2023年4月20日、渋谷パルコDGビル18階の「Dragon Gate」にて、株式会社デジタルガレージが主催するシードアクセラレータープログラム「Open Network Lab」の26期生によるデモデイが開催された。当日のピッチコンテストには、26期生・5チームの代表者が登壇し、自らのサービスやビジネスを披露した。
運転代行の配車プラットフォーム
最初に登壇したのは、運転代行の手配ができる配車プラットフォーム「AIRCLE(エアクル)」を展開する株式会社Alpaca.Labの棚原生磨氏だ。
棚原氏によると、飲酒時などに活用される運転代行サービスの事業者は、現在国内に8千社ほどあるという。しかし、その多くは電話で依頼するもので、手続きが面倒なうえ、待ち時間は平均60分ほどかかる。事業者側もアナログで対応するところがほとんどで、作業効率が低いほか、ドライバー不足や過度な価格競争による運賃低下といった課題を抱えている。さら不適切な運行(闇代行、法的義務違反、保険未加入、不透明な会計)を強いられているドライバーも多く、健全な状態とは言えないという。
そこでAlpaca.Labは、運転代行サービスを安心・安全に利用でき、かつ事業者側も効率的な配車ができるプラットフォーム「AIRCLE」を開発した。これは、現在地と目的地を入力することで最適な配車が行われるスマートフォンアプリと、ドライバーが使うiPadアプリで構成されるもので、「これまで5分ほどかかっていた配車(作業の)時間を最短30秒以下に、(顧客の)待ち時間を平均9分にまで短縮することに成功した」という。さらに、バラバラだった料金体系を統一し、厳しい登録基準を設けることで、安心して運転代行サービスを利用できるようにしたという。
2021年のリリース以降、「AIRCLE」は毎年2倍の成長を記録し、現在7万ダウンロードを突破。流通総額(GMV)も前年比2.6倍と順調に成長している。
こうした成長の理由を、「地域の特性を理解し、代行業者に寄り添って成長してきたから」だと棚原氏は説明する。ある地域に参入する際には、その地域の既存の事業者や団体と話をし、適正なロードマップを策定したうえで行動変容を促していく。またユーザー獲得においては、飲食店などと協力してキャンペーンを実施し、利用率の高いユーザーの獲得につなげているという。
Alpaca.Labでは、成長戦略として地方における利用を優先的に加速し、来年度は8地域にまで展開。その後、都心部に進出し、最終的には「既存市場シェア6割の寡占状態を目指す」と棚原氏はアピールした。
従業員のメンタルヘルスケア支援
次に登壇したのは、企業従業員のメンタルケアを支援するウェルネスサービス「BOOOST(ブースト)」を提供するbooost health株式会社の代表、芳賀彩花氏だ。
近年、従業員のメンタルヘルスに注目が集まっている。芳賀氏によるとメンタルの不調は、企業の生産性、業績を低下させ、逆に好調だと改善すると研究で示されているという。しかし、企業における既存のメンタルヘルス施策は、カウンセリングやアプリの導入に留まっており、「法令対応など、企業側の理由で導入されたもので、従業員にとって、使いたいと思えるものではない」と芳賀氏は指摘する。
こうした中で、従業員一人ひとりがメンタルヘルスケアできる仕組みとして開発したのが「BOOOST」だ。
「BOOOST」では、臨床現場の心理療法をデジタル化したツールと、コーチによるアドバイスが受けられるサービスが提供される。ユーザーは、ツールを利用することにより自分のストレスの原因と解決策を探り、さらにコーチのカウンセリングを受けることで、他者による客観視と共感を得ることができる。
「BOOOST」のベータ版は、ユーザーからも高い評価を受け、2月に開始した企業向け営業では、すでに大手3社にて導入準備が進んでいるほか、「従業員自身が強くなることが根本対策になると感じた」との評価を受けているという。
booost healthが目指すのは、既存のメンタルヘルス市場に留まらない。「BOOOST」の利用が生産性向上につながるという観点から、研修・健康経営の市場に加え、営業支援ツールの開発にもつなげていくとのことだ。将来的には「心の健康から日本のGDPを上げること」を目指すとし、「BOOOST」を軸としたメンタルヘルス支援の重要性を強く訴えた。
観光地での小型EVシェアサービス
3人目の登壇者は、株式会社eMoBiの代表、石川達基氏だ。同社は、3人乗り小型EVのシェアリングサービスを観光地で展開している。
石川氏によると、日本の観光地は、観光スポットが10キロ圏内に分散するという共通の特徴があるという。この「10キロ」というのが実は厄介な距離で、運行時刻や路線が決まっている電車やバスなどの公共交通では限られた旅程の中で、多くの観光スポットを回ることが難しい。近年は、自転車やキックボードなどのレンタルもあるが、これとて長距離移動は難しく、天候にも左右されてしまう。そうなるとレンタカーとなるが、慣れない場所での狭い道での運転、駐車場の問題など「ベストな選択肢とは言えない」(石川氏)。
こうした中でeMoBiが提供しているのが、3人乗りの小型EVを使ったシェアリングサービス「エモビ」だ。このEVは普通免許で、ヘルメットなしで運転でき、50キロまで速度が出せるため車と共存できる。自転車のような直感的なバーハンドル型の運転構造になっており、免許を取りたての人でも簡単に操作できるという。
「エモビ」はすでに全国8か所、40台の導入実績がある。現状、若い世代の利用が半数以上を占め、「高い満足度を得られている」という。今後は、成長が期待できるインバウンド市場や、ファミリー層向けのマーケティングを強化していくとのことだ。
