インターネットはさまざまなビジネスの垣根を壊し、産業構造を変化させてきた。最近では中国の加工業者が、インターネット経由で直接日本の発明家から仕事を受注するなど、個人で国際的なサプライチェーンを活用する事例も多く生まれている。また、日本からも町工場が、インターネット経由で新しい販路を探すといった例も見られるようになった。
中国最大のECサイトを運営するアリババグループは、小売のプラットフォームだけでなく、金属加工や受注生産・OEMなどのサービスを提供する企業の仲介もしている。
アリババのプラットフォームは、中国の商習慣も含めてECサイト上で再現しているため、アマゾンや楽天などのECサイトと大きく使い勝手が違う。中国では、店舗での買い物の際には店員に細かな質問をしたり、おススメを聞いたりしてから購入するのがあたり前だ。こうした習慣は場所がECサイト上に移っても引き継がれており、商品購入前にアレコレと訪ねたい顧客向けのサポートツールが充実している。
ツイッターで海外につながる町工場
アリババの「淘宝(タオバオ)」などのプラットフォームを使って、日本から中国の業者にカスタム品や加工サービスを発注している人は多い。取引のためのやり取りは、機械翻訳を使い、英語でやり取りし、支払いはアリババのサービス経由でクレジットカード決済やPayPal等でも処理できる。
中国側も積極的に日本へのアプローチを行っており、ツイッターなどで直接日本人のエンジニアにコンタクトする深圳エリアの会社も増えてきた。東莞市(とうかんし : 深セン市の北に位置し、加工業が多い)の星王虹精密零件(Xingwanghong Precision part Co., Ltd)は、ツイッターで直接日本のエンジニアに営業をかけることで案件を獲得している。
日本のロボット製作企業「猫とロボット社」代表の飯田尚宏氏も、ツイッター上での星王精密零件からのコンタクトがきっかけで仕事を依頼した。3Dデータを元にした見積もり依頼に対して、1時間後に回答が来たスピード感や価格や仕上がりの品質にも満足しているという。支払いはPayPalやクレジットカード払いなので簡単だし、こちらでの履歴も残る。このツイートを見た飯田氏の知人たちが、同じように相談する事例が増えているという。
サプライチェーンに影響するデジタル技術
金属加工やカスタム品の製造などは、発注する側も、受注する側もスキルを必要とする案件だ。頼んだものと実際に出来上がるものの差をどの程度許容するかの判断が必要で、通常は会社間のやりとりになる。さらに、こうした取引では、実際の見積り金額や受発注のやりとりは社外秘として公開されてこなかった。そして、一度発注を決めた取引先とは長期にわたって関係を作り、品質管理の方法などについて両社間でナレッジを蓄積していく。最終的に、相互の提携が深まり系列企業となることもある。
一方で、ここ数年、ネットを介しての3Dデータによる確認、機械翻訳や国境を超えた決済などの普及で、より細かな案件の個別発注なども可能になってきた。複雑なすり合わせが必要なものは、これまでのようにサンプルを見ながらの打ち合わせになるが、今回の飯田氏のようなケースは今後も増えていくだろう。
日本の製造業者においてもこうした流れと無縁ではない。新潟県燕三条のプラスチック射出成形企業では、「納期をお任せにしてくれるなら、金型製作を格安で請け負う」旨の呼びかけをツイッターでものづくりを志す人たちへ呼びかけている。(ツイートへのリンク)
このつぶやきは多くのリツイートを集め、同業他社からも発注側のメイカーたちからも、さまざまなリプライが寄せられている。多くは新しい試みに対する称賛だ。
メイカームーブメントが到来して10年以上になり、家電量販店にも3Dプリンタが並んでいる。趣味として3Dデータを扱い、同人誌的に作品を頒布する人や、本業のモノづくりのプロトタイプなどで3Dプリンタを使うケースも増えてきた。そうしたプロジェクトで、さらに一歩進むのに「ここからは大量生産が必要だから金型を作ろう」というニーズがある。ただ、そこでのやりとりや金額は、これまでのB2B取引より簡単で安価なものが求められる。
ロゴ入り製品づくりに活用
深セン圳在住の筆者もECプラットフォーム上のやりとりで、何度もロゴ入りのユニホームやバックパックなどのカスタム製品を作ったことがある。
ステップとしてはこうだ。まず中国内の淘宝で、カスタム製品請負の会社を探す。カスタム製品請負会社のサイトでは「オーダーで胸と背面に入れるユニホーム 100元」のように、タイトルにもオーダーメイドの意図が書いてあり、基本的な加工費込で値段も表示されている。
次にチャット(中国語)で商品概要を伝え、製作可能とのことならロゴデータなどを送る。画像ベースで完成案を見せてもらいながら、色やサイズなど細々としたことを交渉する。ここまでのやり取りではお金はかからない。複数の業者と同時に交渉することもできるし、そうしている人のほうが多いだろう。
そして、目的の物が作ることができそうなら、金額の見積もりをもらい発注の準備を整える。複雑な加工などで加工費が多めにかかる場合、淘宝などには商品のオプションの一つとして「加工費」があるので、これも先の見積もりと一緒にショッピングカートに入れて購入する。これで発注が完了する。
そこから数日で、モノが送られてくる。もし届いた商品が全然違っていた場合はまずお店にクレーム、お店との話がこじれたら淘宝のプラットフォームにクレームすると裁定してくれる。幸い今の所、カスタム品でクレームが起きたことはない。
サービスのやり取りもインターネット経由で
2015年3月、中国の国会に相当する全国人民代表大会で、李克強首相が発表し、習近平政権も踏襲し進める「インターネットプラス」というのは、情報以外のお金やサービスのやりとりもインターネット上に載せていこうという試みだ。すでにライドシェアやデリバリーサービスなど、インターネットを基盤にした物理世界でのサービスは多い。今回紹介した事例は、これまで人が対面で個別やり取りをする必要があったカスタムのモノづくりサービスだが、これもやりようによってはインターネットに載せられるし、今後そういう事例も増えていくだろう。
アリババのプラットフォーム上には、中国の企業だけでなく、ドイツやタイなどの工場なども見つけることができる。中国に比べるとぐっと数は減るが、こうしたB2Bのサービスもインターネット経由になり、世界のサプライチェーンは変わっていくだろ。