサイト表示例 このように庭の石をクローズアップすると石に関する情報が表示(提供:YCAM)
アーカイブのウェブサイト表示例 このように庭の石をクローズアップすると石に関する情報が表示(写真提供:YCAM)

 現時点ではアーカイブの各データはウェブサイトでの閲覧となるが、プロジェクトを主導する原氏によれば、将来的にはAR(拡張現実)への応用も検討しているとのこと。庭園鑑賞のガイドといえば音声ガイドが一般的で、最近ではスマートフォンを利用したガイドなども一部施設では見られるが、そこに組み入れるデータとして、あるいは今後普及するであろうスマートグラスなど向けのARコンテンツとしては、このプロジェクトで収集したデータは最適だろう。

 さらに、プロジェクトの成果の発表形式のひとつとして、収集したデータを用いて、建築集団のALTEMY(アルテミー)と、プログラマーの白木良とがコラボレーションした空間で、常栄寺庭園が体験できるインスタレーションの展示会がYCAMで開催される。

『Incomplete Niwa Archives̶ 終らない庭のアーカイヴ』と題されたイベントは、オリジナルの座具が備え付けられたYCAM館内の大階段が展示場となっている。来場者はそこに寝転びながら、庭で撮影された映像や立体音響を“ぼんやりと”鑑賞することができるようになっている。会期は2021年10月8日(金)から2022年1月30日(日)まで。詳細はこちらYCAMの公式ウェブサイトで。

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朝日新聞社にてデジタルメディア全般を手掛ける。「kotobank.jp」の創設。「asahi.com(現朝日新聞デジタル)」編集長を経て、朝日新聞出版にて「dot.(現AERAdot.)」を立ち上げ、統括。現在は「DG Lab Haus」編集長。