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つながる作業者の可能性をさらに広げる オープンイノベーション成功の秘訣

左からフェアリーデバイセズの藤野氏・同 竹崎氏、ダイキンの比戸氏・同 近藤氏 司会のDGDV眞田」

左からフェアリーデバイセズの藤野氏・同 竹崎氏、ダイキンの比戸氏・同 近藤氏 司会のDGDV眞田」

 クルマや家電などだけではなく“働く人”もネットにつながるようになりつつある。機械修理や建設の現場作業員が、ネット接続されたカメラやマイクを通して作業の状況を遠隔地にいる人と共有する。これを「コネクテッドワーカー」と呼ぶ。

首掛け式カメラの利点

 ウェアラブルなカメラやセンサー、その周辺システムなどの「コネクテッドワーカー・ソリューション」を提供するFairyDevices株式会社(以下、フェアリーデバイセズ)は、エッジデバイスや、音声AIの技術で優れたものを持つスタートアップだ。その技術を生かし開発したのが首掛け型のウェアラブル端末「THINKLET」だ。

THINKLET(メンテナンス・レジリエンス TOKYO 2023にて)

「THINKLET」の特徴は「首掛け型」であること。同種の端末に多い、ヘルメット装着タイプやメガネ型のものは、作業者の顔が動くとカメラも動き、送信される画像も揺れ動いてしまう。首掛け式であればカメラの位置はあまり変わらず、肝心の作業者が手元で行う作業は、常に画角の中に捉えられている。この画像は、オフィスのパソコンやスマホ・タブレット等のZoomやMicrosoft Teamsといった既存のリモート会議システムに接続することができる。オフィスから現場作業員への作業手順の伝達だけでなく、現場の様子の伝送、作業のデータの記録などにも活用でき、さらに集めたデータから自動的に作業日誌を作成したり、別途自動翻訳の機能を介せば海外への作業指示をすることも可能だ。

オープンイノベーションで評価を得る

 フェアリーデバイセズは、このデバイスを供給するだけではなく、コネクテッドワーカーの持つ可能性をさらに広げるため、課題を抱える大企業とのオープンイノベーションに積極的に取り組んでいる。

 そんな取り組みのひとつとして、空調大手のダイキン工業(以下、ダイキン)と、2019 年に空調のサービス現場を中心に遠隔支援、作業効率と品質の向上を目指した新たな仕組みを構築するなどを目的とした提携を発表している

 それ以降、両社のオープンイノベーションの取組みは順調に進んでおり、この取組が他産業にも展開可能な先進的なロールモデルとなるとの評価から、2023年2月には内閣府主催「第5回 日本オープンイノベーション大賞」総務大臣賞を受賞するに至った。

 ここ数年、日本でも大企業とスタートアップのオープンイノベーションの実例が増えてきているが、規模やカルチャーが異なる企業間の協業は、期待したほど成果が出ないことも多い。

 7月26日に行われたDG Daiwa Venture主催のセミナー「ハードウェアとソフトウェアの協創 ~組織の壁を越えた現場実務におけるイノベーションの創出~」には、オープンイノベーションを推進してきたダイキンとフェアリーデバイセズのキーパーソンが登壇し、ここまでの協創関係の構築のノウハウとその成功の秘訣を、第一部は組織体制の面から、第二部では技術や開発体制の観点から語った。

話し合う、理解する、信頼が生まれる

 イベント中、さまざまなエピソードが語られたが、大胆に要約すれば「”話し合い”を重ね、お互いを”理解し”そして”信頼感”が醸成されれば」オープンイノベーションは良い方向に向かうということ。

 話し合いに関しては、作業現場や研究所などに足を運び、実際に顔を合わせて話すことの重要性が繰り返し強調された。また、話し合う内容も、表層的な情報交換だけでは成果は生まれない。

 第二部に登壇したダイキン工業株式会社TIC技師長の比戸将平氏が、かつて自身が在籍したAIスタートアップ時代の経験も踏まえて話したのは、スタートアップが自社の技術による問題解決を武器に、大企業から引き出したデータを組み合わせ、それだけでPoC(Proof of Concept:概念実証)を実施しても「最初は期待したほどの精度が出ないことが圧倒的に多い」(比戸氏)。その解決には、現場の課題やデータの理解にスタートアップが時間をかけるしかない。

