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ホリデーショッピング・シーズンの米国小売業にも押し寄せる生成AIの波紋

ホリデーショッピングで盛り上がるモール

ホリデーショッピングで盛り上がるモール

 12月のニューヨークの街はホリデーショッピング・シーズン本番だ。目抜き通りの5番街などは観光客や買い物客であふれかえっているが、多くの家庭は物価高の影響で食料品や衣類など日常品の出費を抑えるのに必死で、財布のヒモは固い。そのような中、アメリカではAIを使ってホリデーショッピングの効率化を図ろうとする取り組みが話題となっている。

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 アメリカのショッピングモールを運営する会社Simon(サイモン)は、11月末のブラックフライデーを皮切りに、ニューヨークとロサンゼルスのモールで「HolidAI(ホリデーAI)」を導入し、買い物客の動員に力を入れている。

 モール内では「ヘルパー・エルフ」と呼ばれるスタッフたちが、OpenAIの開発した生成AIの最新バージョンであるChatGPT 4.0を使ったHolidAIと呼ばれるアプリを搭載したタブレットを持ち歩き、さまざまな買い物客の要望に合わせた「ホリデーギフト・アイディア」を提案する。さっそく筆者もニューヨークにあるモールを訪れ、実際にHolidAIを試してみた。

モール内のヘルパー・エルフ
モール内のヘルパー・エルフ

 まずは、タブレット上でプレゼントを贈りたい相手の年齢と性別を入力すると、3つの簡単な質問が表示される。筆者の場合「40歳男性」と入力すると、「プレゼントを贈る相手の好きなものは、1)ジムで運動をすること、2)キャンプやハイキングなどの野外活動、3)スーツとネクタイなどのファッション、4)それ以外」との選択肢が出てきた。「ジムで運動」を選ぶと、続いて「ランニングなどの活発な運動」か「ヨガなどのリラックスした運動」などの新たな選択肢が与えられる。

HolidAIを搭載したタブレット
HolidAIを搭載したタブレット

 選択した答えに関連した質問がいくつか続くと、今おすすめのスマートウォッチとワイアレス・イヤホン、ランニング・シューズの3つの商品が出てきた。これらすべての商品はモール内で販売されており、値段などの商品情報や店舗情報などもひと目で分かる仕組みだ。これらすべての工程に、ものの3分もかからなかった。

 スタッフによると、これ以外にもさまざまな質問項目がAIによってランダムに選ばれてタブレット上に表示され、贈り物のアイディアで悩む買い物客の手助けをしてくれるという。

 リアルの店舗とAIを組み合わせたこのHolidAIは、実用性よりも話題作りのためといった感が強いが、AIを使ったホリデーショッピングの主戦場はむしろオンラインで、多くのEC企業がAIを導入している。

AIを使ったオンライン・ショッピングへの取り組み

 コロナ禍で自宅からのオンライン・ショッピングに慣れた消費者が急増したが、実際の商品を手にとって見ることができないため、他の利用者が投稿する「カスタマー・レビュー」にお世話になっている人も少なくないだろう。

 そんな商品レビューを生成AIで自動要約する機能を、アマゾンは8月に発表している。人気商品であればあるほど多数の口コミが付き判断に迷うが、認定済みの投稿者によるレビューに多く共通するキーワードなどをAIが探し出し、その商品のいい点や悪い点などを読みやすいように数行にまとめてユーザーに提供する機能である。

アマゾンのレビュー自動要約AI機能
アマゾンのレビュー自動要約AI機能

 生成AIで作成されたレビュー下には「カスタマー・レビューに基づきAIで作成されました」という注意書きが表示される。さらに「品質」「値段」「使いやすさ」などのトピックに分かれたボタンをクリックすると、それぞれのトピックに沿ってAIが作成したレビュー要約も読むことができる。

 また、同社が11月に発表したところでは、カスタマー・レビューの真偽を判断するために機械学習(ML)を使用して、投稿者のアカウント・プロフィールやレビューの履歴、サイト上での過去の活動など、いくつものデータポイントを分析することでレビューの信ぴょう性を評価し、「Fake(ウソ、ニセモノ)」と判断した場合には削除作業を行っている。ちなみにアマゾンによると、昨年はニセモノとみられるレビューが世界中で200万件以上も見つかったとのことである。

 一方で、グーグルは5月にAIを使った検索の新機能として「生成AIによる検索体験(SGE = Search Generative Experience)」の試験運用を開始している。この機能を利用してホリデー・ギフトのアイディアを提供している。

 たとえば検索バーに英語で「70歳以上の両親へのクリスマス・ギフト用アイディア」と入力すると、本・パズル・時計・毛布など20以上のカテゴリーが表示され、クリックするとそれぞれのカテゴリーでおすすめの商品が掲載されているページに飛ばされる。(※注 著者は米国在住で、検索は英語で行なっている。同じ検索を日本語でも試してみたが、日本語版SGEでは同じようには機能しなかった。)