石川氏は、「観光の市場だけでなく、日常の(モビリティ)市場も取っていきたい」と将来の展望を語った。買い物や家族の送り迎えなど、自家用車を使った移動の8割は10キロ圏内で行われているとし、「全国に広げた我々の観光レンタルの拠点が、個人向けディーラーとして機能するという戦略も見据えている」という。
さらにこの小型EV車両の販売に加え、バッテリーをサブスクリプション化することで、利便性を高める。1999年生まれのZ世代の経営陣は「国内4兆円の巨大市場(10キロ圏内の軽自動車、バス、タクシー市場)を取りにいく」フューチャープランを掲げている。
交通領域の脱炭素化を促すプラットフォーム
続いてピッチを行ったのは、株式会社Spatial Pleasureの鈴木綜真氏だ。同社では、交通領域の脱炭素化を進める都市データプラットフォームを開発している。
鈴木氏によると、現在、世界のカーボン排出量のうち交通領域だけで、40%以上の割合を占める。都市の脱炭素化を進めるうえで、交通の最適化は重要度が高いという。また、脱炭素の取り組みで注目を集めているのは、カーボンクレジットの領域だが、その発行量はこの10年間で約10倍に増え、さらに2030年までには、15倍以上の発行量になると推測されている。
こうした中で鈴木氏らが開発しているのが、都市の脱炭素化に貢献する交通事業者にカーボンクレジットを発行するデータプラットフォームで、特にインパクトが大きいと思われるバス業界に向けて事業を展開しているという。
バスの車両自体のカーボン排出量は多いように感じるが、実はバスが運行することで、自家用車の利用が抑制され、結果として都市全体の脱炭素化が進むという。
Spatial Pleasureはすでに、約600車両を運行する神姫バス株式会社(兵庫県姫路市)と試算を進めており、神姫バスのカーボンクレジットが認められれば、年間20億円の売上につながるとのこと。しかし、実際には神姫バスはカーボンクレジットが認められるどころか、カーボン排出量のみが計算され、年間2億円支払わなければならない状況にあるという。
なぜこのようなことが起こるのか。鈴木氏は、「バスによるカーボン削減効果を定量的に示すのが難しく、コストがかかるから」だと指摘する。現在カーボンクレジットの発行には、審査機関が指定する手法を用いなければならないが、これを1日10万人が利用するバス路線で適用すると、5千万円を超える費用がかかり、しかも継続的に発行するためには、調査を2カ月に1度調査を実施する必要があるという。また、そもそもアナログな運営を続けているバス会社にとって、複雑なデータモニタリングを実施すること自体が難しい。
そこでSpatial Pleasureでは、乗降客データと交通データを掛け合わせ、バスによる環境便益を定量的に可視化、モニタリングするデータプラットフォームを開発している。
事業領域の選定からまだ2カ月ほどしか経っていないが、「すでに3000万円のトラクション(実績)を作っている」と鈴木氏は胸を張る。同社が目指すのは、「グローバル134兆円の交通カーボンクレジット市場」だ。昨今、カーボンクレジット認証領域では、大型調達が相次ぐが、その多くが森林領域に集中している。「都市部におけるカーボンクレジット認証はブルオーシャン」だとし、鈴木氏は投資家や事業者に広く支援を呼びかけた。
従来とは一線を画すノンアルコール飲料
最後に登壇したのは、従来のノンアルコール飲料とは一線を画す「ペアリングノンアルコール」を提供する株式会社YOILABOの代表、播磨直希氏だ。同社が開発した飲料は、料理との相性を追求し、お茶や果汁をベースに、ハーブをブレンドした複雑な味わいのものになっているという。
播磨氏によると、この20年間アルコールの市場規模は縮小しており、その減少規模は約1.5兆円にのぼる。しかし、これだけの市場が失われたにも関わらず、レストランでお酒の代わりに飲まれるものは、ノンアルコールのビールやワインぐらいのものだ。
播磨氏は、ノンアルコール飲料のバリエーションが増えない理由を「作ることが難しく、儲からない」からだと分析する。レストラン向けの商品は、冷蔵保管場所を確保できないため常温保存する必要がある。また、ソムリエが注ぎやすいボトルになっている必要があったりと、現場のニーズに沿った要件を多数満たさなければならない。しかし、そうした要件に対応できる工場は、あったとしても数万本規模オーダーが必要となる。これだと飲料には賞味期限があるため、全てを売り切る前に期限切れになるケースも多い。
しかしYOILABOは、こうした厳しい条件があっても、「中長期的に見るとレストラン市場は、タッチポイントが豊富で魅力的」だと見極め、100を超える工場の中から条件に合うところを探し出した。さらにオリジナルの製法でノンアルコール飲料(2つのブランド、合計8商品)を開発。直接販売と販売先からのフィードバックで味のアップデートを続けることで、現在では、平均受注率56%を達成している。ミシュラン掲載店をはじめ、「リッツカールトン」、「星のや」などの高級ホテルへの導入にも成功しており、「売上上位店で、すでに180万本以上の商品を購入・提供してもらっている」という。
今後YOILABOでは、レストランでの売上を伸ばしていき、需要が安定したタイミングで専用工場の建設も視野に入れているという。また、いずれは低アルコールや食品といった周辺領域への進出も考えているとのこと。
「日本の飲料大手はどこも年間2兆円オーバー。我々はノンアルコールを皮切りに、この王者たちに本気で挑みます」と投資家や事業者にアピールし、播磨氏はピッチを締め括った。
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審査の結果、Spatial Pleasureが、ベストチームアワードとオーディエンスアワードを。Alpaca.LabとeMoBiの2つのチームが、それぞれ審査員特別賞を受賞した。交通系スタートアップの活躍が目立つピッチコンテストとなった。