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地震時の揺れやすさを推定できるAIが実現 地震動予測はどう変わる?

広島大学先進理工系科学研究科のある東広島キャンパス(画像提供:広島大学)

広島大学先進理工系科学研究科のある東広島キャンパス(画像提供:広島大学)

広島大学大学院 先進理工系科学研究科の三浦弘之准教授(提供:広島大学 三浦研究室)
広島大学大学院 先進理工系科学研究科の三浦弘之准教授(提供:広島大学 三浦研究室)

 大地震発生時の対策を考えるためには、想定される地震による揺れや被害を予測しておく必要がある。しかし、地震動予測の重要な要素となる地盤の揺れやすさ(地盤増幅特性)を把握するためには、ボーリング調査や長期間の地震観測データが必要となり、多大な労力と時間を要していた。

 この課題を解決するため、広島大学大学院 先進理工系科学研究科の三浦弘之准教授、Pan Da大学院生、九州大学大学院 人間環境学研究院の神野達夫教授、重藤迪子助教および、中国電力株式会社の阿比留哲生氏らによる研究グループが開発したのが、「普段の地盤の揺れ(微動)から地震時の揺れやすさ(地盤増幅特性)を自動的に推定するAI(人工知能)技術」だ。

 普段の地盤の揺れ(微動)は、いつでもどこでも簡単に計測できることから、詳細な地盤調査や長時間の地震観測を行うことなく、簡単に地震時の揺れやすさを推定できるようになるという。

 本技術の内容やメリット、想定される活用方法について、広島大学大学院の三浦准教授に聞いた。

* * *

 三浦氏によると、地震の揺れは、①「震源」の大きさや位置、②震源から地震波が伝わる「伝播経路」、③基盤から地表にかけて堆積する「地盤」の状況という3つの要素で決まるという。

 三浦氏らが研究対象としているのは、「地盤」における地震波の増幅だ。

「一般に地盤は層状になっているため、この層の境界を通るたびに、地震の揺れが増幅していく傾向にあります。この地震波の増幅の度合いが、地震動予測においては非常に重要で、我々はこれを『地盤増幅特性(地震時の揺れやすさ)』と呼んでいます。今回私たちが開発したのは、この地盤増幅特性を自動推定するAI技術です」(三浦氏)

地震による地震波の伝播と、地盤における増幅について(提供:広島大学 三浦研究室)
地震による地震波の伝播と、地盤における増幅について(提供:広島大学 三浦研究室)

 では地盤増幅特性がわかると、具体的にどういったメリットがあるのか。三浦氏は、「地震時の揺れを、従来よりも細かく推定することが可能になる」と説明する。

地盤増幅特性は下図のように、横軸に周波数(Hz)を、縦軸に増幅率を示したグラフで表される。この周波数のうち、低周波の増幅率が大きいときは、ゆらゆらとゆっくり揺れるため、高層の建造物が大きな影響を受ける。一方、高周波が大きいときは、ガタガタという細かい揺れが起こるため、低層の建造物に大きな影響が出るという。

地盤増幅特性について(提供:広島大学 三浦研究室)
地盤増幅特性について(提供:広島大学 三浦研究室)

「つまり、地盤増幅特性がわかると、その場所で地震が起きた際に、高層ビルに大きな影響があるのか、あるいは低層住宅により大きな影響があるのかといったように、より詳細に揺れや被害を予測できるようになるのです」

 この地盤増幅特性は、数百メートル離れただけで大きく変わることがよくあるという。

「これまでの地震被害を見ていると、(場所ごとに)被害が大きいところと小さいところが分かれることがありますが、その大きな原因は地盤増幅特性の違いにあると考えられます。地盤増幅特性を把握することは、地震の被害を予測する上で、非常に重要な要素なのです」

