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オープンデータゆえに災害時にも即応  静岡県の「VIRTUAL SHIZUOKA」

韮山反射炉の点群データイメージ(静岡県提供)

韮山反射炉の点群データイメージ(静岡県提供)

 2021年7月3日土曜、静岡県熱海市伊豆山地区で大規模な土石流災害が発生した。このような土石流災害であれば、その状況をつかむにはかなりの時間がかかるのが普通だ。ところが、災害発生翌日の夜に静岡県からかなり詳細な状況説明が行われ、ネットでは驚きの声が上がった。どうして静岡県はそんなに早く状況を把握できたのか? その大きな要因のひとつが静岡県独自の取り組み「VIRTUAL SHIZUOKA」(バーチャル静岡)のオープンデータと、それを活用した「静岡点群サポートチーム」という有志チームの働きだ。

「VIRTUAL SHIZUOKA」は静岡県が2016年より進めてきた構想で、静岡県全域の「点群データ(※)」を取得・保管・オープンデータ化する取り組みだ。今回の災害があった地域を含む静岡県東部地区の点群データも取得が完了しており、それがオープンデータ化されていたことが災害の概要把握に大きく寄与したと思われる。

※三次元の立体データ。写真測量や3Dレーザースキャナーなどで物体を測定し、その形状を3次元座標を持った点の集合体として表現したもの。

「VIRTUAL SHIZUOKA」について、静岡県交通基盤部 政策管理局 建設政策課 イノベーション推進班班長 杉本直也氏に話を伺った。

「点群サポートチーム」の活躍

静岡県 イノベーション推進班班長 杉本直也氏

 杉本氏によると、点群データをオープンデータ化する取り組みで知り合った有志たちと構成したSNSのグループ(点群サポートチーム)が、災害時にフル稼働したという。災害当日の夜、デジタルツイン技術や測量技術に長けたメンバー(当媒体記事にもなったシンメトリー社の沼倉氏など)が連絡を取り合い、オープンデータ化されていた現地のデータを解析。以前の測量データとの差異から、土石流の基点付近の盛り土の存在を把握できた。

 そうした一連の解析をもとに災害当日の深夜には、災害要因と思われる仮説(盛り土の存在)を、現場入りする静岡県難波副知事に伝えることができた。もともと土木の専門家である副知事が、仮説を持って翌朝から現場を調査できたことで、崩壊場所に何らかの問題がある可能性を認識することができたのではないかと杉本氏はいう。

「点群サポートチーム」の目的は「懸命に捜索活動を行っている人たちを二次災害から守る」ことに定められた。そして点群データの分析で、今にも崩れそうな部分を把握し、その部分に伸縮計(センサー)やカメラを設置。24時間土砂の動きを監視して、何かあった場合すぐに捜索を止められるようにし、二次災害を回避した。

オープンデータ化で即応が可能に

過去のデータ(左)とVIRTUAL SHIZUOKAのデータを比較(静岡県提供)

 今回、「VIRTUAL SHIZUOKA」で点群データの有用性が示されたわけだが、杉本氏は「そのポイントはオープンデータ化していたこと」と断言した。

「1分1秒を争う災害の時、例えば国の関係機関に情報開示の申請をしていたら、どれだけ時間がかかるかわかりません。またわれわれが持っているデータであったとしても、サポートチームに大容量の点群データを渡すためには『まずここからダウンロードしてください』という手間と時間がかかります」(杉本氏)

オープン化の効果は、災害発生後の記者会見時において、静岡県難波副知事からコメントされた。

「データを県庁に閉じずオープンにすることで、外の人がサポートしてくださる。昔であれば権威ある先生を集めた委員会をこれから立ち上げるが、データをオープンにしているので、すでにいろいろな方がどんどん解析してくださっている。これが凄い参考になっている」(記者会見資料より抜粋)

 また、この結果を受けて副知事から赤羽国土交通大臣(当時)に、「ぜひ国の方で全国の点群データの取得をやっていただけないか」と要望を出したということだ。

 杉本氏によると、仮に日本全土の点群データを、静岡と同じ密度で取得するためには600億円の費用がかかるという試算がある。「災害はどこで起きるかわかりません。復旧に時間やコストがかかるのですから静岡県としては、今回の出来事を通じて点群データの有用性を発信していきたい」(杉本氏)

