日本を訪れた多くの外国人旅行者が驚くことが、落とし物をしても、それが交番や最寄りの駅などにきちんと届けられることだ。このこと自体は、世界に誇れる日本人の美徳だ。しかし、届けられ、集まった落とし物が、持ち主に戻るまでのプロセスにはさまざまな課題が潜んでいる。
例えば、多くの落とし物が届く鉄道駅や商業施設では、問い合わせ対応や拾得物の管理に膨大な手間やコストがかかる。一方、落とし物をした人は、拾われて届いているかを確認するために連絡をするが、電話が混雑してつながらないなど不便を感じることも多い。
こうした落とし物に関する困りごとの解決に尽力するのが、2021年12月創業の株式会社find(東京都中央区)だ。同社は、チャットやAI画像検索などによって落とし物の取り扱い業務を効率化する「落とし物クラウドfind」を開発・提供し、すでに複数の鉄道会社で導入実績がある。
問い合わせと管理にLINEなどを活用
「落とし物クラウドfind」とはどういったものか。find取締役COOの和田龍氏によると、「落とし物にまつわるペイン(顧客の悩みの種)を解消するもの」であり、「落とし主と、落とし物を預かる商業施設や鉄道会社の双方に利点があるサービス」だという。
ユーザー企業に提供されるのは、LINEで落とし主からの問い合わせを受け付ける「find chat」と、このLINEと連携して、落とし物を検索できるデータベース「find search」。そして、駅係員などが、スマートフォンで落とし物の写真を撮り、その情報をデータベースに貯めていける簡易登録ツール「find scan」の3つとなる。
このシステムを使うことで、鉄道会社や商業施設側には、どういったメリットがもたらされるのだろう。
和田氏は、鉄道会社や商業施設側にかかる主な負担として、「問い合わせ対応」と「管理」の2つをあげる。問い合わせ対応については、現状はほとんどが電話対応であり、「担当者が張りつく必要があるうえ、落とし主から電話があった際には、10分ほどヒアリングしたのち、紙やエクセルなどの一覧表から拾得物の有無を調べて返事をしなければならない」という。
「これが当社のシステムを使うと、LINEで受け付けるようになるため、まずヒアリングの手間をなくせます。さらに、拾得物の情報が一元管理されている『落とし物データベース』上で検索できるため、落とし物を捜す手間も大幅に削減できます」(和田氏)
落とし物の管理についても、現状では、紙やエクセルの一覧表を使って管理しているところが多く、例えば、鉄道会社であれば、落とし物を駅から駅へ移送した場合などに、一覧表に反映する必要があり、膨大な工数がかかっているという。
「落とし物クラウドfind」では、これを「電子化して効率化した」と和田氏は胸を張る。具体的には、拾得物一つひとつをQRコードと紐づける仕組みを導入し、例えば駅間の移送時も、駅係員がスマートフォンをQRコードにかざすだけで、データベースに反映されるようにし、管理の手間を減らした。
落とし物の返却率が約3倍に
この仕組みには、落とし主の側にもいくつものメリットがある。和田氏はまず、「LINEで24時間問い合わせできるようになるため、利便性が上がる」と説明する。
加えて、「返却率が上がる」ことも利点だと強調する。「実績ベースで言うと、京王電鉄さんとの実証実験では、返却率が以前よりも約3倍上がりました」(和田氏)
その理由のひとつが、オペレーターが「落とし物を写真で探せるようになったこと」だという。従来の対応では、落とし物を拾得した際、駅係員などがその詳細をテキスト情報で記録していた。しかし、テキスト情報だけでは拾得物の細かな特徴を得られず、問い合わせがあった際に、オペレーターがうまくマッチングできずにいたという。
しかし「落とし物クラウドfind」では、検索の際に拾得物の写真が一覧表示される。このため、オペレーターが細かな特徴を確認でき、マッチング率が上がったとのこと。
さらに同システムでは、AIによる画像検索機能も搭載しており、落とし主から送られてきた画像をもとに、何千何万という拾得物の中から、AIが似た画像を選び、検索上位に表示してくれるという。
「こうした機能によって、オペレーターが判断しやすくなり、マッチング率が大幅に上がっているのです」
運命を変えたある鉄道会社との出会い
AIベンチャーのAutomagi株式会社に勤めていた和田氏と、オリックス株式会社に勤めていた高島彬氏(find代表取締役CEO)が、findを立ち上げたのは約2年前だ。もともと2人は仕事を通じて知り合い、「何か良いビジネスアイデアがあれば、すぐにでも起業しよう」と意気投合していたという。
あるとき、高島氏が落とし物をした。その落とし物が戻るまで2週間ほどかかった。その経験から「日本は落とし物が見つかりやすいと言われているが、そのプロセスにはアナログ的なことも多く、課題やペインがかなり発生している」と気づき、テクノロジーによってそれを解決しようと、和田氏とともにfindを立ち上げたという。
起業の動機は明快だが、事業立ち上げまでの道のりは平坦ではなかったようだ。
「最初の半年は試行錯誤の連続で、当時は落とし主と拾い主をマッチングするアプリを開発していました。しかしプロトタイプを作った段階で、落とし物を拾った人にインタビューすると、『落とし物を拾っても、アプリに登録するなんて、面倒なことはしない』『すぐに近くの商業施設に届ける』という意見が多かったのです。これを聞いて、これは厳しそうだと、すぐにアプリの開発をやめました。次に、拾い主が商業施設に落とし物を預けるのなら、施設側の話を聞こうと、京王電鉄さんの話を聞きに行ったのですね。これが僕たちの運命を変えました」
京王電鉄株式会社の担当者は、落とし物に関する困りごとについて事細かに教えてくれたという。もともとAI開発の専門家だった和田氏は、これを受けて、現在の「落とし物クラウドfind」の原型となるシステムを考案。後日、京王電鉄にそれを見てもらった。
「すると担当の方が、『これは全ての鉄道事業者が夢見る構想だ』と喜んでくださって、名もないスタートアップだった僕たちのアイデアに乗ってくれたのです」
その後、和田氏らは「落とし物クラウドfind」を開発。今年(2023年)2月から京王電鉄と実証実験を行い、その良好な結果を受け、本格導入が実現した。さらに、他の鉄道会社からも引き合いが続いており、今年9月からは、九州旅客鉄道株式会社全線での導入も決まったとのこと。
今後の展望を聞くと、「向こう5年ほどで、全国の鉄道事業者に導入してもらうことを目標にしている」と力強い答えが返ってきた。加えて、警察、空港、バス、タクシーへと導入を進め、全ての落とし物情報が集約された「落とし物プラットフォーム」の構築を目指すという。
「さらにその先には、落とし物そのものを預かる事業も展開していければと。これが実現すると、例えばアマゾン社のように、『落とし物をしました』と我々のところに問い合わせをいただき、次の日には配送するといったことも可能になり、いろいろビジネス展開が広がります。今お話した展望には、技術的にできないことはひとつもありません。順序さえ間違えなければ到達できる世界なので、いかに早くそこに到達するか、それが当面の目標です」
アナログな仕組みで動いてきた業務フローを、デジタル化して便利にする。はじまりは「たったそれだけ?」であっても、そこから大きなビジネスが生まれる。本の通販から始まったアマゾン社もしかり。落とし物で始まったfind社の今後の事業拡大を見守りたい。