 オープンイノベーションの失敗の多くは、大企業側の”上から目線”的な態度が原因と思われがちだが、実はスタートアップ側の技術の汎用性への過信と、広い事業領域を持ち、課題が複雑に絡み合った大企業の組織力学への理解不足が、成果を小さくしてしまっているケースも多い。

 話し合いを重ねることで共通認識が生まれ、そこをベースに仕事を進めると成果を得やすくなる。第二部に登壇したFairyDevices株式会社CEO/CTOの藤野真人氏は「(話し合いが増え)情報量が増えていくと(PoCで上手くいったものを)現場導入して効果出すために、そしてそのための予算が確保されるためには『こういうストーリーに乗せれば多分大丈夫だよね』というのが自然に見えてくるところがあるんですよね、ずっとお話をしていれば」と、密な話し合いの効用をあげるとともに、そこに至らないのは「現場理解と話し合いが不足しているんじゃないですか」と一蹴。

 こうした、綿密なコミュニケーションを重ねできあがった信頼関係には強い粘力がある。「信頼関係が無いとホンマにしょうもないことでチームは崩壊しますし、逆に信頼関係があると、リスクのあるものを抱えてもみんなで乗り越えていける」と話すのは第一部に登壇したダイキン工業株式会社TICテクノロジー・イノベーション戦略室技術戦略担当課長の近藤玲氏だ。

「時間の価値」の違い

 加えてオープンイノベーション成功に必要な基本事項として、FairyDevices株式会社CSO/CFOの竹崎 雄一郎氏があげたのが、大企業とスタートアップでは大きく異なる「時間の価値」だ。スタートアップは新たな市場形成の為に積極投資をし、あえて赤字を掘り進む業態。財布には“入り”はなく、日々お金が出ていくばかりだ。相手に「お返事待ってください」と言われ、1日待てば100万円が消え、10日待つと1,000万円が消えてゆく。「時間軸の違い」、「そこに対する必死さの違い」を予め大企業側も理解しておくことがポイントになる。

その他にも、

  • スタートアップの主要メンバーを、大企業内の裁量権を持ったキーパーソンに早い段階で引き合わせ、部門の壁を超えるための意思疎通をはかる
  • プロジェクト初期、PoCなどの実施予算は個別の事業部に負担させない方がよい(成果が予測できない中で事業部予算を投入するとなると事業部は参加を躊躇する)
  • 両社間コミュニケーションの緩衝材の役割を果たすプロジェクトマネージャーは、技術理解のある人材が両社それぞれに存在していることが理想

など経験に基づく金言があった。

「丸投げ」などはご法度

 さらに、ありがちな悪い例として、オープンイノベーション推進部門が引き合わせのお膳立てをしたものの、あとは事業の現場とスタートアップに「丸投げ」をする。これはご法度だ。縁組を進めた推進部門は、スタートアップの役割や保有する技術への詳細な理解がなくとも、「自社の課題をどう解決したいか」といったアイデアぐらいはあるはず。それをメモした資料程度のものは用意すべきで、それがあれば、たたき台にしてコミュニケーションを始めることができる。

 また、これもありがちなのがオープンイノベーションの意義を履き違え、自部門の当面の課題解決を優先してパートナーを求めてしまうこと。これについては、ダイキン近藤氏の例え話がわかりやすかった。オープンイノベーションの取り組みは、子どもを育てる家族をつくるようなもの。にもかかわらず「『この技術を持ったスタートアップを探してくれ』というのは『洗濯ができる奥さんを探してくれ』というのと同じ」(近藤氏)だ。相手を選ぶ際にフォーカスすべきポイントは、「目先の問題を解決する能力や機能」だけではない。この先長くワンチームでやってくために必要なものが相手方にあるかどうかという点だ。

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 オープンイノベーションを実施する理由として、「技術を手早く導入したい」、「出資がほしい」など、大企業もスタートアップもそれぞれの思惑があり、お互い手早い成果を求めてしまうこともある。しかし、「自社だけではできないことがあるので、一緒にできるパートナーと出会う」(藤野氏)ということがオープンイノベーションの本来の目的だ。そして実施に当たっては、細かな工夫や注意点はあるものの「『本気で世界を一緒に変えましょう!』ということが腹落ちしてチーム作りができるかどうか」(比戸氏)。つまり、高い目標と熱量も大切だということを確認し、この日のイベントは締めくくられた。

※フェアリーデバイセズ株式会社はDGDVが運営するファンドの投資先です。

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