点群データ コストが問題に

データ取得方法と計測内容(静岡県提供)

 静岡県は、40年以上前から東海地震対策に取り組んで来た経緯がある。点群データの取得を開始したのは2016年に遡る。同時期に国土交通省が「i-Construction(工事現場のIT化)を推進し、「すべての施工プロセスに三次元データを使う」という方針がその中に含まれていた。静岡県は、せっかく現場の三次元データを取るのであれば、データを蓄積しておけば災害発生時にそれが生かせるだろうと考えた。「明日にも起きるかもしれない災害に備えてデータを蓄積すること」がその取り組みのきっかけとなっている。

 本格的に「VIRTUAL SHIZUOKA」に取り組みはじめたのは2019年で、静岡県東部(熱海市を含む)の点群データの取得を開始した。航空レーザー計測、航空レーザー測深、移動計測車両などで広範囲・高密度にデータを取得している。

 しかし、実施には紆余曲折があった。例えば「航空写真だけあればいいのではないか」という反対意見が相次いだという。

「航空写真で地表を撮影しても、例えば林では木の葉に隠れて地表の様子はわかりません。しかし点群データを取るためにレーザーでスキャンすれば、わずかのすき間からレーザーが地表の様子をデータとして取得できます」(杉本氏)

 さらに、投資対効果として、災害発生からの早期復旧に寄与することも提示した。点群データの活用によって早期に測量ができれば復旧期間を短縮でき経済活動の正常化を早めることができる。そのため点群データへの投資は効果に見合うという論理だ。

 静岡県東部の点群データ取得を進めた結果、そこに思わぬ副産物も生まれた。点群データに価値を認める人たちが各業界から集まってきたことだ。その人間関係が今回活躍した「点群データサポートチーム」につながる。関係者全員がボランティアで昼夜を問わず解析作業に汗を流してくれた。

デジタルツインの意義

 ところで「VIRTUAL SHIZUOKA」はいわゆるデジタルツインなのか? 杉本氏からは間髪入れず「デジタルツインです」との答えが返ってきた。

「デジタルツインは原寸の世界です。現実世界とバーチャル世界とが1対1でシミュレーションできることが重要で、地図というものは縮尺に落とし込んで全体を把握することに苦労してきたわけですよね。それが原寸で仮想空間に作れることになった。ハザードマップも2次元ではなく3次元で表現できます。(ドローン飛行の障害となる)電線などのデータも取っていますので、将来的に『空飛ぶ移動革命』などにも対応できます」(杉本氏)

 しかしこうしたデジタルデータをオープン化して活用するには行政組織ならではの制約や課題もある。今回、災害は週末に発生した。緊急事態で、休日で在宅中だったこともあり杉本氏は個人のSNSなどを使って、点群サポートチームの面々と連絡を取り合ったが、デリケートな情報をSNSで扱うのはセキュリティ的にどうなのかという批判もあったと振り返る。

「でも批判されてもいいのです。後で私が怒られればいい。あの緊急事態で他に連絡を取り合う手段がなかったわけですから。もし批判するのであれば、そういった体制を見直すべきだし、公務員全体の課題として考えていただきたいのです」(杉本氏)

 もちろん杉本氏は、セキュリティをないがしろにしているわけではない。行政システム全体の問題としてとらえて欲しいということだ。セキュリティの高いものだけを閉域で扱えるようにし、その他はオープンにするような設計も必要ではないかと話した。

 静岡県は、MaaS(Mobility as a Service)などでもこの「VIRTUAL SHIZUOKA」を活用することを検討している。

「デジタルツインとしての価値は、現実空間でシミュレーションしづらいことを、仮想空間なら実現できるわけです。自動車産業の構造も変わってきますよね。MaaSを考え、そこからまちづくりを新たに始める場合もあるでしょう。いったんバーチャルで未来の静岡を作り、関係者がVRでそれを体験し、現実空間に反映させていく。われわれの取り組みVIRTUAL SHIZUOKAがVIRTUAL JAPANにつながればいいと思っています」

 静岡の取り組みについては、各自治体から問い合わせが相次いでいるという。しかし自治体ごとにバラバラな規格で進めるのは、合理的ではない。杉本氏は、ぜひ国が日本全土の点群データを取ってVIRTUAL JAPANを実現していただきたいと強く要望を述べた。

参考:静岡県 富士山南東部・伊豆東部 点群データ

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