サイトアイコン DG Lab Haus

“お手伝い”が人手不足の現場を救う~コロナ禍を経て急成長するおてつたび

おてつたび代表取締役CEOの永岡里菜さん(写真は全ておてつたび提供)

おてつたび代表取締役CEOの永岡里菜さん(写真は全ておてつたび提供)

 有名観光地やそうでない地方都市など、日本全国いろいろな地域を巡り、現地で“お手伝い”をして報酬を得る。農業や宿泊業といった人手不足の現場と、働きながら旅をしたい人をつなぐマッチングプラットフォーム「おてつたび」は、2018年設立の同名のスタートアップが始めたサービスだ。現在の登録者数は3万8000人超、3年前の10倍以上に伸びた。コロナ禍を経て急成長する事業について、おてつたび社の代表取締役CEOの永岡里菜さんに聞いた。

「『おてつたび』という新しい旅のあり方をカルチャーにしたい。例えば、『夏休みは(ふつうに)旅行する?それともおてつたびに行く?』というような、日常の当たり前の選択肢の一つにしたいです。観光名所に行くのも楽しいけど、よく知らない地域に行くのも楽しいよね、という形を作っていきたい」(永岡さん)

宮城県でワカメの刈り取りのおてつたび

「おてつたび」の基本的な流れはこうだ。希望者は、インターネットサイト上で自己紹介を作成した後、掲載された求人から興味があるものを選び、志望理由を添えて申し込む。受け入れ先からの「承認」が得られれば、現地で一定期間働いて報酬を得る。現地までの交通費は自費だが、宿泊場所は無料で受け入れ先が用意する(一部例外もあり)。報酬は、最低賃金以上と決められている。マッチング後、仲介をしたおてつたびに、受け入れ先から手数料が入る仕組みだ。

 サイトでは、希望者と受け入れ先の間で行き違いが起こらないように、お互いに多くの情報を得られるようにした。求人ページには、日程や仕事内容、報酬金額の目安、宿泊場所のほか、力仕事の量や業務中・業務外の交流の多さ、虫の出やすさ、働いている人の年齢層など、受け入れ先の環境や雰囲気が詳しく書かれているため、希望者は納得して申し込みができる。希望者の自己紹介ページも興味がある分野や得意分野、アレルギーなどと情報が充実。受け入れ先は、これらの情報や志望理由をしっかりと検討してマッチングできるのだ。

千葉県のイチゴ農家でのおてつたび

 現在、47都道府県の1000以上の事業者が、おてつびと(お手伝いをする旅人)の受け入れ先となっている。業種別では、宿泊業40%、農業や漁業といった一次産業が35%を占める。お手伝いの内容はホテルや旅館での接客、農作業などが多いが、雪かきや古民家のリノベーション、海洋プラスチックごみの回収、ひな祭りイベントのスタッフといったユニークなものもある。期間は1泊2日から、最長で2カ月だが、1カ月以内の募集が多いという。

 参加者の年齢層は、20代が約6割を占める。大学生が中心だが、フリーランスや会社員が長期休暇を利用してというケースもある。最近は子育てを終えて、定年退職して自分の時間ができた、といったシニア層の利用も増えているという。登録は18歳からだが、これまでの最高齢参加者は84歳。トマト農家で収穫作業に取り組んだ。

夜行バスで全国を回り、見出した“お手伝い”の可能性

 地域の事業者は一時的な人手不足を解消でき、旅行者はお手伝いによって旅費を抑えられるという、双方にメリットのあるおてつたび。このサービスは、どのようにして生まれたのか。

 永岡さんは三重県南部の尾鷲市出身。漁業と林業のまちで育ち、大学進学で上京した。尾鷲市は自分にとっては魅力的なまちだが、周りは「どこそこ?」という反応。「それはそうだよな」と思いつつ社会人となったが、和食の普及事業を手がける会社に就職して全国を回るうちに、尾鷲と同じように受け止められがちな地域が多くあることを知った。

起業前、長野県を訪れた際の様子

「なかなか知られていないが魅力的な地域に人が来るきっかけを作りたい」。そう考えた永岡さんは退職後、東京の部屋を解約して半年間、夜行バスで全国を巡った。「地域の方が何に困っていて、なぜそこに人が訪れにくいのかについての一次情報を取りに行かないといいものが作れない。東京を拠点にいろいろな地域に行く、という選択肢もありましたが、自分の中で覚悟を決めるという意味でも、部屋にかけていた固定費も全部地域を回るために使うことにしました」

