工場排水には、さまざまな汚染物質が含まれている。仮に、工場排水を処理せずにそのまま河川や海に流してしまうと、環境に大きな影響を与える可能性が高い。そこで日本では、工場排水に適切な処理を施し、指定物質を基準値以下に減らすことが法律で義務付けられている。
排水処理の中で、特に問題視されているもののひとつが、食品工場からでる油脂だ。下水に油脂が大量に流れてしまうと、固形化して、下水管を詰まらせてしまうほか、下流の排水処理の負担が増大してしまう。現状では多くの食品工場で、排水中の油脂を水と分離させ、産業廃棄物として処理する手法(「加圧浮上分離法」)がとられているが、多大な人的リソースやコストがかかるほか、処理の過程で悪臭が発生するなど、さまざまな問題がある。
こうした油脂処理の課題を、微生物を用いた油脂分解システムによって解決しようとするスタートアップがある。それが、名古屋大学発ベンチャーとして、2017年に設立された株式会社フレンドマイクローブ(本社・愛知県名古屋市)だ。
同社は、微生物の研究を続けてきた名古屋大学大学院教授(現在、フレンドマイクローブ取締役会長兼務)の堀克敏氏が、その技術を社会実装すべく立ち上げたスタートアップで、同社の高性能微生物による油脂分解システム「MiBiocon®(以下、マイビオコン)」は、従来の油脂処理技術の欠点を克服するものとして、大きな注目を集めている。
今回はフレンドマイクローブ代表取締役社長の蟹江純一氏に、「マイビオコン」の仕組みやビジネスモデル、今後の展望を聞いた。
「悪臭」「コスト」「技術承継」3つの課題を解消
蟹江氏によると、「マイビオコン」とは、「高性能な油脂分解微生物を使って、食品工場の排水に含まれる油脂(動植物油)を分解するシステム」だという。その特徴を、既存技術(「加圧浮上分離法」)と比較しながら紹介していこう。
従来、工場排水に含まれる油脂を処理するフロー(図1)では、油が含まれる水は、いくつかの槽を通ったのち、「凝集反応槽」というところで、凝集剤と混ぜられる。この凝集剤は油に張り付く性質があるため、水と油を分離することができる。次に、「加圧浮上分離槽」というところで、油に微細な泡をあて、水面に浮かび上がらせる。
「この水面に浮かせた油を、すくい取るような形で回収し、月に数回、産業廃棄物として回収してもらうのが、従来の油処理の大まかなフローです」(蟹江氏)
この手法の場合、水自体はきれいになるものの、集めた油を産業廃棄物として焼却処分する必要があるため、温室効果ガスが発生し、膨大な処理コストもかかってしまう。さらに、処理中の油からは悪臭が発生してしまうほか、油脂処理のプロセスには熟練した技術が必要であり、その技術承継も問題になっているという。
では、こうした既存技術の課題を解消できるという「マイビオコン」とは、どのような仕組みになっているのだろう(図2)。
「マイビオコン」の場合、油を含んだ水は、いくつかの槽を通ったのち、「油脂分解槽」というところで、高性能な油脂分解微生物によって分解されることになる。
「この時点で、悪臭の発生源であった油が消滅します。微生物がいるので無臭ではないのですが、悪臭は大幅に改善され、現場でもすごく喜ばれています」(蟹江氏)
さらに、油由来の産業廃棄物が消滅するため、産業廃棄物の総量を減らせ、「その結果、温室効果ガスや処理コストの削減につなげられる」(蟹江氏)
加えて、「従来技術の課題点であった技術承継の問題も解決できる」と蟹江氏は胸を張る。
「マイビオコン」の利用者は、微生物を増やす装置(「微生物自動増幅投入装置」)を購入し、既存の排水処理装置内に組み込むこととなる。
「エンドユーザーがすることは、この装置のタンクの中に、大元となる微生物やちょっとした消耗剤を定期的に補充するだけです。補充していただければ、その薬液によって微生物が増え、分解処理がきちんと進むという流れになっています。この補充作業は、月に一度程度、一時間ほどで済み、アルバイトの人でも対応できるものになっています」(蟹江氏)
市場規模は推計「約3兆円」
では、ビジネスモデルはどうなっているのか。蟹江氏によると「消耗品ビジネスやリカーリングビジネス(継続課金)」と呼ばれるものになるとのことだ。
具体的には、ユーザーとなる食品会社などに、微生物を増やすための装置を購入してもらい、微生物を増やすもととなる微生物製剤や培地成分を、代理店を通して毎月販売するというもの。ユーザーは微生物を継続的に購入することになるが、それでも、既存技術での産業廃棄物処理費用と比べると、ランニングコストを大幅に減らすことができる。一方、フレンドマイクローブ側も継続的に収益を得られ、いわゆるウィンウィンの関係を築ける仕組みとなっている。
さらに、導入の際には、既存施設をリプレイスする必要はなく、微生物を増やすための「微生物自動増幅投入装置」、そこに空気を送るための「ばっ気装置」、「pH調整装置」の3つの装置を追加するだけで済むという。
「当社の装置を稼働するためには、『微生物自動増幅投入装置』をはじめとした3つのオプション設備を追加するだけで済みます。既存の装置も、撤去せず、ただ稼働しないようにすればいい。大掛かりな工事が不要であるため、初期コストを抑えることができます」
市場規模はどれくらいあるのだろう。蟹江氏は「油にフォーカスした水処理業界の市場規模のデータはないため、推計だが……。」と前置きしたうえで、「現在国内に5千数百社ほどの企業が、動植物油を使う食品工場などを持ち、その9割以上が既存技術で油脂処理を行っている」と説明する。
「そのうち当社の技術が導入可能な国内工場に、世界の食品系工場を加えていくと、およそ3兆円の市場規模になると考えられます」(蟹江氏)
「鉱物油」の分解にも挑戦
現時点(2023年7月)で「マイビオコン」の導入企業は大手食品会社1社に留まっているものの、「この春以降、引き合いが10倍以上に増えている」と、ニーズの高まりに蟹江氏は自信をのぞかせる。
今後の展開を尋ねると、「小規模な飲食店の排水処理(グリーストラップ)」や「(固形)生ゴミ処理」における動植物油の分解にビジネス対象を広げていくほか、今あるノウハウを活かし、「鉱物油(エンジンオイル、ギアオイルなどの機械油)の分解システム」にも挑戦したいとの答えが返ってきた。
「実は、この鉱物油というのは、より需要が大きく、かつ環境への悪影響が大きいのです。というのは、(動植物油と比べて)分解が難しいからです。より高度な技術が必要ではあるのですが、すでに活用できる微生物が見つかりつつあります。まずは、次年度あたりに現場実証を行い、次々年度には販売にこぎ着けるのではないかと期待しています」(蟹江氏)
名古屋市に本社を置く同社の周辺には、その土地柄、自動車産業を中心に鉱物油を使う工場が多く、まずはそうした工場を対象に事業を展開していきたいとのことだ。
「昨年の秋から、スタートアップ関連の賞をいろいろ受賞しております。また、総額2.3億円の資金調達(プレシリーズA)も実現し、素晴らしいメンバーにご支援いただいています。当社は実績をたくさん積んでいるわけではないので、これらは全て期待値だと思っています。私自身は、こうした期待に応えるポテンシャルを十二分に持つと自負しており、いよいよこれから実行に移すフェイズに入ると考えています。今後の当社の事業展開にぜひご期待ください」(蟹江氏)