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世界中の量子コンピューターがつながる未来へ “量子インターネット”を阻む最大の課題とは

「量子中継器」を開発するスタートアップLQUOM株式会社・テクニカルアドバイザーの堀切智之博士(理学)と、同社開発の量子通信システム(右下のみ、画像提供:LQUOM)

「量子中継器」を開発するスタートアップLQUOM株式会社・テクニカルアドバイザーの堀切智之博士(理学)と、同社開発の量子通信システム(右下のみ、画像提供:LQUOM)

 現在、世界中で量子コンピューターの研究開発がさかんに進められている。また、量子デバイスを相互につなげ、量子情報をやりとりできるようにする “量子インターネット”の実現を目指す研究も行われている。

量子インターネットについて解説する堀切氏

 日本においても、関連分野の研究者、開発者が集まり、産学官連携研究コンソーシアム「量子インターネットタスクフォース(QITF)」が2019年に結成された。

 量子インターネットでは、現行のインターネットで実現しえないさまざまなアプリケーションが実行可能になると期待されている。例えば、世界各地にある量子コンピューターをつなげて仮想的に1台とし、大規模計算を行う「分散量子計算」も可能となると言われている。これが実現すれば、量子コンピューターの計算能力はさらに向上する。

 このように、さまざまな恩恵が想定される量子インターネットだが、量子コンピューター自体がまだ世の中に浸透していないこともあり、その姿をイメージしづらい。そこで今回は、量子インターネットの実現を目指すスタートアップ LQUOM(ルクオム)株式会社のテクニカルアドバイザー(横浜国立大学 大学院工学研究院 准教授)の堀切智之博士(理学)に、量子インターネットの仕組みや、同社が開発する「量子中継器」について伺った。

「量子状態」を伝送するネットワーク

 そもそも“量子インターネット”とはどのようなものか。堀切氏は「世界中を結ぶネットワークとして想定するもので、(簡単に言うと)今あるインターネットの量子版」だと説明する。

 ただし、現行インターネットとは、やりとりするデータが根本的に異なる。現行インターネットが「デジタルデータ」を伝送するのに対し、量子インターネットでは、光子(光の粒子)などを用いて「量子状態そのもの(量子データ)」を伝送する。量子コンピューターは、「0」でも「1」でもある重ね合わせ状態(量子状態)にできる量子ビットを計算に用いるが、量子インターネットでは、この量子ビットの「量子状態そのもの」を、量子コンピューター間でやりとりするのだ。

ケーブルが張り巡らされた研究室の様子

 このため量子インターネットでは、現在の光ファイバーの仕組みをそのまま転用することはできない。現行インターネットでは、光ファイバーの中を、光信号に乗せてデジタルデータを伝送しており、途中に増幅器(アンプ)をかますことで光信号の減衰を補っている。しかし量子には、(未知の)量子状態を複製できない「量子複製不可能定理」(クローン禁止定理)があり、増幅器によって光子を増幅する(数を増やす)ことができないからだ。

「このため今のインターネットで用いられている光ファイバーの増幅器は、量子インターネットの世界では使えません」

 ではどのように量子状態を送るのか。これを可能にするのが、「量子もつれ」という量子特有の現象だという。量子もつれとは、量子同士に強い結びつきができる現象で、いったん結びつきが生まれると、どれだけ遠く離れていても完全な相関が得られるという不思議な現象だ。

 この量子もつれを利用することで、(量子自体は送らないにも関わらず)ある量子状態を、A地点からB地点に伝送できる「量子テレポーテーション」が可能になる。

「例えば、量子もつれとなった2つの光子を、つなげたい量子コンピューターにひとつずつ送っておけば、量子テレポーテーションを行うことで、量子状態を送り合えるようになります。これこそが、量子インターネットの根幹をなす考え方です」

 量子もつれを利用し、量子コンピューター間で量子状態を自由にやりとりできるようになると、各地の量子コンピューターをつなげて大規模な計算を行う「分散量子計算」や、量子もつれを利用して暗号鍵を伝送することで、理論上絶対に解読されない「量子暗号通信」を実現できるという。

