全国自治体が相次いで「デジタルツイン」のプロジェクトをスタートさせている。当媒体でも『仮想空間に「もうひとつの海老名の街」~Beyond AI 研究推進機構が進める次世代AI都市シミュレーター』で神奈川県海老名市における取り組みを紹介した。
仮想空間にもうひとつの街を作り、防災やまちづくりのシミュレーションを行うため、都市のデジタルツイン作成は有用と考えられ、徐々にムーブメントになりつつあるが、現実の都市をデジタルツイン化するのは簡単なことではない。街は生きており、日々変貌するデータをできるだけリアルタイムに収集しなくてはならないが、そこに膨大なコストを費やすことはできない。既存のデータを活用しようにもその形式はバラバラで、それらを統合して利用、分析できる形にしなくてはならない。
都市のデジタルツイン化にはデータ整備が不可欠
リアルタイムで収集される、さまざまな形式のデータを分析しやすいように整え、統合する。都市のデジタルツイン化に不可欠な作業を行っているのがSymmetry Dimensions Inc.(以下、シンメトリー)だ。同社は米国デラウェア州に本社を置くが、現在CEOの沼倉正吾氏は渋谷区に事務所を構え、日本での活動を主としている。その事業の中核はデジタルツイン・プラットフォーム開発と運用だ。
沼倉氏はゲーム会社の経営を経て、2014年にVR事業を行うシンメトリーを米国で登記し活動を開始した。そしてエンタメ系VRから、建築やデザインの確認ツールとしてビジネス向けVR制作に軸を移し2017年に最初のソフトウェアをリリースし、100ヵ国以上に販売されたという。
「すると、お客様の方からVRの中で車道などを確認するだけではなくて、実際の場所をデジタル化して確認したいという要望が増えてきました。今後5Gも登場してくる。現場で取ったデータをすぐに集め、その都市のデジタルのコピーを作るデジタルツインの技術が可能になると予測し、2018年からはデジタルツールの構築技術、サービスプラットフォーム開発を事業のメインにしました」(沼倉氏)
シンメトリーは、VRで培った三次元データの高速処理を得意とする。また「点群データ(※)」をAIで処理し、ノイズを取り除いて、データ同士をつなぎ合わせる技術にも強みを持つ。
※三次元の立体データ。写真測量や3Dレーザースキャナーなどで物体を測定し、その形状を3次元座標を持った点の集合体として表現したもの。
取得しやすくなった点群データ
その点群データの取得が、デジタルツイン化のポイントになる。従来は建築現場などで高価な三次元レーザースキャナーなどを使って計測されていた。しかし新しい手法も開発されつつある。
東京都が進める「東京都デジタルツイン実現プロジェクト」(2021年4月開始)において、実証実験参加者のiPhoneにより街の点群データを取得する試みが行われた。沼倉氏によると、「これは一般市民がスマートフォンを街で使っているときに点群データを自動的に取得し、それをアップロードさせて、常に都市の最新データを更新できるかを実証する」ことが目的とのこと。
都市のデジタルツイン化においては、点群データの他にも国や自治体が持つ独自のオープンデータ、国土地理院のGIS(地理情報)データ、CADデータ、IoT機器から取得されるデータなど多種多様なデータを集め、活用できるようにする。
「これらのデータはフォーマットが全部違って、それぞれのデータを全部つなげるのはなかなか骨です。結構面倒くさいんですよ。たとえば3DのCADデータは建築の会社の中でも扱いきれていないぐらい非常に面倒くさい。なので、これをどうやったら簡単に使えるようにするかが都市のデジタルツイン化の課題なのです。これらのデータを弊社のプラットフォーム(SYMMETRY Digital Twin Cloud)の中に放り込めば使える状態にして、皆さんが使え、簡単に可視化し共有できるようになります」(沼倉氏)
熱海の土砂災害時に注目
シンメトリーのSYMMETRY Digital Twin Cloudが注目されたのは、2021年7月3日に起きた静岡県熱海市伊豆山における土砂災害だ。災害を未然に防ぐことはできなかったが、現場の状況をいち早く共有し、二次災害を防ぐのに役立った。
静岡県では、災害以前に「VIRTUAL SHIZUOKA(バーチャル静岡)」という点群データによる地域地形情報を整備していた。土砂災害が発生してすぐに、このバーチャル静岡の整備に関わった主な人々に、静岡県の担当者から連絡が来た。シンメトリーの沼倉氏も連絡を受けたひとりだ。
連絡を受けた人たちは、迅速に対応。県や災害現場からの情報を3D点群データで作った現地の地図にプロットしていくことで、災害の規模や全体像が明らかになり、災害現場に関わる人々が被害の状況を共有することができた。異例の速さで情報共有ができたことで、点群データを活用したプラットフォームの有効性や重要度が認識されたのではと沼倉氏は話した。
デジタルツイン上で住民へ説明
現在、シンメトリーは「デジタルツイン渋谷プロジェクト」(2021年11月9日~)に参加している。第1弾として、再整備計画が進められている玉川上水旧水路緑道を中心とした「ササハタハツエリア」のデジタルツインの構築、可視化を行った。
緑道の点群データに加え、国土交通省が提供す都市モデル「PLATEAU(プラトー)」のデータや自治体が公開しているオープンデータ、周辺企業が持つデータなどをシンメトリーのシステムに入れて、緑道周辺のデータを集約し、玉川上水旧水路緑道のデジタルツインを作り上げていく。
「そこに住民の方がアクセスできるようにします。こういう開発になるんだ、だったらここにはもっとこんな施設が欲しいなという意見を検討できるようにする住民のためのデジタルツインです」(沼倉氏)
組み込まれたデータの中には、緑道の桜並木を樹木医が診断した結果データなども含まれている。デジタルツインの中の桜の木をクリックすれば、その桜の診断履歴や結果のデータを見ることができる。樹木は1本毎に住所があるわけではないので、従来の地図などではその情報をプロットすることは難しかったが、デジタルツインの中ではこうしたデータも容易に管理ができる。
「今後は土木工事のデータなども入れていって、インフラのメンテナンスなどを可視化して行く予定です」(沼倉氏)
地域の再開発においては、住民の合意形成がなかなかむずかしい。しかし、開発計画を事前にデジタルツイン上で住民に提示できるようになれば、住民側も具体的なイメージが把握しやすくなる。それをもとに、意見交換をすれば再開発のプロジェクトも進めやすくなるだろう。自治体が防災、まちづくりにデジタルツインの活用を期待するのは理解できる。
今後は自治体のみならず、さまざまな企業との連携を進めていくつもりだと沼倉氏は語った。
動画「デジタルツイン渋谷プロジェクト」第一弾ササハタハツ緑道再開発01(シンメトリー提供)