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「バーチャル経済圏のインフラを目指す」 クラスター社COO・成田暁彦氏が語るメタバース事業の未来

2022年7月7日の創業7周年を記念して作られた画像 © Cluster, Inc. All Rights Reserved.

2022年7月7日の創業7周年を記念して作られた画像 © Cluster, Inc. All Rights Reserved.

 さまざまな領域で、メタバースの活用が進もうとしている。PwCコンサルティングが6月7日に発表した調査結果によると、メタバース活用を「検討中」「予算化済み」「具体的な案件を推進中」としている企業は38%にのぼり、そのうちの約半数が1年以内の実現を目標に掲げる(調査は2022年3月10~18日に1085社を対象として実施。日本経済新聞2022年6月8日付より引用)。

 一方で、活用イメージが明確になっていない企業が少なくないことも示唆された。同調査によると「実現への課題」として、1085社のうち28.6%の企業が「導入する目的の明確化」、26.4%が「費用対効果の説明」と回答している。

 こうした状況が示すように、日常用語として定着しつつある「メタバース」だがその実態や、この概念がもたらす未来がどんなものであるかが想像しづらい、という声はいまだ根強い。メタバースの先駆者は、どのようなビジョンを描いているのか。2025年に開催される大阪・関西万博と連携し、都市連動型メタバース「バーチャル大阪」を2021年12月にリリースするなど、行政や企業とのコラボレーションなどを進めこの分野で存在感を示す、クラスター社COO・成田暁彦氏に話を聞いた。

「世界一敷居の低いメタバース」を標榜する意義

 先述した「バーチャル大阪」以外にも、仮想空間にその街並みを精巧に再現した「バーチャル渋谷」(20年5月)、バーチャル遊園地「ポケモンバーチャルフェスト」(20年8月)など、メタバースにおけるエンタープライズ事業で、国内外の注目を集めるのがクラスター社。その本質は、日本最大のバーチャルSNSプラットフォームだ。ユーザーが「ワールド」と呼ばれる仮想空間をつくり、他のユーザーと交流を楽しむことができる。これまで1万以上のワールドが生まれ、ユーザーの累計総動員数は約1000万人に達するという。

 プラットフォームとしてのクラスターの強みは、大きく3つあると成田氏は語る。

「第一に、私たちは『世界一敷居の低いメタバース』といううたい文句を掲げており、メタバースに馴染みのないユーザーでも参加しやすいインターフェースを、日々目指し続けていることです。第二に、UGC(ユーザー生成型コンテンツ)のプラットフォームであること。『バーチャル大阪』や『バーチャル渋谷』のように、運営側がインフラやコンテンツを投下するだけではなく、ユーザーが自由にワールドやゲーム、アバターをつくって投稿し、楽しむことができます。第三に、競合プラットフォームと比較しても法人、官公庁、学校などと連携したイベントが、年150回程という高い頻度で開催されていること。ユーザーによる自発的なイベントも活況であり、芸能人やアーティストのライブやトークショー、アニメやゲームのIP(知的財産)を用いたバーチャル遊園地の設置などを盛んに行い、クラスターに来れば『いつも何かが起きている』と感じてもらえる風土づくりを重視しています。こうした要素が組み合わさり、メタバースの魅力を網羅的に、手軽に体験できるサービスを提供している点が、私たちの強みだと考えています」

 メタバース普及にあたって、参加のハードルをいかに下げるかは、どの事業者にとっても共通の課題だ。VR体験のためのヘッド・マウント・ディスプレイやハイスペックPC等、機材への投資だけでも負担が大きいというイメージがある。しかし、クラスターのスタンスは異なる視点を提示するものだ。

「メタバースは、リアルとバーチャルの境界が取り払われた世界。それが語られる際、VRによる没入感の高い体験を連想する人が多いと思います。確かにVR空間が将来的に人々の活動の中心になる可能性があり、デバイスの発達・普及によってより良い体験価値が生まれることが期待されます。しかし、現段階ではVRに依存し過ぎるべきではないと考えています。まずは、仮想空間におけるイベントやコミュニケーションの便利さ、楽しさを多くの人に共有してもらうこと。そのため、クラスターは、目下の戦略としてスマートフォンでの利用を軸としてサービスを形成しています。事実、ユーザーの7〜8割はスマートフォンからのアクセスです」

 確かに「メタバース=VR」という認識は、メタバースの本質をつかみづらくしている。あくまで実生活と地続きの領域であり、近所を散策する際に特別なデバイスが必要ないのと同じように、ライフスタイルの一環として手軽に参加できることが肝要だ。

「私たちは『メタバースでの過ごし方』という言葉を意識的に使うようにしています。メタバース上で友人とオンラインゲームしたり、談笑したりするのは、街中のゲームセンターへ行ったり、カフェで世間話をしたりするのと変わりません。暮らしのなかで、それぞれの人に心地よい過ごし方があるように、仮想空間におけるそうした可能性をさまざまな切り口から提案することが大切であると考えています。メタバースの未来予想として、人々が日常の9割を仮想空間で過ごし、残りの1割を現実で過ごす、といった世界観が語られることがありますが、突如としてこのような形になるとは思いません。しかし、例えばいまの小学生は、帰宅したら『Nintendo Switch』を立ち上げ、『フォートナイト』にログインし、ボイスチャットで友達と繋がりながら遊んでいる。総体で見た際の仮想空間での活動時間は徐々に増え続けていて、彼らが大人になった頃には人々の暮らしの中心が仮想空間に移行している、ということは充分にあり得ることだと考えます」