簡便で誤差も少ない

 ただし、地盤増幅特性を調べることは容易ではない。地盤増幅特性を調べる際には、深い穴を掘るボーリング調査をしたり、地震が発生した際の観測データを用いたりするのが一般的だが、ボーリング調査は資金と人手がかかる。また、地震観測データから分析しようにも、調べたい場所に都合よく地震が発生するわけはなく、「任意の地点で地盤増幅特性を把握するのは難しい」という。

 そこで三浦氏らが提唱しているのが、地盤の「微動」から地盤増幅特性を推定する手法だ。

 地盤は、風や波などの自然現象の他、車や工場などの振動の影響を受け、普段から小さく揺れている(髪の毛1本分程度)。この小さな揺れ、つまり微動は、簡単な機材さえあれば、いつでもどこでも計測可能であり、これを推定に活用するのだという。

 ただし、この微動データから地盤増幅特性を推定する手法も、プロセスが非常に複雑な上、精度高く地盤の構造を推定するのが難しいなど、さまざまな課題を抱えていた。

「そこで、こうした課題を解決するために開発したのが、我々のAI技術です」(三浦氏)

 三浦氏らの研究グループは、地震の観測データから算出した、中国地方の約100カ所の地盤増幅特性データと、同じ時点で計測した微動データ(MHVR※)をAIに分析させ、その相関関係を学習させた。これにより、単点の微動データを与えるだけで、その場所の地盤増幅特性を推定できるAIモデルの構築に成功したという。

※Microtremor Horizontal to Vertical Ratio(微動の水平動/上下動スペクトル振幅比)の略

 このAI技術で地盤増幅特性を推定した結果が、以下の図だ。青い点線のグラフがAIに与えた微動データで、そこから導き出した地盤増幅特性の推定値が赤線グラフ。そして、その場所の実際の地盤増幅特性(正解値)が黒線グラフとなっている。

AI技術で地盤増幅特性を推定した結果(提供:広島大学 三浦研究室)
AI技術で地盤増幅特性を推定した結果(提供:広島大学 三浦研究室)

「(赤と黒のグラフは)ぴったり一致しているわけではありませんが、山谷のピークが概ね一致しており、十分な成果だと言えます。ちなみに、従来手法と比べても、(本技術の方が)誤差が小さいという結果が出ています。簡単に計測できる微動データから、一般的なボーリング調査よりも深い地盤の影響を含む情報が得られ、なおかつ精度の高い結果が得られることは、地震動予測において、大きなメリットをもたらすものと確信しています」

具体的な活用シーンは?

「微動から地盤増幅特性を自動推定するAI技術」は、どういった場面で活用されるのだろうか。

 三浦氏はまず「建造物の耐震安全性の評価」に活用できると説明する。

「地盤増幅特性を推定できることで、単に地震発生時に震度がどれくらいになるといった情報だけではなく、その場所の、周波数ごとの揺れやすさがわかるようになります。これにより得られる情報が増え、耐震安全性に考慮した建物や構造物の設計がこれまで以上にしやすくなります」

 さらに三浦氏は、「地震のハザードマップの作成に活用できる可能性も高い」と続ける。

 これまで自治体が公開している地震のハザードマップの多くは、想定される震源地からの「距離」と「地形データ」から震度などを予測する簡易なものだったが、三浦氏らのAI技術を活用することで、周波数ごとの揺れやすさを記載した地震のハザードマップを作成することも可能となるという。

「対象地域の微動をたくさん測ることで、このエリアは、低層住宅ではこのぐらい揺れ、高層ビルではこのぐらい揺れるといった、より詳細なハザードマップを作成できるのではないかと期待しています」

「微動から地盤増幅特性を自動推定するAI技術」は、すでに四国や九州など、中国地方以外でも適応可能なことが実験で示されている。「今後はさらに広い範囲のデータを学習させ、全国への適用性を高めていきたい」と三浦氏は意気込む。

 地震の揺れや影響を詳細に、簡単に予測できるようになれば、地震時の被害をこれまで以上に低く抑えられる可能性が高まるだろう。三浦氏らの研究成果が、広く活用されることを期待したい。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。