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宇宙での実験や検証のハードルを下げる〜宇宙スタートアップ「ElevationSpace」の挑戦〜

ElevationSpaceが開発する宇宙環境利用・回収プラットフォーム「ELS-R」の利用イメージ(画像提供:ElevationSpace)

ElevationSpaceが開発する宇宙環境利用・回収プラットフォーム「ELS-R」の利用イメージ(画像提供:ElevationSpace)

 民間企業による宇宙開発が加速する中で、大きな課題となっているのが、宇宙で使う製品や部品の動作検証やテストだ。

 例えば、「宇宙業界に参入したい」と考える企業が、宇宙で使う製品の動作検証などを宇宙で行おうとすると、現状ではほとんどの場合、国際宇宙ステーション(ISS)を利用することになる。ISSでは、微少重力環境を生かした材料開発や創薬研究などが行われているが、こうしたスペースの一部を分けてもらい、実証や検証を行うというイメージだ。

 しかし、実際にISS内に実験装置などを運び入れ、それを回収できる機会は年に数回ほどしかない。また、宇宙飛行士の命を守るために、持ち込めるものには制約があるうえ、安全審査に数年かかるものもあり、すぐに打ち上げられないケースも少なくない。さらにISS自体が、構造的寿命などから2030年末に運営を終了することが決まっており、その後、宇宙環境を利用しての実験はますます難しくなってしまう。

 こうした課題の解決に取り組んでいるのが、東北大学発の宇宙スタートアップ、株式会社ElevationSpace(本社:宮城県仙台市、創業2021年)だ。

 同社は、小型・無人かつ地球に帰還可能な人工衛星を使った、宇宙環境利用・回収プラットフォーム「ELS-R」を開発。これにより、宇宙実験や実証のハードルを下げ、さまざまな企業の宇宙参入を促し、将来的には「誰もが宇宙で生活できる世界」の実現を目指すという。

「ELS-R」のサービス内容や開発状況、今後の展望について、同社代表取締役CEOの小林稜平氏に聞いた。

宇宙参入のハードルを下げるために

「ELS-R」とは、人工衛星内に、顧客から預かった複数の荷物(実験装置など)を乗せ、宇宙実験や実証などを行える宇宙環境利用・回収プラットフォームだ。その流れは以下のようになっている。

宇宙環境利用・回収プラットフォーム「ELS-R」の全体イメージ(画像提供:ElevationSpace)

 まず、顧客から複数の荷物(ペイロード)を預かり、それを人工衛星(自社開発)に乗せ、ロケット(他社開発)で打ち上げる。その後、人工衛星は、地球周回軌道上において無人オペレーションで運営され、数ヶ月ののち大気圏に再突入し地球に戻ってくる。機体は海上で回収され、荷物(ペイロード)が顧客に引き渡されればサービスが終了となる。

 ElevationSpaceでは、この一連のサービスを、幅広い物質を対象に高頻度かつ短いサイクルで提供しようと考えている。これにより、ISSの課題(持ち込める機会が少ない、対象範囲が限定的、時間がかかる)を解消し、これまで宇宙とは縁がなかった企業も含め、幅広い企業が宇宙事業に参入できる基盤を整えるという。

 小林氏は、すでにさまざまな業界から「ELS-R」への問い合わせが寄せられていると胸を張る。

「宇宙での研究開発のニーズはかなり多様でして、宇宙で薬を創るとか、宇宙でしか作れない材料を開発するという話もあれば、人が宇宙で生活する時代を見据えて、宇宙旅行用品を作る、宇宙食を作るなどの用途もあります。今、我々が特に注力しようとしているのが、宇宙での技術実証の分野です。例えば、民生品で使っている技術を宇宙開発に応用するといったときに、『実際に宇宙で使えましたよ』という実績が、非常に重要になってきます。そこで、宇宙での技術実証の機会を、広く提供したいと考えています」(小林氏)

最大の壁は、大気圏への「再突入」

 有用性が高いと考えられる「ELS-R」だが、その実現には、ひとつ大きな障壁がある。それが、一度地球周回軌道上に打ち上げた小型人工衛星を、大気圏に再突入させるプロセスだ。

ElevationSpace代表取締役CEOの小林稜平氏(画像提供:ElevationSpace)

 小林氏によると、小型人工衛星の「大気圏再突入」は非常に難しい。人工衛星は、秒速約8キロメートルの速さ(ピストルから発射された弾丸よりも速い)で地球の周りを回っている。大気圏再突入を行うためには、この超高速で動く人工衛星を制御し、地球上の狙った場所に戻さなければならない。

 このためには、人工衛星を減速させ軌道離脱する、「高度なエンジン技術」がまず必要になる。さらに、高速で大気圏に突入した際の高温環境に耐えるための「熱制御の技術」に加え、大気圏を通過した後にパラシュートを開いて減速させ、海上に着水する「回収するための技術」も必要になるという。

「通常の人工衛星を作るだけでもハードルが高いのに、プラスアルファ、こうした3つの技術の開発が必要になるうえ、世界的にもノウハウが少ない領域ですので、非常に難易度が高くなります。現時点では、小型人工衛星の『大気圏再突入』は、民間企業はもとより、世界的にも開発に取り組むプレイヤーはほとんどおらず、実現すれば、(民間企業では)世界初ということになります」(小林氏)

 では、具体的にどういった形で開発を進めているのか。現在、ElevatonSpaceでは、世界で唯一、小型衛星を制御した状態で大気圏再突入を実現させた実績を持つ宇宙航空研究開発機構(JAXA)などと連携しながら、3つの技術の開発を進めているという。自社では特に「エンジン技術」に力を入れており、プラスチックなどの固体燃料と気体/液体酸化剤を用いた「ハイブリッドスラスタ(推進機)」の開発を進め、すでに宇宙を模した真空環境における燃焼実験にも成功しているとのことだ。

 全体の進捗状況を尋ねると、小林氏からは、登山でいう「一合目、二合目あたり」との答えが返ってきた。

「我々のステップとしては、まず2025年に『ELS-R100』(初号機)という200キログラム級の小型人工衛星を打ち上げ、大気圏再突入技術の検証を行います。さらに次のステップとして、より大型の機体『ELS-R1000』(2号機)を開発し、2028年からのサービス開始を目指しています(※)。

 ELS-R100単体でいうと、半分あたり。その後のELS-R1000の開発も含めると、まだ一合目、二合目あたり、最初の段階かなと思っています。しかし、新規要素の強いハイブリッドスラスターに関しては、燃焼試験に成功するなど最初のハードルはすでに越えています。ここから先は、一気に加速していけるものと期待しています」(小林氏)

※インタビューは2023年6月7日に実施。その後、同社が発表したリリースでは、宇宙実証ニーズの高まりを受け、2号機の打ち上げを2026年に前倒しするとしている。

 技術開発に注力する一方で、ElevatonSpaceでは、宇宙参入に関心を持つ企業に向けた共創型支援サービスも提供しようとしている。例えば、「宇宙に関心はあるが、どう参入すればいいのかわからない」「自社製品の何が宇宙に適用できるのかわからない」といった企業担当者に対して、勉強会などを開催し、宇宙に対する理解を深めてもらうことで、宇宙利用の裾野を広げ、新たなマーケットの創出につなげていくとのことだ。

 さまざまな企業の宇宙参入が実現すれば、宇宙開発がこれまで以上に加速することは間違いないだろう。小林氏らが「ELS-R」提供の先に見据えているのは、「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」ことだ。その第一歩を踏み出せる日が、1日も早く訪れることを期待したい。

ElevatonSpace関連リンク(プレスリリース)

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