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児童相談所のお手伝い AIは何ができるか その効果は

「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」の開発が進められている(画像はイメージです)

「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」の開発が進められている(画像はイメージです)

 近年、児童相談所への児童虐待の相談件数が増え、職員の負担が増大している。その一方で、定年退職や部署異動により、ベテラン職員が減少し、新人や経験の少ない職員へのノウハウや知見の継承が課題となっている。また、児童相談所では、電話の受付内容や面談記録などを書き起こす作業が頻繁に発生し、職員が本来注力すべき、親子への支援業務の妨げになるケースも少なくない。

 こうした課題の解決にAI(人工知能)を活用する動きがある。そのひとつが、日本電気株式会社(以下、NEC)が静岡市とともに開発している「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」(正式名称:初動対応支援AIシステム)だ。

 児童相談所では、児童虐待の通告があった際に、48時間以内に子どもの一時保護などを判断する「初期対応」を行う必要がある。「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」は、この初期対応をサポートするもので、2022年12月から2023年3月に静岡市の児童相談所において実施された実証実験では、職員の対応の質が約54%向上したことや、約33%の業務時間削減を実現したという。

 同システムの仕組みや展望について、NECデジタル・ガバメント推進統括部の島崎吉継氏と、NECソリューションイノベータ株式会社(東京都江東区)公共住民DXソリューション事業部の井上俊輔氏に話を聞いた。

ベテランに支援してもらっているような感覚

NECの島崎氏(左)と、NECソリューションイノベータの井上氏(右)(画像提要:NEC)

 島崎氏によると、児童相談所が抱える課題は、定年退職や人事異動によってベテラン職員が減ってしまうことによる「ノウハウ定着の難しさ」と、児童虐待という複雑な社会課題に対する「対応の難しさ」、そして、面談業務などで文字起こしが多発する「記録作業の多さ」の3つに集約されるという。

 こうした課題に対して、「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」では、まずAIがベテラン職員のノウハウを学習・蓄積したうえで、職員が相談対応する際に類似事例や有益な情報を提示するほか、AIが音声を文字化することによって、「業務の迅速・効率化」や「対応の質向上」を促す。

「AIというと、こういう対応をしなさいといった『完全な答えを出すもの』というイメージを持たれがちだと思います。しかし、私たちが開発しているAIシステムはそういったものではなく、職員が適切な判断をするために必要な情報を提供することがコンセプトのひとつになっています。いわば、対応者の想像力をかきたてることで気づきを与えるような、そんなAIシステムになっています」(島崎氏)

「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」の全体イメージ(画像提要:NEC)

 AIが面談時などの音声を文字化し「業務を迅速・効率化」することはイメージしやすい。しかし、もうひとつの、初期対応において気づきを与え「対応の質を向上する」ことは、具体的にどう実現するのだろう。

 井上氏によると、一般的な児童相談所における初期対応の流れはこうだ。まず児童虐待の通告を受けた職員は、通告内容や虐待内容を記録しながら、過去にも(同じ子どもに対する)虐待の通告があったかどうかを、自治体が保有するデータベースなどで確認する。

「そこから、今後どのように調査していくかの方針を決めるのですが、その際にベテラン職員から、過去の類似事例を提示してもらったり、重点的に調査すべきポイントや調査方針についてアドバイスをもらったりするケースが多いと聞いています」(井上氏)

 さらにここから、子ども本人や保護者との面談、保育園・学校からの聞き取り調査を行うなどしてリスクを明らかにしたうえで、最終的に「48時間以内に子どもの安全確認を行い、(一時保護するかどうかの判断を含む)今後の対応方針を決めていく」とのことだ。

「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」のユーザーは、この一般的な初期対応の流れに沿って、通告内容や虐待内容などの情報を入力していくことになる。その際、画面上の一区画(下図参照)にAIの分析結果が表示されようになっており、ここの内容が、情報を入力するたびに自動更新する仕組みになっている。

 この自動更新する内容には、「過去の類似事例」や、不明のまま放置しておくと子どものリスクが高まる「重点調査項目」が含まれており、これらに目を通すことで、「まるでベテラン職員に隣でサポートしてもらっているような感覚」で業務を進められるという。

「AIが提示する情報を随時参照しながら、初期対応を進めていくことで、若手職員の心理的負担も減り、『対応の質向上』につながるものと我々は確信しています」(井上氏)

赤枠箇所に、AIの分析結果が表示される。職員がその内容を参照しながら調査方針などを決めることで、初期対応の“質向上”を促すという(画像提供:NEC ※一部筆者が編集)

全国の児童相談所や関係機関への普及を目指す

 井上氏や島崎氏らは、どのような経緯で「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」を開発するに至ったのだろう。

 井上氏は、主に自治体の課題解決を促すソリューションを開発する部署に所属しているが、その中で4年前に、「児童虐待に対してもアプローチできないか」と考え、自治体へのヒアリングを開始したという。

「ヒアリングを続けるうちに、児童虐待の件数増加により、職員の負担が増大していることがわかりました。これ対してAIで何か支援できないかと考えたのが、本システム開発のきっかけです」(井上氏)

 井上氏らは、開発を進めながら、実証実験に協力してくれる自治体を探したが、どこも忙しく、なかなか協力を得られなかった。そんな中で、手を挙げてくれたのが静岡市だったという。

「静岡市さんには、比較的若手の職員さんが多かったのですね。経験年数が少ないため、対応に不安を持っている職員さんが多いということで、話が進み、一緒に実証実験をさせていただくことになりました」(井上氏)

 2022年12月から2023年3月まで、NECとNECソリューションイノベータ、静岡市の3者は、職員の業務支援に「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」を活用する実証実験を行なった。具体的には、通告が多い「身体的虐待」「精神的虐待」「ネグレクト」について、それぞれ模擬のケースを用意し、AIシステムを使うグループと使わないグループで、対応を比較検証したという。

「その結果、AIシステムを活用したグループは、対応の質が約54%向上したほか、記録業務も約33%効率化しました。さらに、この実証をして非常に良かったのは、職員の皆さんから『(実際にはいないのに)隣にベテラン職員がいるかのように思えた』という声や、『簡単にシステムを使うことができた』といった声が多く寄せられたことです。職員の心理的負担を大幅に減らせる可能性を見出せたというわけです」(島崎氏)

 静岡市では、市の児童相談所で、2024年4月より「児童相談所の業務をサポートするAIシステム」の運用を開始する。井上氏と島崎氏は、今後は全国の児童相談所への普及を目指すほか、家庭児童相談室など関係機関へのアプローチも積極的に進めていくという。

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