中小建設事業者の経営環境の厳しさはよく知られている。なかでも悩みの種が煩雑な事務処理だ。特に元請け事業者(発注者から直接仕事を請け負う業者)は、工事費用の「見積業務」に多くの時間を取られ苦労している。
元請け事業者として工事を請け負った建設会社は、塗装や防水、足場、板金といった専門業者や、材料を提供する商社やメーカー、建設機械レンタルの企業などその工事に必要な業務を担当する数十社に見積りを依頼する。各社から届く見積書は、PDFやExcelなどバラバラのフォーマットで送られてくる。それらを順次読み取り、数字を拾い、見積書に記載された何千項目ものデータを精査しなくてはならない。さらに、その見積金額について説明を求めたり、金額に納得できない時は交渉も必要だ。その上でまた見積書を出し直してもらう。
こうして各社から集め、整理した見積りを積算し、自社の判断を加味して最終的な見積書を期限までに作成しなくてはならない。見積業務に特化した部署を抱えている大手ゼネコンでもその業務負担は大きく、ましてや中小の元請け事業者にはたいへんな重荷だ。
昼間の現場の作業が終わってから、残業で見積業務を行い、何とか提出期限に間に合わせている業者も多いだろう。特に公共工事は、提出期限までの余裕がない案件が多い。時間のない中で、精査が間に合わず「えいや」で見積書を提出することもあると聞く。
そこに、「2024年問題」も近づいている。労働基準法が改正され、2019年から時間外労働時間には上限規制が設けられた。建設業界、物流業界などの中小事業者については猶予されていたが、2024年4月からいよいよ上限規制が施行される。人手不足の中、通常の業務時間内で見積業務などの煩雑な事務処理をきちんと完成させることが求められる。
見積書の作成など、設計と施工の間に発生する業務は「プレコンストラクション」と呼ばれているが、その領域の課題の解決に向け、建設業の見積業務を最適化するクラウドサービス「GACCI(ガッチ)」を立ち上げたのが株式会社GACCI(本社・鳥取県鳥取市)だ。代表取締役 若本憲治氏に話を聞いた。
建設業の事務作業のペインに対応した機能
最初に若本氏は、「GACCI」をどう使って、見積業務の煩雑さを解決するのかを説明してくれた。
まず、元請け事業者とその元請け事業者から各種工事の発注を受ける外注業者がGACCIに登録する。そして、元請け事業者が施主から工事見積に必要な建設図面を入手し、それをGACCIに読み込ませる。建設図面は、高精度なOCR機能により読み込まれ、見積りに必要な項目が自動的に洗い出され、リスト化される。元請け事業者は、そのリストから、「項目1から項目5までは塗装業者のA社に頼もう」「項目6から項目10まではサッシ業者のB社に依頼しよう」と切り出し、それぞれを外注業者に送る。送られた塗装業者のA社、サッシ業者のB社などの外注業者はGACCIに作業の見積金額を入力していく。こうすることで見積もりのフォーマットは統一される。元請け事業者はGACCIのリストを開けば、それぞれの見積金額が入力されているという仕組みだ。元請け事業者はそれらの金額を精査し、外注業者と詰めていく。また、相見積り(あいみつ)を取ることにも対応しており、複数の見積りを比較検討することもできる。
GACCIは、建設業界独特の慣行にも対応している。例えば5項目での見積りを外注業者にお願いした場合にも、それぞれの項目が“ふくらん”で8項目ぐらいになることは珍しくない。“ふくらむ”とはどういうことかというと、例えば「工事用の砂利」の見積りを依頼した場合、砂利だけでなく、運搬するドライバーや運搬車両の費用など見積項目が増えていく。そんな項目の拡張にも対応しており、外注業者が足りない項目を増やしても問題ないということだ。
実際にGACCIのサービスを使ってみて、業務負担はどのくらい減るのだろうか。
「あくまでも体感的なものですが、見積業務に要する時間は半分以下になったという言葉をユーザーからいただいています」(若本氏)
このサービスは、元請け事業者だけではなく、外注業者の負担も減らせるのではないかと聞くと、若本氏は我が意を得たりとばかりに、「そうなんです」と答えた。若本氏によると、GACCIを導入する際には説明会を開くのだが、そこには元請け事業者だけでなく外注先の業者も参加する。外注先の業者も、同様の事務処理問題を抱えているので、「これは便利だ」と、自社でもGACCI導入を検討するようになるらしい。
40代で立ち上げたスタートアップ
GACCI社(設立時の社名は情報ネット株式会社)は、令和3年に鳥取県で設立された。スタートアップの経営者としてはベテランで、現在40代の若本氏は、これまでに複数の会社を経営するなど、さまざまな経験を積んできた。その上で「さらに社会的にペインの大きな課題解決に取り組みたい、これまで以上に全力を挙げて打ち込めるプロダクトを作りたかった」
そんな時、建設業の知り合いから、見積業務に関する悩みを聞いた。そこからプログラミング学校に通い始め、GACCIのプロトタイプを作り上げた。ちなみにそのプログラミング学校の先輩には、当媒体でも以前取り上げた、建設現場のDXを支援する株式会社フォトラクション代表取締役の中島貴春氏がいたそうだ。
若本氏は、そのプロトタイプを引っさげて、アクセラレーターのスタートアッププログラム(Open Network Lab 第25期)に参加し、プロダクト事業をブラッシュアップしてきた。「40歳過ぎて最初は違和感ありましたが、若い人たちと交流できて新鮮でした。いろいろ刺激を受けました」と若本氏はその経験を振り返る。
自治体や大手デベロッパーにも
若本氏が起業したのは鳥取県だ。地方の建設会社は、自治体から発注を受ける公共工事が多い。仮に発注主の自治体でGACCI導入が進めば、役所と民間のDXは同時に進み、入札から発注の流れも効率化されるため、今後は自治体への導入提案も強化したいと考えている。
また、GACCIについて中小の建設業だけではなく、大手のデベロッパーや不動産開発企業などからの問い合わせもあると言う。建設の仕事では、規模の大小に関わらず見積書の作成が発生する。大きなプロジェクトになればなるほど、その事務作業も膨大なものとなる。見積業務の煩雑さは共通なのだ。
さらに今後は、建設DX関連のスタートアップとの提携を増やし、さらに事業を広げていくつもりだと若本氏は話す。
日本の基幹産業でありながら、旧態依然とした部分が多く残る建設業界には、多くのチャンスがある。若本氏率いるGACCIの今後を期待したい。
※株式会社GACCIは株式会社デジタルガレージグループの出資先の一社となります。