 そうした未来を見据え、クラスターが目標として掲げるのが「バーチャル経済圏のインフラ構築」だ。暮らしがあるならば、経済活動が生じる。メタバースにおいては、自身の分身となるアバターを売買・レンタルできる仕組みや、自身が創造したワールドを装飾するアイテムの購入など、さまざまな需要が生まれることが予想されるが、それらを包括的に支援するプラットフォームはまだ現れていない。

「クラスターが目指すのは、そのポジションです。アバターやアイテム、そうした3DCGコンテンツのクリエイターは世界中に存在しますが、彼らがメタバースで稼ぐことのできる『クリエイターエコノミー』を創出したいのです。iOSやYouTubeが個人のコンテンツ制作に革命をもたらしたように、同じことがメタバースにおける3DCGコンテンツでも起きるはず。これが実現したとき、UGCが本格的に駆動し、メタバースは私たち運営側すら想像しなかった発展を遂げると期待しています」

渋谷、大阪……。行政がメタバースに求めるもの

バーチャル大阪 © Cluster, Inc. All Rights Reserved.
バーチャル大阪 © Cluster, Inc. All Rights Reserved.

 現在、クラスターの主幹事業は、仮想空間でイベントやセミナーなどを開催したい企業や行政から、仮想空間作成などを受注するエンタープライズ事業だ。2019年以降、成田氏がクラスターに参画したことによって活性化した。「バーチャル渋谷」や「バーチャル大阪」などがその成果だ。企業との取引も増えており、2021年だけで1000件近くの問い合わせを受けている。

 企業においては、メタバースの活用が「挑戦する姿勢」を示す取り組みとして株主などから評価され、企業価値の向上につながるとの認識が広まりつつあるという。では、行政がメタバースに求めるものは何か。

「行政と一言にいっても、大阪や渋谷といった規模の大きな自治体と、地方自治体ではかなり異なると感じています。大阪の場合、2025年の万博を見据え、『新しい万博の形』というものを日本のみならず世界に対して提示するためにさまざまな仕込みを進めています。ただ、現段階では情報開示ができないため、『ご期待ください』と述べることしかできません。

 渋谷の場合、『バーチャル渋谷』を活用し、デジタルツインの新たなトライを進めていく構想があります。例えば『バーチャル渋谷』で何らかのサービスを展開し、若者を中心としたクラスターユーザーから好評を得たものがあれば、それを現実の渋谷にも実装するというもの。また、現実の渋谷で得られる何かを自宅に持ち帰り、それを『バーチャル渋谷』で役立ていただくというアイデアも。このようにして現実とバーチャルの往来を創出し、本当の意味でのデジタルツインを実現するという狙いです。

 地方自治体の場合、観光客の減少や人口流出という課題があるため、メタバースを活用して(自治体・エリアに対する)認知や興味を向上させていくことにトライするというケースが多いと感じています。例えば、近年リモートワークが主流となっていることを受け、仮想空間でのイベントを通じて地域の新たなビジネスや取り組みを周知し、それらに賛同してくれる遠方の人々にリモートで参加していただくという形が考えられます。

 また、国としてもWeb3.0を国家戦略として推進する動きがあり、そのなかにはメタバースも含まれているため、『クラスターがどのように関わることができるのか』というお話を頂いています。具体的な構想は今後議論を重ねていくことになりますが、それが実現される際にはさまざまな自治体や公共団体が足並みを揃えて何かを成すということも将来的に起こり得るという感触があります」

 ここまでのクラスターの足跡をたどると、メタバースは着々と社会に浸透しつつあることがわかる。とはいえ、メタバースに対して懐疑的であったり、価値を見出しづらいと感じたりする人々はやはり少なくない。とくに、現行のメタバースプラットフォームと類似点が多い『セカンドライフ(2003年)』の隆盛と急速な衰退を目の当たりにした30〜40代以上の世代にこの傾向は顕著だ。こうした人々がメタバースに関心をもつためには何が必要なのだろう。

「それは重要な課題として私たちも日々考えていることです。私がビジネスパーソンに向けて講演をさせていただく際、必ず申し上げることがあります。『cluster』などのピュアなメタバースサービスじゃなくとも、『フォートナイト』や『Apex Legends』『あつまれ どうぶつの森』などのメタバース的なゲームタイトルでもかまわないので、必ず同僚や友人の方と一緒にボイスチャットを繋げながらオンラインのアクティビティを楽しんでもらいたいのです。

 私自身、以前はオンラインゲームにあまり縁がなかったのですが、クラスター社に参画してから『Apex Legends』を同僚とプレイするようになりました。『後ろから敵が来ています!』といった会話をしたと思ったら、ふと進行中のプロジェクトの打ち合わせが始まったりします。こうした時間や場所、仕事やプライベートの境界がない感覚こそメタバースに通じるもので、魅力の一端を感じられるはずです。

 すなわち、やはり何をおいても実際に体験をしていただくこと。『メタバースって意外と普通だね』という感覚を抱いてもらうことがとても大切で、この感覚がなければ次のステップに進んでもらうことができない。そうしたきっかけを提供することがクラスターのミッションのひとつであり、どうすればそれができるのかを日々考えています」

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成田暁彦氏
成田暁彦氏

■成田 暁彦(なりた・あきひこ)氏 プロフィール

新卒で株式会社サイバーエージェントへ入社し12年半在籍。ネット広告営業を経験後、新規事業(子会社)立ち上げ2社を経験。その後、株式会社CyberZ(子会社)で広告部門の営業統括及び、企画マーケ部門、海外支社(SF/KR/TW)の責任者を兼務。2019年10月より当社に参画し、ビジネス、アライアンス全般を管掌。2020年9月より取締役COO就任。

Written by
ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院卒業。朝日新聞出版勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題を中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。