2023年6月8日、渋谷パルコDGビル18階の「Dragon Gate」にて、株式会社デジタルガレージが主催する「THE NEW CONTEXT CONFERENCE Tokyo 2023 Summer(NCC)」が開催された。
2022年11月に米国OpenAIが「ChatGPT」を公開して以来、世界中で生成AI(Generative AI)の影響について議論が行われている。そうした中、NCCでも「Gen AIが創造する新しい社会を考える」を全体テーマに掲げ、生成AIがビジネスに与える影響や、その実装に向けた技術や規制について議論が交わされた。
後半のセッションの中では、生成AI領域のスタートアップ5社がピッチを披露。さらに、AI研究およびソリューションを提供している株式会社PKSHA Technology(東京都文京区)の代表取締役・上野山勝也氏と、スタートアップ支援事業を行うシブヤスタートアップス株式会社(東京都渋谷区)の代表取締役・渡部志保氏、デジタルガレージの伊藤穰一が登壇し、生成AIがスタートアップに与える変化や必要なサポートについて、鼎談が行われた。
“悲劇”は逆に好機
鼎談ではまず伊藤から、海外経験があり、現在スタートアップおよびその関連ビジネスをしている上野山氏と渡部氏に、「日本のスタートアップ状況」について質問が飛んだ。
「今、日本はいろいろ変わってきたと言われます。外国人も増えたし、海外に行く人も増えた。国も、今度こそ本気でスタートアップをやろうと言っている。お二人が現場にいてどう感じるのか、お聞かせください」(伊藤)
それに対し、まず上野山氏が「過去に比べて変わってきている」と口火を切った。例えば、かつて本郷(東京大学)界隈の、起業が多い研究室では、“同調圧力”のような雰囲気の中で起業が促されているようなところがあったが、今はそういった風潮は減り、比較的健全な起業が増えていると話す。
一方、渡部氏は、同社のアクセラレータープログラムに、海外からの応募が増えており、特に、政治状況を背景に「生成AIに関しても、中国からシード期のいい人材」が入ってきており、「日本には今、すごくおもしろい波が来ている」と印象を述べる。
さらにスタートアップの起業を支えるベンチャーキャピタル側の“質”についても、「(成功した)起業家がエンジェル的に投資するケースが、10年前よりも明らかに増え、彼らが一定の企業を作り出した経験をデリバーしている(伝えている)」(上野山氏)ことや、「ベンチャーキャピタリストが人気の職業になりつつある」(渡部氏)ことなどから、海外と比べ、大きな差異はなくなってきているとの意見が出た。
では、生成AIの実装に大きく関わるエンジニアについてはどうだろう。これに関して上野山氏は、「明らかにニーズに比べて数が足りてない」と分析。伊藤も、「ニーズが高い割に、給料や社会的地位が低い」ことが、日本におけるエンジニアの「悲劇」だとした。ただ、その一方で、大企業におけるエンジニアの賃金や社会的地位が低いことは、「スタートアップ側にとっては逆にチャンスでもある」との見解も示す。
「大企業の中では、エンジニアの給料が低いし、地位も低い。全体的な人数は足りないかもしれないけど、そういうお金がもらえないエンジニアたちをスタートアップに入れて、ちょっとAIの馬力を上げて、今までできなかったようなところで(勝負)できるといったチャンスもあると思います」(伊藤)
“会社のあり方自体”に変化も
続いて議題に挙がったのが、生成AIにより大幅に生産性が上がる中で、デベロッパーがどう変化するかということだ。
「海外でも、一人でできる開発量がすごく上がっていて、昔なら20人、100人必要だったことが、今は一人のCTOがAIでクラウドサービスを作れちゃう。でもそれをやるには、けっこう技術力が必要だよね。となると(日本は)どっちだろう。今はデベロッパーの時代になっているのかな。それとも、デベロッパーがいらなくなるのかな。あるいは両方なのかな」(伊藤)
この問いかけに対して上野山氏は、「デベロッパーがいらなくなるという感覚はない」と話した。
「ただ、デベロッパーではない人たちが参画しやすくなっている感覚は強くて、AIがソフトウェアのバックヤードの“部品”だった時代から、今はAIが貫通して、ユーザーとUX(ユーザー体験)をデザインするみたいになっています。しかし、ここ(UX)をデザインするときには、異常なまでの人間理解が必要です。一人のAIエンジニアが、そこまで対応できるかというと難しい。そういう意味では、デベロッパーは依然として必要ですが、今まで入れなかった人も(生成AIにより)入れるようになってきているという感覚です」(上野山氏)
一方、渡部氏は、自身の周辺の状況を見たうえで、生成AIにより、小規模なまま上場するスタートアップが登場するなど、会社のあり方が変わるのではないかと予測している。
「話を聞いていると、生成AIというものが入ってくると、一人で全部できちゃうみたいなことが起こり得るのではないかと感じました。……(中略)すごくシュールな話ですが、(生成AI領域のスタートアップの)ピッチを聞いていても、“AIをユーザーとするAI”みたいなのが出てくるのではないかと思いました。AIの作業リレーみたいなことが起こっていき、それで全部できてしまうことも起こり得るのではないでしょうか。そういう意味では、フラットで小規模な組織が、小規模なまま上場するといったことが、そう遠くない未来に起こり、会社のあり方自体が変わってくるのかなと思います」(渡部氏)
では、こうした時代に日本はどう進むべきなのだろう。伊藤は、「仮説として、海外から人材を連れてきて、何かするべきだと思うけど、どこを変えると、日本のエンジンがかかると思いますか」と問いかける。
これに対して渡部氏は、海外から起業家を呼び込み、変化を起こすことが重要だと言及した。
「日本の市場で事業をしたいという会社は多い。日本はコンテンツや著作権の方針についても、生成AIとすごく親和性が高く、あるセクターではたくさんのデータがあるなど利点が多い。そういうところで海外から来たいという会社も多いようです。そういう会社を呼び込んでいけば、何か起こるかもしれません。まずはそういうところで化学反応を見ていき、明日につなげていくような試みが必要だと思います」(渡部氏)
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生成AIが世界で注目を集めるようになってから半年ほどであり、現時点では、社会やビジネスへの影響を、誰も正確に予測できないというのが実情だろう。だからこそ、硬直化するのではなく、まずは試そうという柔軟な姿勢が、企業の大小に関わらず、求められているのかもしれない。