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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.7】すでに到来、ロボットと働く時代

「すでに到来、ロボットと働く時代」イメージ図

「すでに到来、ロボットと働く時代」イメージ図

 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気が付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは「すでに到来、ロボットと働く時代」です。(聞き手・執筆:高口康太)

* * *

 人手不足が深刻化している。先日、ある人材派遣会社を取材したところ、「少し前は50歳を超えると再就職は難しかったですが、最近では普通です。若い人を採用したいと考えても、好条件を出せない中小企業では雇えない。しぶしぶではありますが、中高年を雇うように変わりつつあります」と話していた。

 身の回りでも人手不足を感じる。行きつけのカフェは夜になるとお酒を出してくれるので愛用していたが、コロナ禍に営業時間を短縮した後、今も夜営業を復活させていない。「人が採用できないから無理」なのだそうだ。

 社会的課題をビジネスチャンスとするのがスタートアップ企業だ。この人手不足にどのような取り組んでいるのだろうか。世界のスタートアップ事情に詳しい台湾の投資家、マット・チェン氏に話を聞いた。

※鄭博仁(マット・チェン)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・キャピタル)の創業パートナー。米国、中国を中心として世界各地のベンチャー企業に出資している。起業家時代から約20年にわたり第一線で活躍する有力投資家として、中国で「エンジェル投資家トップ10」に選出されるなど高く評価されている。

――日本の人手不足が深刻です。

 マット・チェン(以下、M):日本だけではなく、世界共通の現象です。ホテルにチェックインできる時間がどんどん遅くなっている、レストランの昼営業と夜営業の間の休憩が伸びている、宅配便の遅配が増えた……。人手不足の影響は世界に広がっています。どうにか労働力を確保しようと、賃金を引き上げたというニュースもありますね。

 米国物流大手UPSが今夏、労働組合と合意した労使協定では、フルタイムのトラックドライバーの給与と社会保障は年17万ドル(約2500万円)にまで上がりました。いくらアメリカの物価が高いからとはいえ、衝撃的な好待遇です。求人サイト・インディード米国版での「UPS」検索回数は発表後、前週比50%増に跳ね上がりました。

――日本だと、大胆な賃上げには踏み切れない企業が多いようです。

 ビザの発給要件を緩和し、海外の労働力を呼び込もうとしている国も多いですね。また、定年を延長することで高齢者に働いてもらうアプローチもあります。この面では日本がグローバルリーダーですね。Nikkei Asiaによると、日本企業の約4割が70歳を超えても働くことを認めています。この比率は10年前の2倍とのことです。日本の高齢者雇用はもともと政府の要請から始まって企業はしぶしぶ従っていたと聞きますが、今では企業も重要な戦力として期待するようになっています。

 こうした取り組みが続いていますが、人手不足はむしろ深刻化しています。米国のコンサルティング企業コーン・フェリーの報告書によると、2030年までに全世界で8500万人の労働力が不足すると推計しています。ドイツの総人口に匹敵する、膨大な数です。この人材不足がもたらす経済損失も甚大で、なんと年に8兆5000億ドル(約1270兆円)と推計しています。

クリーニング、バーテンダー、警備員…広がるロボット活用

――この人手不足、解決する手段はあるのでしょうか。

 テック企業、スタートアップ企業の多くがロボットこそが解決策になるとチャレンジしています。ロボットはまず製造業や物流倉庫で導入されるようになりましたが、近年では新たな分野への進出が目立ちます。

Pressoのクリーニングロボット(同社サイトより)
Pressoのクリーニングロボット(同社サイトより)

 たとえばクリーニングです。ともかく労働力が必要なビジネスなので、かつての米国では低賃金で働く中国系移民の仕事となっていたほどでした。ここにビジネスチャンスを見いだしたのが米国ハードウェア・スタートアップのPressoです。自動販売機のようなサイズのクリーニングロボットを開発しました。機械の中に衣服を設置すると、たった5分でクリーニングが完了します。洗浄工程を自動化するだけではなく、工場までの輸送も不要になるという意味でも省人化に大きく貢献できる技術です。

 米国ハードウェア・スタートアップのsidework(旧称はBackbar One)はバーテンダーロボットを開発しました。ボタンを押すと、お酒やシロップ、フルーツなどをコップ内に投入しカクテルを作ることができます。1時間に300杯以上も作れるという速度も魅力ですが、店員がレシピを知らなくても、ロボットを導入すれば本格的なカクテルを提供できるのが魅力です。

 スタートアップだけではありません。韓国通信キャリア・SKテレコム傘下の警備会社は自動運転ロボットを開発し、すでに実証実験にまでたどりついています。掃除ロボットを一回り大きくしたようなサイズですが、自動運転で巡回し、異常はないかを確認します。

――巡回ロボットは中国でもよく見かけました。動く監視カメラみたいなイメージですね。

 もうちょっと未来的なデザイン、すなわち人型ロボットの開発も進んでいます。EV(電気自動車)大手テスラ、中国スマートフォンメーカーのシャオミなど大手メーカーが取り組んでいるほか、米国EC(電子商取引)大手アマゾンはなんと今年10月から実証実験を始めました。

