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ブッダの説法とChatGPTが融合 仏教チャットボットその活用法は

仏教対話AIの世界観(以下、全ての画像提供:京都大学 人と社会の未来研究院)

仏教対話AIの世界観(以下、全ての画像提供:京都大学 人と社会の未来研究院)

 科学技術の進歩が目指すことは、「人が幸せになること」だろう。しかし、AI(人工知能)をはじめとするさまざまな技術の普及にも関わらず、うつ病でメンタルダウンするビジネスパーソンが増加するなど、「なかなか幸せを実感できない」というのが、多くの人が感じているところではないだろうか。

仏教学者の熊谷氏
仏教学者の熊谷氏

 一方、多くの宗教は歴史の中で「人が幸せになる道」を模索し続けてきており、それは現在も続いている。この宗教と科学を融合しようとする動きがある。そのひとつが、京都大学「人と社会の未来研究院」准教授の熊谷誠慈氏と、株式会社テラバース代表取締役の古屋俊和氏が共同開発した仏教対話AI「ブッダボットプラス」だ。

 ブッダボットプラスとは、仏教の開祖であるブッダ(仏陀)の説法をチャットボット形式で再現しようとする試みだ。悩みを抱えていたり、何かに迷っていたりする人が質問すると、その回答に該当する原始仏教経典の文言(ブッダの回答)と、その解説文を提示してくれる。その仕組みや開発の背景、利用シーンについて熊谷氏と古屋氏に話を聞いた。

仏教対話AIに、生成系AIをプラス

 ブッダボットプラスとはどういったものか。熊谷氏によると、ブッダボットプラスは2021年3月にリリースした「ブッダボット」の進化版だという。

 ブッダボットは、グーグル社の自然言語処理アルゴリズム「Sentence BERT」(非生成系)を活用し、原始仏教経典である「スッタニパータ」をQ&A形式でAIに学習させたもので、ユーザーからの質問に対して、経典に書かれたブッダの言葉をそのまま回答文として提示するものだった。

ブッダボットの仕組み
ブッダボットの仕組み

「ブッダボットは、“ブッダの生の声”に近いと言われる最古の原始仏教経典『スッタニパータ』などの文言を、そのまま回答として出すため、ソースについては非常に信頼性の高いものでした。しかし、ブッダの言葉をそのまま提示するため、質問内容からずれた回答になってしまうことや、回答が簡潔すぎて物足りないと感じられることがありました。そこで今回は、旧式のブッダボットと、対話型生成AIのChatGPTを融合させ、より詳しい説明や解釈を提示してくれるブッダボットプラスを開発したというわけです」(熊谷氏)

 その仕組みは以下の通り。ブッダボット同様、ブッダの回答をそのまま回答文として提示することに加え、質問文とブッダの回答をChatGPT4が分析し、追加説明や解釈を提示してくれるようになっている。

ブッダボットプラスの仕組み
ブッダボットプラスの仕組み

 実際の回答画面では、例えばユーザーが「SNSを始めようと思いますが、どう思いますか」という質問をした場合、まず「何ものにも執着せず、余計なものを持たない人が、素晴らしい人である」というブッダの回答が表示される。さらに、下図解答部分()内のように、「SNSを始めるかどうかは個々人の自由ですが、無駄なものに執着せず、必要なものだけを持つことが重要という意味です」といった解釈や補足説明が合わせて生成される。また、追加質問をした場合も、文脈に応じた回答が示されるようになった。

ブッダボットプラスの利用画面
ブッダボットプラスの利用画面

「こうした仕組みにより、生成AIの活用で課題となっているソースの問題をクリアしつつ、以前にはなかった詳細な解釈や追加説明を提供できるようになり、ユーザーと仏教対話AIとの円滑なコミュニケーションが可能となりました」(熊谷氏)

日本仏教の再興を目指す

 なぜ仏教対話AIの開発を始めたのか。「事の発端は、ある仏教関係者からの相談にあった」と熊谷氏は振り返る。

「10年ほど前、天台宗 青蓮院門跡(京都市東山区)の執事長・東伏見光晋さんから相談がありました。ご存じの通り、日本の仏教界というのはある意味、斜陽産業とも言える状態です。そんな中で、仏教界の行末を案じ、何とか再興の道を探れないかと相談に来られたのです」

