新型コロナウイルスの感染拡大後、国内の消費行動は大きく変化した。特にアパレル市場は、在宅勤務が増えたり、外出機会が減ったりしたことで、市場規模が大幅に縮小したと見られている。
逆風が吹くファッション業界で、オンラインとオフラインを連動させ、集客力を回復しようという動きが盛んになっている。特に注目を集めているのが、インターネット上の仮想空間で、アバターを介して交流したり買い物したりできるメタバース空間やVR(Virtual Reality)技術の取り込みだ。
2022年4月6日〜4月8日に、東京ビッグサイト(東京都江東区)において、「第1回ファッションDX EXPO[春](第9回ファッションワールド東京[春]内)」が開催された。ファッション業界におけるメタバース活用を中心に、同展示会を取材した。
株式会社三越伊勢丹 MD統括部オンラインクリエイショングループ 仮想都市プラットフォーム事業 プランニングマネージャーの仲田朝彦氏は、『バーチャルファッションの取組み事例』と題した講演で、2021年3月から取り組んでいる仮想都市プラットフォーム「REV WORLDS(レヴワールズ)」について解説した。
「REV WORLDS」は三越伊勢丹が提供するVRアプリだ。アバターを操作して「仮想新宿」でイベントに参加したり、他ユーザーとチャットしたりできる他、衣類などさまざまなジャンルのバーチャルショップが並ぶ「仮想伊勢丹新宿店」で買い物ができる。仲田氏はこの「REV WORLDS」の運営を通して感じた、これまでのEC販売とは異なるメタバース空間の特徴について説明した。
まず従来型のEC、つまりオンラインショップでの買い物体験については、店舗への移動が不要で、24時間いつでも情報収集や買い物ができて便利だが、その一方で、「モノの付加価値を生み出す部分が簡略化されている」と指摘する。
長年店頭で接客業務に携わってきた経験から、「顧客が店員と交流しながら、さまざまなプロセスを経ること」で顧客の購入体験は大きく変わると述べた。ECでの買い物体験にはこの交流が省かれているため、リアル店舗と比べて、「モノに乗ってくる(感動や、思い出に残るなどの)付加価値に大きな差がある」という。
「もしかしたら今後は、リアル店舗はそうした付加価値創造の世界になることが答えのひとつになるかもしれませんし、ECは逆にスマート(効率)化を追求する場になるかもしれません。その中間にあたるのが、メタバースなんじゃないかと私は考えています。メタバース空間上でも、付加価値を創造するような買い物体験に貢献できるのではないかと思います」
仲田氏は、メタバースの特徴として「ECへの遷移の確率が高くなる傾向」を挙げる。
「REV WORLDS」では、バーチャルショップに出品されている商品にアバターが近づくと、商品のそばに商品タグが出現する。そのタグ内をクリックすることで、ECサイトに遷移し、商品を購入することができる。
「このタグがクリックされる確率が、メルマガやバナーのクリックレートと比べ、約3倍になる傾向が見られ、いい時には5倍から11倍という数値も出ています」
なぜクリックされる確率が高いのか。仲田氏は「まだ仮説でしかないが、メタバースの世界では、これまでのECサイトでは適用できなかった“アナログ世界で培った強み”を生かせるからではないか」と分析する。
「基本的にECは、文字やレビューなどで買ってもらうビジネスかと思います。それがメタバースになると、立体の3次元になるため、商品をよりよく見せるための装飾、ディスプレイなどのナレッジを併用できます。さらに、この商品が好きな人は、きっとこれも好きだろうといった(商品の)編集展開できますし、そこにバーチャル上の接客や、(伊勢丹百貨店という)老舗の価値も加えられると思います」
つまり、これまでリアル店舗で培ってきた「顧客に付加価値を提供する手法」を生かせるようになるという。
「これがクリック率を上げた理由だと断言するには、まだエビデンスが少ないのですが、こうした特徴は確実に我々の武器になると考えています」
株式会社ビームス取締役兼株式会社ビームスクリエイティブ代表取締役社長の池内光氏は、『ビームスが挑戦するメタバースコマース』と題した講演に登壇し、同社が、株式会社HIKKYが主催するVRイベント「バーチャルマーケット」(※)に出店して得た知見を披露した。
※関連記事『コロナ禍で注目「世界最大」と評されるVRイベントが“共感”を呼ぶ理由』
同社はこれまで「バーチャルマーケット」に3度出店し、その時々に現実世界で実施している企画と連動したバーチャル空間内での企画実施の他、オリジナル商品やアバター用3Dデータなどを販売してきた。
そうした試みを続ける中で、池内氏もメタバース空間に対しては、「デジタル空間でありながら、実はリアル店舗に近い場所である」と感じているという。
「ECでは一覧性が優れていて、ユーザーにいかに数多くのものをわかりやすく見せるかが重要になります。しかし、メタバース空間では(仮想空間の)どこに出店するか、顧客とどうコミュニケーションを取るかといったことが大切になることも含め、ECよりも、リアル店舗に近い感覚を抱いています」
池内氏はこうしたメタバース空間の特性を踏まえた上で、バーチャル店舗を「顧客のエンゲージメントを高める場所」と捉えている。
同社では毎回、実際のショップスタッフら約40名がシフトを組み、交代で2名ずつスタッフアバターを操作して、バーチャル接客を実施している。これが、来場者の間で「生身の人間が接客している」と話題となり、SNS上でその様子が拡散された他、バーチャル接客を担当したスタッフが普段勤務しているリアル店舗に、後日来店してくれる人が増えるなどの効果が出始めているとのことだ。
「メタバース空間内で、アバターを介してリアルタイムに会話をする。この出会いのスタイルが、お客様とスタッフという関係を超えて、同じ空間に居合わせたユーザー同士の共通体験にしてくれる。そんなことが(オンラインとオフライン連動など)新たな価値を生んでいるのを実感しています。こうしたことを、今後さらに加速していけるのではないかと考えています」
* * *
両者に共通しているのが、メタバース空間を、ECよりも、リアル店舗に近いと感じていること、そして、これまでリアル店舗で培った販売ノウハウや顧客とのコミュニケーションの手法を生かせるのではと期待を抱いている点だろう。
展示会場に足を運ぶと、全身のスキャンデータからアバターを作成できる「AVATARIUM」(トップ写真の左下、株式会社Pocket RD)と、3DCGデータから衣類などの生産効率化を目指す「VIRTUAL CLOTHING」(豊島株式会社)の協業ブースが大きな注目を集めていた。両社は、「AVATARIUM」から生成されたアバターデータを活用し、バーチャルファッションやリアルな衣類を提供するサービスにつなげていくという。
メタバース空間やVR技術の活用で衣料品販売業界は失った勢いを取り戻せるだろうか。この先、正念場を迎えそうだ。