「量子インターネットがもたらす恩恵はこれに尽きるものではありません。30年前に、今のインターネットの用途の広がりを、誰も想像できなかったのと同じように、量子インターネットが可能になってくれば、想像もしえなかった膨大な用途の広がりが見られるようになると考えられます」

実現を阻む最大の課題

 大きな可能性を秘める量子インターネットだが、実現までにはさまざまな障壁が立ちはだかっている。特に大きな課題が「量子中継器」の開発だという。

 強い光の信号を伝送する現行インターネットとは違い、量子インターネットでは、非常に小さな光子を送るため、長距離の伝送は難しい。そこでまず、光子を長距離伝送するための仕組みが必要となる。さらに、将来量子インターネットを世界中に網の目のように張り巡らせるためには、ネットワークを自由に分岐できるようにしなければならない。そこで必要になるのが、ネットワークの結節点となる「量子中継器」であり、これを用いた量子通信システムを開発するために設立されたのが、LQUOMだという。

 量子中継器を用いて、遠距離にある2拠点をつなぐ方法を簡単に説明しよう。ここでの目的は、量子中継デバイスがあるA市とC市を、量子中継器が設置されたB市を介してつなぐことだ。

量子中継のイメージ図(提供:横浜国立大学堀切研究室)

 最初のステップは、A市およびB市にある量子もつれ光源から、量子もつれ状態にある光子2つをそれぞれ放出し、そのひとつを光ファイバーでA市とB市の中間ステーションに送る。これにより、まずA市とB市が量子もつれで“つながった”状態になる。さらに、B市およびC市にある量子もつれ光源からも、光子2つをそれぞれ放出し、ひとつをB市とC市の中間ステーションに送ることで、B市とC市を“つなげる”。最後に、B市の量子中継器内にある量子状態に対して、量子もつれ交換という操作を行うことで、A市とC市を、B市を介して “つなげる”ことができる。

LQUOMが開発した短距離量子通信用の「量子もつれ光源」発生システム(画像提供:LQUOM)

 しかし、こうした量子中継システムの開発は非常に難しく、「提唱以来、四半世紀経った今でも、人類はいまだ実現できていない」と堀切氏は苦笑いする。

 量子中継システムに必要な要素としては、まず「量子もつれ光源」がある。加えて、量子中継器に送られてきた光子の片割れ同士をタイミングよく量子もつれ交換するためには、いったん量子中継器内で待たせておかなければならないが、そのための「量子メモリ」も必要だ。さらに、光ファイバーの中を通ってきた光子は、そのままだと量子メモリに格納できないため、高性能な「波長変換装置」も必要になる。

「これらの要素はとてつもなく開発が難しいものばかりです。また、世界中を見渡しても、一部を開発しているところはあるものの、その全てを一括で開発している研究機関や企業はありません。そうした中で、これら全てを開発できる人材がそろっていることこそが、私たちLQUOMの最大の強みです」

 LQUOMは、東京大学や米国スタンフォード大学で、量子通信の研究をしていた堀切氏が、横浜国立大学准教授に就任した際、光の周波数安定化分野に造詣が深い研究者・洪鋒雷氏(横浜国立大学 大学院工学研究院教授)などと出会い、「量子中継システム開発に必要な技術と人材が全てそろう」と、2020年に設立したスタートアップだ。

LQUOMが開発している長距離型の量子通信システム

 同社では、すでに短距離型(10〜50キロメートル)の量子通信システムを製品化しており、現在、量子中継器を用いた長距離型(100キロメートル以上)量子通信システムの開発を進めている。また、石川県加賀市と連携協定を結び、短距離型量子通信システムの実証実験を行う他、QITFが参加する国家プロジェクトにも、参画する予定があるとのこと。

「数年以内に長距離(数100キロメートル級)の量子通信システムを実現」し、「世界のライバルに遅れないよう技術開発を加速させたい」と堀切氏は展望を語る。

 ともすれば「周回遅れ」とも言われる日本の量子コンピューター開発だが、量子インターネットの分野においては、世界をリードするような研究開発が進められることを期待したい。

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