 アイデアを練る中で、あるとき東伏見氏が、「AIと仏教で何かできないか」と持ちかけてきたという。

「AIは最先端技術である一方、仏教は2500年ほど前の哲学や思想です。この2つを融合させるのは難しく、実際に、仏教学者もお坊さんも手をつけていませんでした。しかし私たちは、誰もやっていないからこそ、やる価値があるだろうと考え、AIの専門家である古屋さんとともに取り組むことにしました。当初は、人工知能でブッダのインテリジェンス(知性)そのものを再現しようと持ちかけたのですが、古屋さんからは『現在の技術ではそれは難しい』と。ただ、『ブッダの説法を再現したチャットボットであれば作れる』ということで、ブッダボットの開発に着手したという経緯になります」(熊谷氏)

 熊谷氏は、「一般の人と仏教との距離が大きく開いていること」が日本の仏教界が抱える課題のひとつだと指摘する。例えば、敬虔な仏教徒が多いことで知られるブータンやチベット自治区であれば、人々は仏教の教えを深く理解したうえで、寺院に行ったり、葬式を執り行ったりするなど、仏教と日々の生活が密接にリンクしているという。しかし日本では、観光や葬式のときだけ寺に行くようなケースが多い。

「仏教の教えを聞きに行こうとお寺に行っても、お坊さんと直接話をする機会も少ないですし、お坊さん自身が仏教の教えを深く勉強できていない場合もあります。このため、日常の悩みに対して、なかなか仏教的な回答ができない状況があるのですね。そこで私たちは、AIチャットボットを使って、仏教と一般の人たちをコネクトしようと。そんなことを考えてブッダボットを作りました」(熊谷氏)

メンタルヘルスケアに活用も

 ブッダボットプラスは、具体的にどのような利用シーンが考えられるのだろう。熊谷氏はまず、「僧侶の説法の質向上や、コミュニケーション力向上に活用できる」と仏教界側の利用シーンをあげる。

「例えば、話はすごく得意だけど、仏教の知識があまりない人だと、ブッダの言葉をベースにした説法のアイデアを、ブッダボットプラスから得ることができます。一方、仏教の知識を持ち合わせているのに、話が得意ではない人であれば、ブッダボットプラスの回答から、自分の持っている知識をこういう風に話せば、現代の事象と結びつけられるんだ、といったことが学べます。こういった利用の仕方で、お坊さん自身のスキルを上げることができます」(熊谷氏)

 さらに、LGBTQや環境問題など仏教界でこれまで議論されることが少なかった問題についても、ブッダボットプラスを通じて、議論の糸口をつかめる可能性が高いという。

 では、世俗側の人はどう活用するのか。まず熊谷氏があげたのが、「日常的な悩みや迷いに対する行動の指針を示してもらうこと」だ。さらに古屋氏は、「実業界への応用も考えられる」と説明を加える。

テラバースの古屋氏
テラバースの古屋氏

「例えば、ブッダボットプラスを企業に導入していくことで、社員のメンタルヘルスの解決につなげられるのではないかと考えています。リモートワークの普及もあり、企業従業員の中には、悩みがあっても、上司などに相談する機会が減り、モヤモヤを解消できない人が増えています。そうしたときに、仏教など『伝統知』と呼ばれるもので、心の処方箋を提供するなどし、メンタルヘルスの維持に貢献できればと考えています」(古屋氏)

 さらにHR分野における活用を広げるため、例えば、企業創業者の経営哲学とブッダの哲学を融合したハイブリッド型チャットボットを開発し、経営理念の浸透に活用してもらうことも想定しており、「実際に企業との共同開発も進んでいる」(古屋氏)とのことだ。

 またAI以外にも、AR技術やメタバース、DAO(自律分散型組織)などの先端技術と仏教を融合したサービス開発の引き合いもあり、今後はそういった新たなプロダクトの開発にも注力するという。

 両氏が進める仏教と技術の融合が、「人の幸せ」につながることを期待したい。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。