――人型ロボットは技術的に難しそうですが、無理に作る必要はあるのでしょうか。

 たとえば倉庫の場合ですと、最初からロボットアームやAGV(無人搬送車)を大々的に活用することを前提に設計されていれば、人型ロボットの出番はないでしょう。しかし、既存の倉庫をすべて建て替えるのは難しい。人型ロボットならば、人間が生活し、働いている空間で活躍することが期待できます。

 米投資銀行ゴールドマン・サックスは人型ロボットの市場規模は今後10~15年で60億ドル(約8900億円)以上に拡大すると予測しています。

ベスト発明賞受賞の小売ロボット

 人手不足で大きなダメージを受けている業界の一つが小売です。人手が必要な業務は多岐にわたります。他の業務に時間を取られているうちに、ついつい店内のチェックを怠って棚が空っぽになってしまう……。よくある話ですが、CNBCニュースの報道によると、その機会損失は米国だけで、なんと年間820億ドル(約12兆円)に上ると推計されています。

 この課題解決に取り組むSimbe Roboticsのロボット「Tally」はユニークです。清掃ロボットの上に柱を立てたような格好をしていますが、店内を巡回してまわり、棚に並んでいる商品数を速やかに確認します。カメラ映像の画像認識、無線タグ(RFID)などがここで用いられています。棚が空になりそう、あるいは商品が間違った場所に置かれていた場合にはただちに人間のスタッフにメッセージを送ります。

Simbe Roboticsの「Tally」(同社リリースより)
Simbe Roboticsの「Tally」(同社リリースより)

――人間の代わりに品出ししてくれるわけではないのですね。残念。

 そうしたロボットの開発はまだまだ難しいのですが、シンプルさにはメリットがあります。店内の地図や棚にどんな商品が置かれているかを入力するだけで、Tallyはすぐに使えるようになるのです。Simbe Roboticsによると、一般的な店舗ではわずか半日で導入作業が完了します。いったん稼働させれば、1日に3回店内を巡回し、在庫を確認してくれるのです。

 また、彼らのソリューションは商品棚の位置によって売れ筋がどう変わるのかといった、ビジネスインサイトも提供します。従来はベテランスタッフの経験と勘に頼っていた商品配置がデータに基づいて計画できるようになるのです。同社によると、そのソリューション導入によって在庫切れの頻度は20%減少し販売額が2%上昇することが期待できるとのことです。BJ’s ホールセール・クラブ・ホールディングス、スパルタンナッシュなど米国、欧州、中東の12社以上の小売チェーンが採用。米誌『TIME』が選ぶ2023年度ベスト発明賞を受賞しています。

中国、2025年に人型ロボットを量産へ

――想像していたよりも、ロボットは実用化されているのですね。

 10月20日、中国工業情報化部は「人型ロボットイノベーション発展指導意見」を公布しました。人型ロボットは「AI、先端製造、新材料など先進技術の結晶であり、コンピューター、スマートフォン、新エネルギー車(NEV、電気自動車とプラグインハイブリッド、水素燃料電池車を総称した中国独自のカテゴリ)に次ぐ破壊的イノベーションであり、人類の生産生活方式を大きく変え、世界の産業発展の構造を再編することが期待される」と評価しています。その上で技術開発を進め、2025年には量産を実現するとの文言もあります。

――2025年に量産!?

 本当に実現できるかどうかは今後にかかっていますが、ロボットの大脳にあたるAIの急速な発展など要素技術で大きな突破があることも事実です。ロボットとともに暮らし、働く世界はもはや夢物語ではないのです。

 それがどんな社会になるのか、どんな空間になるのかを考えることは重要です。韓国IT大手ネイバーはソウル市に新社屋「1784」を建設しましたが、世界初のロボットフレンドリーなオフィスビルとして設計されました。約100台のロボットが稼働し、小包やコーヒーを運ぶといった仕事をこなしています。ロボットが活動しやすいように、専用のエレベーターを設置する、階段や急なスロープを減らすといった工夫がなされています。

 そう遠くない将来、ありとあらゆる場所、産業でロボットが使われるようになるはず。それがどんな社会、どんな街、どんなオフィス、どんな家になるのか、それを考えて決めるのが今の私たちの仕事なのでしょう。

* * *

「ロボットは未来の夢」だとばかり思っていたが、気づけばまもなく実現する未来になっている。レストランの配送ロボットも日本でよく見かけるようになった。導入当初は物珍しかったが、今ではほとんどの人が当たり前の存在として受け入れるようになっている。

 パソコンやスマートフォンの利用が前提となると、それにあわせて仕事や生活が変わったように、ロボットを前提とした空間やマインドセットの変化が求められるのではないか。

 先日、ある中国ロボットメーカーの日本支社長から「なぜ日本のホテルに配送ロボットが普及しないか」との話を聞いた。中国ではすでに当たり前の存在で、宅配便からルームサービスまでたいていのものは部屋に運んできてくれる。これを可能としたのはエレベーター会社との連携だという。ロボットがエレベーターに乗るためには、ソフトウェアを連携させる必要がある。日本ではエレベーター会社が消極的で、この課題がクリアされていないのだとか。

 人型ロボットのように、人間のための空間で働けるロボットの開発も重要ならば、ロボットのための空間の改造も重要となる。この双方のアプローチをどう組み合わせるのか、マットさんの言うとおり、人間のアイデアが求められている。

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ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。