2016年に上海で創業したVonechain社は、自社のプラットフォーム「VoneTracer」「VoneDAO」「VoneBaaS」といったサービスを軸に、ブロックチェーンやスマートコントラクトなどのサービスを開発するシステムインテグレーターだ。
中国では、中央政府が金融システムをコントロールしているため、そこから逸脱しがちな、暗号通貨に関して、厳しい規制を敷いている。一方で、ブロックチェーン技術そのものや、投機的な要素を持たないNFTなど、Web3技術と呼ばれるものに対しては活発な技術開発やPoC(Proof of Concept, 概念実証)として実証実験、そして実際のサービスへの導入も行われている。Vonechain社も資産管理や製品のトレーサビリティなどの目的で、自社のBaaS(Blockchain as a Service)を顧客に提供し、ブロックチェーン技術の導入をサポートしている。2017年には農業生産品のトレーサビリティや、固定資産の管理をブロックチェーンで行うサービス・プラットフォームをリリースしている。
Web3技術で農村振興
ソリューションプロバイダーとして、サービスをリリースしていたVonechain社に転機が訪れたのが、2022年6月に湖南省美羅市の文化・観光プロジェクトを受注し、「ブロックチェーン・Web3による農村振興」を手掛けたことだ。
このプロジェクトは、中国の典型的な農村において、農業以外の観光収入を発生させようという取り組みだ。もともとは、村の農家などを民泊とし、ブロックチェーンで利用管理を行うといったことから始まった。そこからさらに市内の景勝地を観光地として開発することや、テーマツアーの企画、村の特産品開発を含めた総額30億人民元を超えるプロジェクトとなった。これらを実現するために、DAO構築のためのプラットフォーム「VoneDAO」で、さまざまなWeb3技術を提供している。(Vonechain社の記事)
“web3的な取り組み”の例としては、例えば民宿のプロモーションを手伝うとインセンティブとしてNFTが発行される。さらに今後DAO化などを進め、プロモーションやプランニングなどの無形のコミット(積極的な関わり)に対してトークンを発行する計画もある。農村が持つさまざまな知的財産や活動、資産がトークン化されれば、それらは相互に交換可能となる予定だ。
将来、こうしたプロモーションが成功すると、トークンの価値が上がるかもしれない。また、都市圏で展開する代理店など新しいプレイヤーが入ってくるなど、時間とともに諸条件が変化する可能性があるが、それらに対応するために、スマートコントラクトで柔軟に枠組みを変更することもできる。
DAOによって価値を交換可能にする
2022年11月8日、深圳市福田区のコンベンションセンター開催された、「International Open Source Festival」の一環として、「Hyperledgerブロックチェーン技術サミット」が行われ、Vonechain社の蔡茂華副社長が美羅市での取り組みについて説明した。
この取り組みは、昔ながらの農村振興の共同投資モデルと似ているが、「製品やサービスの開発」、「土地の売買」、「補助金の導入」など、さまざまなビジネスや資金をひとつのプロジェクトに組み込んで実施している点が昔とは異なる。こうした場合、全体をひとつに繋いで、価値を相互に交換できるDAO型組織を構築することの意義について、蔡副社長はこう説明した。
「『先行投資をして盛り上げ、成果を分配する』という農村振興の仕組みは、従来からある“株券”などを使った形でも実施できる。ただ、農村の周りで動くお金は、金額が小さく、今回のような新しい仕組みでさまざまな権利・商品が発生し、その価値も乱高下するなかでは、“株券”という形ではフレキシブルに変化に合わせて運用・流通させるのが難しい。投資の仕組みに柔軟性がないと、『非効率なのがわかっていても、その仕組の中で投資をしなければならない』ことになり、農村振興でよくある過剰投資を招くので、これまでの形を包括しながら、かつ柔軟に変化できる、新しい投資の仕組みが必要だ。」
蔡副社長の語る大きな枠組みの課題は、「どうやって複数のプレイヤーをそこに参加させるか」、「全体の信頼性を誰が担保するのか」、そして「そのことが全員に信用されるか」だ。
さらに、株券や共同投資といった以前からあるシステムでは、その後の運営で柔軟性が失われ、セクショナリズムに繋がりかねない問題も指摘した。
一般的に非中央集権的なガバナンスが特徴のDAOと、権威主義国家との相性は悪いと考えられているが、上記課題に関しては、中国の政府プロジェクトとして進めていることの意味は大きいという。つまり、政府が関与していることで信頼性が担保されるので、参加するプレーヤーも増えるというわけだ。中国におけるDAOは非中央集権というよりも、非セクショナリズムと言うべきかもしれない。
また、DAOは近年の中国政府スローガンの「共同富裕」(貧富の格差を是正する)を実現する方法としても有効だ。さらに「共同富裕」との両立が難しい「イノベーション」についても、今回の仕組みなら上手く両立する。美羅市政府とVonechain社のVoneDAOを利用した取り組みは、中央政府がまさに求めるところなのだと、プレゼンでは語られた。
「中国」と「DAO」の相性
農村振興では、新たな産業で生まれるバリューを既得権者にどう配分していくかの調整を上手く行う必要がある。農村振興に成功して、美羅市が人気観光地となり、地元の名産品が引っ張りだこになれば、村全体が潤うことになるが、そうした利益が、マーケティングに携わった一部の人々に集中してしまうと、住民の中で分断が生まれてしまう。そうなることが予測されると、ことが始まる前からチャレンジそのものが難しくなってしまう。また、村の価値を向上させるため、伝統に根づいた幅広い文化活動を表に出していくことも必要だが、その中にはビジネスとの相性が悪いものもある。
つまり、「未来に向けて村全体の価値を上げていきたい」というところでは一致できるが、そのためにどれだけリスクを負い、その利益をどう分配するかは、調整が難しい問題だ。また、一度作った仕組みが固定されることで、セクショナリズムを生んでしまうことも課題だ。
今回のDAOは、最終的には美羅市の活性化全体の価値を再定義し、分配することを狙っている。美羅市政府が信頼性を担保するものの、プロジェクト総体で見た時に、どこかの組織が中心となって一方的にルールを決めることなく、かつルールや配分そのものが柔軟に変わりながら、全体が意思決定に関わっていく。プロジェクトは地方政府と共産党が進めているのだが、価値は全体として担保される。つまり、プロジェクトの発意には政府機関が関わり中央集権的だが、運営のレベルでは分散型、利益の配分は公平にという形となっており、中国だから実現するDAOのモデルケースのひとつになりそうだ。
ただ権威主義の国である中国において、DAOの意思決定のプロセスで「自由な議論」ができるのかなどの問題はあるが、「信頼性の担保」や「透明性の確保」は欧米でも十分とは言えず、DAOを理想の形で活用しようとした際の課題となっている。
権威主義的な政府機関が関与するDAOというのは、これまた理想のDAOの姿から逸脱しているものの「未来に発生する価値をうまく分配し、全員が儲かる方法」として、DAOを利用するのは、実験的な取り組みとして注目してもよいのではないだろうか。