インターネット上に構築された仮想空間でさまざまな人がコミュニケーションを取るメタバース。そのブームの火付け役であるMeta社(元フェイスブック)は苦戦しているようだが、メタバースをビジネス活用しようとする動き自体は勢いを失っていないように見える。
人口減少や観光業の衰退など、さまざまな課題を抱える地方自治体においても、メタバースを活用する試みがある。しかし、登場から日が浅く、導入事例も少ないメタバースを、自分たちが抱える課題の解決にどう活用すべきか、考えあぐねている自治体も少なくないようだ。
そうした中、2023年6月28日〜30日に東京ビッグサイト(東京都江東区)において「第1回メタバース総合展【夏】」が開催され、その中で、一般社団法人Metaverse Japan・地方自治体ワーキンググループによる講演「地方自治体がリードするメタバースの社会実装」が行われた。
この講演では、香川県三豊市 教育センター長の小玉祥平氏と、静岡県 デジタル戦略局参事の杉本直也氏、ファシリテーターとして一般社団法人 渋谷未来デザインの理事・事務局長である長田新子氏が登壇し、自治体がメタバースを社会実装していくうえでの課題や、人材育成などについて意見が交わされた。
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冒頭、登壇者はそれぞれが所属する団体の取り組みを紹介した。まず渋谷未来デザインに所属する長田氏は、渋谷区公認のバーチャルイベントプラットフォーム「バーチャル渋谷」について説明。これは、デジタル空間上に「もうひとつの渋谷」を作るもので、都市連動型メタバースとして、ハロウィンイベントやアーティストのライブ活動支援などを行なっているという。
香川県三豊市 教育センター長の小玉氏は、今年9月から「三豊市メタバース部」を始める予定だという。キャリア教育や語学教育などの一環として、中高生が、国内外問わず、会いたいと思う人とメタバース上で交流できるようにするもので、メンターによる活動支援や、ネイティブ講師による英語支援も受けられるとのこと。
静岡県 デジタル戦略局の杉本氏が取り組むのは、「VIRTUAL SHIZUOKA」だ。これは、レーザースキャナなどで計測した「3次元点群データ」を用いて、縮尺1/1の静岡県を仮想空間に作るというもの。オープンデータとして公開されており、空飛ぶクルマ運行のシミュレーション、災害時の被害把握、文化財保護など、さまざまな形で活用されているという。
「最初にメタバースありき」では成功しない
セッションの最初の議題にあがったのは「きっかけ」の問題。メタバースで課題解決を目指すのではなく、「メタバースで何かしたい」という思いから取り組みを始める自治体が増えている問題だ。
「メタバースはいわゆるバズワードのような形で広まったこともあり、敏感なトップの方などは、『今メタバースが来ているよね、うちも何かやろう』と言い出すことが多いようです。それを受け、何をしたらいいのかわからないと相談に来る担当者が多い」(杉本氏)
さらに杉本氏は、「メタバース関連事業は9割以上が失敗している」とする調査結果(株式会社クニエ「メタバースビジネス調査レポート」)も示し、メタバース活用に二の足をふむ自治体が増えつつあるとの懸念も伝えた。
これを受け、小玉氏と長田氏は、あらためて「最初に目的を考えることの重要性」を訴える。
「何のためにやるのか、というところが重要です。例えば、杉本さんの『VIRTUAL SHIZUOKA』でも、災害向けシミュレーションなど、何に使えるのかの見通しがはっきりしていて、だからこそ、やっていけるところがある―(中略)―成功している事例は、例えば、今(地域の)ファンでいてくれている人を、さらに10%増やすだとか、自分の街を知らなかった人に、これくらい知ってもらえるようにするだとか、指標やその変化が明確なもの。そういう取り組みは、成果がわかりやすく、継続していけるのではないかと思います」(小玉氏)
どの分野で強みを発揮するのか?
では、メタバースや仮想空間の地域における社会実装は、どのような分野において、効果を発揮するのだろう。この議題に対して杉本氏は、「仮想空間でしかできないことをして、強みを発揮するのがいい」と持論を述べた。いくつか例が示された中で、特に興味深かったのが、「VIRTUAL SHIZUOKA」を使い、住民との“合意形成”を図る試みだ。
従来、何か新しい建造物を作るとなった場合には、イメージ画像などを作って時間をかけて住民に説明し、少しずつ合意形成を図っていく必要がある。しかし、「VIRTUAL SHIZUOKA」の点群データを使えば、新しい建造物をバーチャル空間上に簡単に作ることができる。ここに住民と一緒に入り込んで、目の前で建造物を見てもらいながら意見を聞き、その場で変更を加えつつ、合意形成を図れるという。
「やはり目の当たりにする、というのはすごくパワーのあることです。従来、実物を目にするためには、お金も時間もかかりハードルが高いことでしたが、メタバースやデジタルツインの中では、はるかに少ないコストで実現していくのかもしれません」(小玉氏)
さらに杉本氏は「仮想空間で失敗を先取りできる」こともポイントだとした。
「行政視点でいうと、現実空間では失敗できないという思いが強くあります。だからこそ、仮想空間の中でたくさん失敗していこうと。それで、現実空間には、『これならできる』ということだけ実施していけばいいのです。仮想空間の中はやり直しがでますから、そこに大きな価値を感じています」(杉本氏)
人材は地域にたくさんいる
もう一点、会場の関心を集めていたのが、今後メタバースや仮想空間を活用していく際の「人材育成や教育の課題」をどうするかについての議論だ。
これに対して小玉氏は、「メタバースを導入する・しない以前に、すでに地域には(メタバースを)使っている人がたくさんいる」ことを知る必要があると強調する。
「特に子どもたち、今の中高生たちは(「フォートナイト」や「マインクラフト」などのゲームを通して)、すでにメタバースに触れているのですね。ゲームの世界は、我々が活用しようとするメタバースやデジタルツインとはシステム自体は違うところがありますが、概念としては、みんな理解しているんですよ。そういう子どもたちがたくさんいることを、ぜひ皆さんに知ってほしいです」(小玉氏)
加えて杉本氏は、こうした子どもたちにとっては、我々大人世代が、「テクノロジーが」「人材が」「教育が」と騒いでいること自体、おかしいことだとし、「今の大人世代は、将来大人になった子どもたちがすることを邪魔せず、受け入れ側に特化すべき」だと主張した。
「そういう意味だと、スキルよりも、マインドセットや姿勢の方が実は大事になるのではないかと思います。何かを作れるからといって、地域の課題のために、わざわざ自分で作るかというとそうじゃない。目の前に地域の大きな課題があったときに、その課題を自分で背負うとなると、話が変わってくると思います。ですから、自分で課題を解決しようとか、そこにないものを自分で作ろうとか、そういうことを思う人材の育成に注力すべきだと思います」(小玉氏)
地方のアップデートは、日本全体のアップデートに他ならない。地方自治体のテクノロジー活用の動向を、今後も引き続き注視したい。