『音楽史を変えた五つの発明」(ハワード・グッドール/白水社 2011年)という書籍がある。同書では、「記譜法」「オペラ」「平均律」「ピアノ」そして「録音技術」の5つの発明が西洋音楽史に大きなイノベーションを起こしたとしている。
録音された音楽は、別の時間と場所で楽しむことができる。それによって音楽は巨大なビジネスとなった。録音再生の媒体は時代とともに変わり、近年はストリーミングが主流となっている。IFPI(国際レコード・ビデオ製作者連盟」)の「Global Music Report」によると、世界の録音音楽市場は2021年に18.5%成長し、総収入が259億ドルに達した。その成長要因は収入全体の65%を占める有料ストリーミングの伸びによると分析している。
音楽ビジネスの市場自体はストリーミングによって成長しているが、音楽を創り出すアーティストへの収益分配は、逆に減少しているという。
Webサイト『SOUNDMAIN』の記事によると、「ミュージシャンやソングライターが現在のストリーミングによるロイヤリティ支払いモデルから『哀れなほど低い収入』しか得られていない」と書かれている。さらに、YouTubeは音楽ストリーミングの51%を占めているにも関わらず収益の7%しかアーティストに還元されておらず、Spotify やApple Musicなど大手プラットフォームにおいては、10万回のストリーミングにつき、音楽アーティストは平均して約300ポンド(約45,600円)しか得られていないと述べられている。
これが事実なら、大手プラットフォームが収益を独占し、創作する側である音楽アーティスト側に楽曲が生んだ利益から適正な配分が行きわたっていないことがわかる。加えてCOVID-19流行以来、音楽アーティストのもうひとつの収入源であったライブエンタテインメントによる収入も激減した。
音楽アーティストの新しい収益源
そこに新たな可能性として現れたのが、NFT(Non-fungible Token、非代替性トークン)だ。NFTが最初に注目を集めたアートの世界では、すでにNFTアートがアーティストの新たな収益源となっている。著名なアーティストだけでなく、ドット絵などの小さなデジタルイラストなどにも価格がつき、それまで細々とイラストを書いていたイラストレーターなどにもその恩恵が及んだ。少数ながら大きな収入を得た人たちもいる。
こうなると当然、音楽の世界でも「NFTで新たな収入を」と考える人たちが出てくる。
アートの世界にならって、音楽アーティストの関連グッズをNFT化して販売する。音源ファイルをそのまま、あるいはいくつかに分割してNFT化し販売するなど、NFTを活用した収益の方法はいくつも考えられる。さらに、商品(楽曲)に希少価値があればオークションで高額となる。実際2021年12月には、故ホイットニー・ヒューストンが17歳の時に録音したデモ音源が、オークションにかけられ1億円以上(99万9,999ドル)で落札されている。このオークションが実施されたプラットフォームは、2021年5月にスタートした「One Of」という米国のweb3カンパニーだ。2022年の1月末にはワーナーミュージックグループがこのOne Ofとの提携を公表している。米国では音楽ビジネスにNFTを取り込もうという動きは本格化しており、大型のプラットフォームも出現している。
日本でも、音楽アーティストの苦境を憂い、どうにかして新たなる収益源を提供したいと考え起業した人物がいる。株式会社メロデス代表取締役の前田尚吾氏だ。
「音楽NFTという新しい収益源を音楽アーティストに提供したいのです」(前田氏)
メロデスが、音楽アーティスト向けに現在開発中なのが、NFT音楽ストリーミングプラットフォーム「MELOBLOCK」(近日中ベータ版を公開予定)だ。アーティストは「MELOBLOCK」に楽曲をアップロードするだけで、簡単に音楽NFTを作成することができる。価格はアーティストが自分で決めるが、将来的にはオークション方式の採用も検討しているという。販売価格の98%がアーティストに、残り2%はメロデスが受け取る。さらに購入したファンが他のファンに転売した場合、その販売価格の最大20%がアーティストに還元される仕組みも導入予定だ。
「この2%の手数料は世界最大級のNFTマーケットOpenSeaの手数料よりも低く設定しており、最終的には0%にしたいと考えています」(前田氏)
大胆な戦略だが、その収益構造は手数料0%になる時点で、ある程度のマーケットシェアを獲得しておき、そこからは「MELOBLOCK」上で、楽曲などの宣伝できる枠を、メロデスがNFTとして販売したいと考えているとのことだ。
この宣伝枠はアーティストも購入できるが、ファンも購入可能だ。ファンは自腹を切ることになるが、その宣伝で音楽アーティストの知名度が上がれば、ファン自身が持っているNFTの価値も上がる。こうしたエコシステムを作ることが前田氏のビジョンだ。NFTによる「推し活」のエコシステムといえよう。
こうしたエコシステムを支えるファンの組織化のために、ファンクラブの会員証をNFTとして限定数を販売する機能も実装する予定だ。これによりファンにさまざまな特典を付与することも可能だ。これらの機能を活用していけば、大手プラットフォームに頼らず、とくに独立系の音楽アーティストが楽曲を収益化しやすい仕組みができる。
音楽NFTの課題
ところで、楽曲をNFT化する場合の大きな課題が、著作権をはじめとする楽曲の諸権利だ。NFT化された楽曲ファイルを購入し、保有したとしても、多くの場合その楽曲の著作権は移転しない。また公開されている楽曲を自ら聞いて楽しむだけなら、NFTを購入しなくてもよい。さらに、著作権と紐付かない音楽NFTの2次流通に際して、音楽アーティスに還元される対価についても、なにに基づき支払うのかその性格は曖昧だ。2次流通で対価が発生することは歓迎すべきことだが、それが特定のプラットフォームの規約に基づくものであれば、支払いが発生する範囲は限定的になる。ブロックチェーンを利用したスマートコントラクトでは、権利処理や権利者への利用対価の支払いが自動化されることが期待されているが、そうなるにはまだかなりの時間が必要になりそうだ。
今後整備すべき課題としては、音楽NFTの定義や仕様が各社バラバラで独自の設計になっている点だ。ビジネスとして収益を最大化するためには、商品設計、技術仕様、ルールなどの標準化・共通化を業界全体で進めていく必要があるだろう。
そしてもうひとつの課題は、“ミュージシャンの気持ち”だ。お金だけの問題ではない。音楽アーティストには、「より多くの人に聞いてもらいたい」と欲求もある。オークションで高額販売したとしてもその欲求は満たせない。「まずはミュージシャンに新しい収益源ができた」と音楽NFTのメリットを感じてもらうことから始めるということだろう。
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前田氏はバンド活動を続けながら、新卒で入社したIT企業経て起業した。「もともとNFTの構想をあたためていたところ、昨年、Web3という大きな波が来ました。今こそ絶好のタイミングだと思い、一気に開発を進めたのです」。
そしてこの先に前田氏が大きな可能性を感じているのがメタバース空間での音楽NFTの流通だ。「メタバースの中で扱われるデジタルアセットはNFTであり、もちろん音楽もNFTとして扱われることが当たり前になると思います。WEB3黎明期の今こそスタートアップが力を発揮できるときだと思っています」
はたして音楽NFTは「音楽史に残る6番目の発明」になるのか。もしそうなら、その中で日本発のスタートアップはどのような存在感を発揮するのか。期待を込めて注視していきたい。