グーグルのバーチャル試着AI機能
グーグルのバーチャル試着AI機能

 また、グーグルはAIを使って「バーチャル試着機能」も提供している。さまざまなサイズや人種の違ったバーチャル・モデルを使って、衣類品をオンライン上で試着できる仕組みだ。

 同社によると、80名の実際のモデル(男女各40名ずつ)の画像を使って、XS・S・M・L・XLなどの異なったサイズ、さらにアジア系・白人・黒人など多様な人種のモデルをオンライン上で選ぶことができ、そのモデルに選んだセーターやシャツなどをバーチャルで試着させることができる。また、同じ商品でも色違いのものも試すことができ、さらに値段などの詳細情報も提示される。

 現在のところ、この機能が使用できるのはアメリカにおけるグーグル・アプリ上だけで、同社と提携しているH&Mなど一部のアパレル店の商品に限られているが、対象商品の上には「Try-on(お試し)」というボタンが表示され、衣料品をプレゼントする場合には、贈る相手のサイズ感や肌の色に合わせてイメージをしやすくするのが目的である。

AIガバナンスが最重要課題

 アマゾンやグーグルなどの大手IT企業以外にも、アパレルや小売業など多くの企業がAIを使ってオンライン上における買い物の効率化を図っており、オンライン・ショッピングのAI化は急速に進んでいる。一方で、アマゾンのAIによるレビュー自動要約機能は「ネガティブなものに偏っている」という批判なども聞かれ、さらに顧客の個人情報へのアクセスなどプライバシー問題も不安の種となっている。

 筆者の訪れたショッピングモールでも、買い物客に話を聞くと「(AIは)怖いと感じる」「気味が悪い」といった意見が聞かれた。

AIには懐疑的なマリアさん
AIには懐疑的なマリアさん

 ニューヨーク在住のマリアさん(38)は「(AIについては)ネガティブなことばかり耳にするし、個人情報を吸い取られるようで気味が悪いわ」と語った。

 また、別の高校生の買い物客も「(買い物に使った)クレジットカードなどから情報が盗まれるんじゃないかと、ちょっと信用できない」とAIに対する不信感をあらわにした。

 こうした消費者からのAIに関する不安の声を受けて、NRF(National Retail Federation 全米小売協会)はブラックフライデー前の11月13日に、AI使用に関するガイドラインを発表した。

 「小売業におけるAI活用のための原則」とするガイドラインのなかで、NRFは以下の4つの原則を提唱している。

1.「ガバナンスとリスク管理」

小売業者はAIが起こしうるリスクの管理とAIの役割を明確化するために、社内における強力なAIガバナンスを確立すべきである

2.「顧客エンゲージメントと信頼」

小売業者はAIがどのように使われているのか透明性を確保し、一部の顧客だけに有利にはたらき他の顧客を違法に差別しないように、プライバシー、サイバーセキュリティー、そしてデータに関する自社のポリシーに沿って、顧客の安全を守るためセーフガードを確立させるべきである

3.「労働力における用途と利用」

小売業者はAIが労働者や労働プロセスに直接影響する場合には、そのAIの用途を常に監視し見直すことをおこたるべきでない

4.「ビジネスパートナーの説明責任」

小売業者は第3者であるビジネスパートナーからのAIツールやデータ、サービスなどを使用する場合には、明確なガイドラインとルールを確立すべきである

 NRFによるとこれら4つの原則は、小売業界内におけるAIガバナンスと戦略プランの作成を支援するのが目的だとし、さらに適切かつ効果的なAIガバナンスを奨励し、消費者の信頼を築き、そしてAI技術のさらなるイノベーションと有益な利用を促進するためだとしている。

 また、同協会は今後数カ月間にわたり小売業界内で急速に広まるAIの発展に応じて、関連レポートや新たなガイドラインを発表する予定である。

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 今年は、「生成AIブーム」とでもいうべき1年間であった。しかし「AI先進国」のアメリカにおいても、一般の人々に話を聞くとまだ「AIは怖い」とか「AIはよく分からない」といった声も多く聞かれるのが現状である。AI技術が急速に進化するなかで、国際機関や政府だけではなく、今後それぞれの企業も独自のAIガバナンスを確立し、明確にして行くことが最重要課題であるのは間違いないだろう。

Written by
ニューヨーク在住フリージャーナリスト。米首都ワシントンのアメリカン大学国際関係学科を卒業後、現地NGOジャーナリスト国際センター(ICFJ)に勤務。その後TBSニューヨーク支局での報道ディレクターの経験を経て、現在フリージャーナリストとして日本とアメリカで活動中。東京都出身。