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「コロナで実習ができない」が開発のきっかけ「医学部生向けバーチャルトレーニング」

「医学部生向けバーチャルトレーニング」で穿刺(せんし)手技のトレーニングをする様子

「医学部生向けバーチャルトレーニング」で穿刺(せんし)手技のトレーニングをする様子

イマクリエイト株式会社 プロダクトマネージャー 葉山 勝大氏
イマクリエイト株式会社 プロダクトマネージャー 葉山 勝大氏

 近年、VR(Virtual Reality)の実用化が進んでいる。その中でも、特に増えているのが、専門的な技術を習得するための訓練にVRが活用されるケースだ。しかし、現時点ではその多くが、コンテンツを視聴するもので、実際に体を動かしながら技術を習得できるものは少ない。

 そんな中で、仮想現実の中で体を動かしながら穿刺(せんし、針を刺す)手技を学習できる「医学部生向けバーチャルトレーニング」が、東京大学(東京都文京区)とイマクリエイト株式会社(本社:東京都品川区)によって開発された。イマクリエイトは、「見る」ではなく「する」ことに重きを置いたXRの研究・開発を行う、2019年創業のスタートアップだ。

「医学部生向けバーチャルトレーニング」のプロダクトマネージャーである葉山勝大氏に、特徴や開発の経緯、今後の展望を聞いた。

* * *

「医学部生向けバーチャルトレーニング」とはどのようなものか。葉山氏は、「皮下注射、静脈採血、末梢静脈カテーテルという3つの穿刺手技のトレーニングができる医学部生向けのVRコンテンツ」だと説明する。

 具体的には、仮想空間内で患者に対面し、適切な声かけをしながら、やはり仮想空間内に用意された注射器や消毒綿を使って、穿刺手技を施すトレーニングとなっている。

 医学部生は、まず「練習モード」で、手本となる(半透明の)医師の動きに自分の動きを重ねながら、正しい位置での消毒や穿刺、注射の角度、手順を繰り返し学ぶ。その後、手本が表示されない「本番モード」で、手技の習得状況を確認する流れとなっている。

皮下注射の様子。注射針を腕に刺すときなどの「触覚」は再現されていない(画像提供:イマクリエイト)
皮下注射の様子。注射針を腕に刺すときなどの「触覚」は再現されていない(画像提供:イマクリエイト)

 筆者は「皮下注射」の練習モードを体験させてもらったが、自分の手を動かしながら、手本となる医師の動きを繰り返し真似することで、手技の一連の流れが把握できるようになった。

「医学部生向けバーチャルトレーニングの強みは、実際の動きを伴ってトレーニングできる点」にあると葉山氏は解説する。

「VRを活用したトレーニングの多くが視覚に訴えるものである中で、我々のトレーニングコンテンツは実際の動きを伴って、ユーザーの能力を上げることにフォーカスしています。一般的に、読む、覚えることの後に、繰り返し体験することで、学習の効率が上がりやすいと言われています。我々のコンテンツは、この体験を補完できるという点で、他の映像型VRコンテンツとは大きく違うと考えています」

きっかけは新型コロナ感染拡大

 そもそもなぜイマクリエイトと東京大学は「医学部生向けバーチャルトレーニング」を共同開発したのだろう。

 実はイマクリエイトが医学部向けにVRトレーニングを開発したのは、今回が初めてではない。「もともとは、京都大学 医学教育・国際化推進センターのご担当者が、当社の『ナップ溶接トレーニング』(※)というプロダクトをご覧になったことが、最初のきっかけになっている」と、葉山氏は開発の経緯を説明する。

※ベテラン溶接工の手元の動きを真似することで効率的に学習できるVRトレーニング

 2020年夏、京都大学では、新型コロナウイルス感染防止のため、医学部生が病棟での実習を経験しないまま研修医になる可能性が高まり、これを問題視する声が上がっていた。京都大学の担当者が解決策を模索していたところ、ある展示会でイマクリエイトが大手鉄鋼メーカーと開発した「ナップ溶接トレーニング」を目にしたという。

「我々の『ナップ溶接トレーニング』は、仮想空間内の物に触れ、実際に作業ができるものでした。つまり、作業を“見るVR”ではなく、“するVR”だと認知いただいたわけです。これならば医学部生の課題を解決できるのではないかと、当社にご相談いただいたことが、開発のきっかけとなりました」

末梢静脈カテーテル挿入の様子。患者への声かけは、仮想空間内で提示されるコメントから、適切なものを選ぶ方式となっている(画像提供:イマクリエイト)
末梢静脈カテーテル挿入の様子。患者への声かけは、仮想空間内で提示されるコメントから、適切なものを選ぶ方式となっている(画像提供:イマクリエイト)

 京都大学の相談を受けたイマクリエイトは、「診察」に関する医学部生向けバーチャルトレーニングを開発。最終的に京都大学には、約30台導入されることとなった。このプロダクトが評判を呼び、同様の課題を抱えていた全国の大学の医学部から問い合わせが殺到。「現在、全国の複数の大学で100台以上が稼働している状態になった」とのことだ。

「我々はこうした医学部生が抱える課題は、『診察』以外の手技や作業にもあるのではないかと考えました」と葉山氏は続ける。

 イマクリエイトでは、CTOの川崎仁史氏が東京大学で社会人ドクターをしていることや、東京大学教授・稲見昌彦氏が同社顧問に就いていたこともあり、東京大学の医学部に声をかけ、共同で課題を探索するに至ったという。

「VRトレーニングが必要とされる技術は何かと相談していった結果、皮下注射、静脈採血、末梢静脈カテーテルという代表的な穿刺手技がいいのではないかという話になり、今回のコンテンツを開発させていただきました」

「動き」を気軽にシェアできる世界に

 今後、「医学部生向けバーチャルトレーニング」で開発した技術を、他分野の訓練やトレーニングに転用する可能性はあるのだろうか。

「その可能性は大いにあります。そもそも今回のプロダクトが溶接から始まったことからわかるように、他の分野にも似たようなニーズや課題がたくさんあると思います。医療だけじゃなく、製造業、スポーツの分野など、広い範囲で使っていただけるよう、動きを伴うVRコンテンツをどんどん開発していければと考えています」

 さらに葉山氏は、「今後やっていきたいのは、『動きを手軽に人に伝える手段』を世の中に浸透させること」だと、長期的な展望も話してくれた。

「そもそも今の世の中には、動きを遠くの人に伝える手段が足りていないと我々は考えています。例えば、東京から北海道にいる人に、何かの動作を伝えたいときには、メールや電話で伝えるか、あるいはYouTubeに動画をアップして見せるといった手段しか思い浮かびません。それだと、3Dの動きを伝えるには、圧倒的に情報量が足りません」

 しかし、イマクリエイトのXR技術を使えば、「仮想空間内で動きを再現し、誰でも気軽に動きをシェアできるような世界ができる」という。

「そのような世界ができれば、例えば、手本となる人の動きを仮想空間上に表示し、それを360度いろいろな角度から見て研究したり、そのモデルと自分の体を重ねながら動きを確認したりといったことができるようになります。しかもそれが、今のメールのような感覚で気軽にやりとりできるようになれば、企業や個人が受け取れる情報量が一気に増えると思います。XR技術を活用し、その辺りまで到達したいなと考えています」

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。