 地域を回り、求められれば作業を手伝う中で、分かりやすいランドマークがない地域であればあるほど、地元の人が普段行く居酒屋、見ている景色が、その地域には住んでいない自分にとって魅力的に映った。しかし、見ず知らずの地域に行き、いきなり地元の人と触れ合うのはハードルが高いし、旅費もかさむ。そこをクリアする旅のきっかけとして着目したのが、地域の人手不足だ。

 特産品の農作物の収穫や魚介類の水揚げ、マリンスポーツやウインタースポーツのシーズンなど、特定の地域で人手がいる時期は重なりやすい。以前は親せきや近所の人たちが働き手となったが、少子高齢化や過疎化による人手不足で、事業継続が難しくなっている。

「『お手伝い』という新しい目的を作ることで地域に人が訪れ、お手伝いを通じて地域の方に地元の魅力を教えてもらって楽しんで、お手伝いの報酬で旅費を少しリーズナブルにするという形ができるのではないかと考え、おてつたびが生まれました」(永岡さん)

 今でこそ多くの人が利用するおてつたびだが、創業当初は賛同者を増やすのに苦労したという。「なぜ旅行先でお手伝いをするのか」「旅行は癒やしを求めて行くもの」「素晴らしいことだけど、夢物語では」……。永岡さんは「自己満足なんじゃないか」と葛藤しつつ、地道に受け入れ先を探していった。

 転機となったのはコロナ禍だ。海外からの技能実習生が入国制限で来日できなくなり、農家などが人手不足に陥った。さらに観光事業者が人員削減した後に「Go To トラベル」が始まったこともあり、スポットでの労働力を求める事業者にもおてつたびのサービスが広がっていった。また、テレワークやオンライン授業の普及で、働く場所と時間がある程度自由に自分で決められるようになったため、登録者も爆発的に増えた。

住んでなくても地域間で支え合う未来

 おてつたびも今年で5年目。永岡さんによると、おてつたび後、参加者と受け入れ先との間に新たなつながりが生まれるケースが増えてきた。

 福島県大熊町の宿泊温浴施設でおてつたびをした学生は、町の交流・関係人口を創出するために学生団体「おおくまWalkers」を設立。町の情報発信やイベントなどに取り組んでいる。和歌山県のかんきつ農家でおてつたびをした女性は、東京のアルバイト先の飲食店にその農家を紹介。栽培しているミカンを使ったタルトが商品化された。他にもおてつたび先の旅館で結婚式を挙げるなど、おてつたびが人と人との縁を広げている。

富山県のホテルでのおてつたび

 さまざまな農家でおてつたびをして就農したケースや、宿泊施設でおてつたびをしたことで接客の奥深さを知り、宿泊業界に入ったケースもある。受け入れ先の事業者からは「おてつたびがないと、今は(繁忙期が)乗り越えられません」「自分は旅をしていないけれど、来てくれた方を通していろいろな世界を知ることができる」といった声が寄せられている。

 ただ、登録者数が急増したゆえに、受け入れ先の拡大も課題となっている。受け入れ先によっては申し込み倍率が数倍になるところもあるためだ。

 永岡さんはいま、おてつたびによってその地域の魅力に触れ、ファンになった人たちが、その地域とつながり続ける後押しをする仕掛けを考えている。「今後、日本全体で人が減っていく中で『どこそこ?』と言われる地域に移住してください、と言っても難しいですよね。地域で人を取り合うのも違うと思います。おてつたび後もその地域には住んでいないけれど、地域のものを買い続けてくれたり、観光客として地域経済を回してくれたりするような形を作りたい。ひとりが二役、三役を担いながら、地域間で支え合っていく未来を作っていきたいです」

「どこそこ?」と言われがちな地域にも日々の仕事があり、人々が暮らしを営んでいる。離れた地域で暮らす人が、お手伝いという自然な形で関われるおてつたびは、地域の暮らしや文化を守るという点からも重要な取り組みになるのではないだろうか。

モバイルバージョンを終了