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「どこでも誰でも水産養殖」を目指すスタートアップ 小型・分散型の陸上養殖システムを製品化

株式会社ARK「小型・閉鎖循環式陸上養殖システムARK-V1」(写真上)製品発表会の様子(写真下)

株式会社ARK「小型・閉鎖循環式陸上養殖システムARK-V1」(写真上)製品発表会の様子(写真下)

 健康志向の高まりや食品流通の国際化により、世界中で魚介類の消費量が増え、世界の漁獲・養殖業の生産量も大幅に増えている。

 しかし日本においては、気候変動による漁場環境の変化や乱獲の影響などで、漁獲生産量は減少傾向が続いている。沿岸で生け簀などを使って魚介や海藻を育てる「海面養殖」も行われているが、養殖に適した沿岸域は限定的なうえ、天候や災害の影響を受けやすく、エサや排泄物による水質悪化も課題となっている。

 こうした中で、沿岸環境や天候などに左右されず、海洋への影響も少ない養殖方法として注目を集めているのが「陸上養殖」だ。現在さまざまな魚種が試されているが、行われている陸上養殖の多くは、大資本による大規模プラントで、初期費用や電力消費が大きく、小規模事業者では手が出しにくい。

「ARK-V1」(ホワイト)。この他グレーとブラックがある
「ARK-V1」(ホワイト)。この他グレーとブラックがある

 そこで、「養殖の民主化」をミッションに掲げ、「どこでも誰でも水産養殖ができる仕組み」を提供すべく、小型・分散型の閉鎖循環式陸上養殖システムの開発に尽力するスタートアップがある。それが、ロボティクスや生体医工学の専門家である竹之下航洋氏(代表取締役CEO)と、大手広告代理店出身の栗原洋介氏(CSO:Chief Sustainability Officer)、水槽などのハードウェア製造を専門とする吉田勇氏(CAO:Chief Aqua Officer)の3人が創業した株式会社ARK(本社・東京都渋谷区)だ。

 ARKは、2020年12月の創業以来、小型・分散型の閉鎖循環式陸上養殖システムの試作機の開発を続け、本年(2023年)製品化にこぎつけた。2月3日に、熊澤酒造(神奈川県茅ヶ崎市)にて開催された製品発表イベント「ARK WAKE 2023」を取材した。

陸上養殖の「4つの課題」

  ARKはどのような課題意識を持ち、「どこでも誰でも水産養殖できる」小型・分散型の閉鎖循環式陸上養殖システムを開発したのか。

「ARK WAKE 2023」に登壇した栗原氏は、現状の陸上養殖は「4つの課題」を抱えていると分析する。

 ひとつは「初期投資が高い」ことだ。現状ではイニシャルコストとして、数千万円〜10億円程度もの投資が必要だという。2つ目は、常にワンオフ(オーダーメイド)でシステムを作るため、「再現性が低い」こと。3つ目が、「水産に関する特別な知識や経験がないと、事業参入が難しい」ことで、4つ目が、「潤沢な天然海水が手に入らないと、生産と採算が担保できない」ことだという。

 このため現状の陸上養殖では、参入障壁が高く、産業化と市場形成のスピードが遅い。これを解決するために、「量産化したもの」を、「安価に提供」し、「どこでも」「誰でも」使える陸上養殖システムを作ろうと考えた。そして栗原氏らが着目したのが、水生生物を水槽などで人工飼育する「アクアリウム」の世界で用いられている技術だ。

「ARK-V1」内部。手前が水槽。奥が濾過槽(下部)と制御盤(上部)。中央は自動給餌器
「ARK-V1」内部。手前が水槽。奥が濾過槽(下部)と制御盤(上部)。中央は自動給餌器

 ARKでは、(アクアリウムなどの)マーケットにある資材や機器を組み合わせることでコストカットし、水槽など市場にないものだけを自社で製造する方針を打ち立てた。さらに、人工海水での養殖を前提とすることで場所の制限をなくし、生育ノウハウもデジタル化してアプリケーションに落としこみシェアすることで、「養殖の民主化」を目指すという。

「どこでも誰でも」養殖できる

 こうしたアプローチが形になり、今回製品化されたのが「小型・閉鎖循環式陸上養殖システムARK-V1」だ。発表者の吉田氏によると、「ARK-V1」には「どこでも誰でも水産養殖ができる」ための工夫が随所に施されているとのこと。

 まずサイズは、9.99平方メートルで、駐車場一台分ほどのスペースとなっており、設置場所を選ばない。重量は1.8トンで、一般的な4トンクレーンが付いたトラックで積み見下ろしできる範囲内に収めている。これらの工夫により、「どこでも」設置できるようにしているという。

 さらに本体価格は、フルオプション時で900万円〜1000万円程度と、従来の陸上養殖システムに比べ、初期費用を抑えられる。また、一般的な陸上養殖では、出力が高いポンプを使うため、電気代だけで相当な出費になるが、「ARK-V1」では、アクアリウム用の小型ポンプを使用し、さらに太陽光発電(※)も併用することで、ランニングコストを大幅に抑えられるという。

※将来的には自然エネルギーでオフグリッド(送電網につながれていない状態)化し、さらなる省エネを目指すとのこと

 こうしたコストダウンに加えて、給餌や清掃、水質センサーモニタリングなどの操作もスマートフォンアプリ「STARBOARD」を使ってリモートで行えるようにすることで、「誰でも」水産養殖ができる状況を実現していくとのことだ。

ゲーム開発のような役割分担も

ARKの事業領域を表した「ARK ATLAS 2023」
ARKの事業領域を表した「ARK ATLAS 2023」

 次に栗原氏は、ARKの事業領域を表した「ARK ATLAS 2023」を用いて、ビジネス戦略や市場形成への道筋を示した。

 まずARKが担うのは、「ARK-V1」や「STARBOARD」の開発・製造だ。栗原氏はこれを家庭用ゲームでいうところの「ハードウェア(ゲーム機本体)」に例える。となると、ゲームでいう「ソフトウェア」の開発・製造も必要となるが、この部分は他社や研究機関(サードパーティ)に携わってもらいたいとのことだ。

「(ソフトウェアの開発・製造は)具体的に何を含むかというと、種苗、エサ、水質添加剤(レシピ)、生育パラメーター(ノウハウ)といったところ。<中略>このハードとソフトのコンピネーション、つまり、ARKとサードパーティの方々とのコラボレーションで、はじめて我々が考える小型・分散型の陸上養殖が実現できると考えています」(栗原氏)

 サードパーティが開発・製造したソフトウェアは、将来的にオンラインマーケットプレイスで販売できるようにし、さらにそのノウハウ(栗原氏は“ゲームの攻略本”に例えた)をシェアするメディア・コミュニティも作る構想を描いているという。

 さらに栗原氏は、「大きく3つの市場も作っていかなければならない」と続ける。

 3つの市場とは、ARKのシステムを使って陸上養殖を行う事業者による「小規模陸上養殖市場」と、飲食店やシェフ、流通・水産事業者がユーザーとなる「サステナブルシーフード市場」。そして、コンシャス消費と呼ばれる「自分たちが納得したもの、理解したものを消費したい」と考える人たち向けの「コンシャス・サステナブル飲食食品市場」だ。

「この3つのピラミッド(市場)を一体となって形成しながら、大きくしていく。そのきっかけ作りを我々がしていくべきだろうと考えています」(栗原氏)

 現在ARKでは、先述した「サードパーティ」にあたるプレイヤーとして、琉球大学などと共同研究を複数行い、「ソフトウェア」の開発も進めているとのことだ。

 世界中でニーズが高まる中で、今後さらに水産物の生産量が減り続ければ、近い将来、“日本では魚が食べられない”状況も起こり得るだろう。そうした事態を避けるためにも、ARKが目指す「養殖の民主化」の実現に期待したい。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。