現在、量子コンピューターは、実用化・産業化を目指して世界各国で研究開発が進められているが、それに伴い、量子技術を社会実装する動きも見られるようになってきた。
2023年12月8日、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が主催する「量子コンピューティング技術シンポジウム2023」が開催された。量子コンピューティングの最新動向や研究、ユースケースが紹介される中で、大きな注目を集めていたのが、NEXT Logistics Japan 株式会社(以下、NLJ)代表取締役社長CEO・梅村幸生氏が発表した、物流業界における量子アニーリングマシンの活用事例だ。
「皆で運ぶ、物流の未来 ~世界初の量子コンピューターを使用した物流最適化ソリューションシステム『NeLOSS』を使って、物流課題解決を目指す、NLJ活動の現状と将来~」と題した同講演では、トラックドライバーの時間外労働時間が規制され物が運べなくなる「2024年問題」などに対応するため、量子アニーリングマシンを活用してトラックの積載率を向上する取り組みが紹介された。
想像以上に深刻な「2024年問題」
冒頭、梅村氏は「2024年問題」と言われる物流業界の問題が、日本経済全体にとって、いかに深刻な問題であるかを示した。
梅村氏によると、現在日本の物流の90%以上がトラック輸送に頼っているが、このトラック輸送が、「ドライバー不足によって、物が運べなくなる時代が目の前にせまっている」という。
その主な要因は「2024年問題」だ。これは、働き方改革法案によって、従来規制がなかったトラックドライバーの労働時間が、2024年4月から、年間の時間外労働時間の上限が960時間に規制されることで起こる問題で、2024年には日本の貨物輸送量のうち約2割が、そして、2030年には約3割が運べなくなる可能性が高いという。
「2024年問題」自体はよく知られているが、「実は多くの人にこの問題の深刻さが伝わっていない」と梅村氏は語気を強める。例えば、「物が届かなくなる」と言われると、我々が抱きがちなのは、「Eコマースで頼んだ商品が自宅に届く時間が遅くなる」といったイメージだろう。しかし、問題の核心はそこではないという。
「日本の物流の実は9割が『企業物流』と呼ばれるものです。これは(Eコマースなどの)商品を届ける前の段階。商品を作るための材料であったり、またその商品を店舗に届けたりするところで発生する物流のことです。この段階で物が届かないということが発生すると、皆さんの手元に届ける前に、“商品そのものが作れない”という深刻な問題が起こります。これは、日本の経済にとって、非常に大きなインパクトのある問題だとご理解いただければと思います」(梅村氏)
トラックドライバーの人数を増やして対応すればよいのではないかと思われるかもしれないが、そう簡単な問題ではない。トラック輸送の業界は、「労働時間が長く、給料が安い」悪環境にあり、人が集まらない状況にあるという。
ではなぜ「労働時間が長く、給料が安い」のか。梅村氏は「生産性が非常に低いから」だと指摘する。
「皆さんは街中を走っているトラックがどれくらい荷物を運んでいるかご存じでしょうか。実はこれ統計が出ていまして、(平均)38.4%だと言われています。逆を言えば、6割が空気を運んでいるという状況です。非常にもったいない、生産性の低い状態で走っているというわけです。(中略)こうしたところを何とかしないと、この課題は解決しません」
「荷物の混載」「トラックシェア」で生産率向上へ
梅村氏が代表を務めるNLJは、トヨタグループが2018年に設立した会社で、CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)と呼ばれる自動車周りの新技術を活用して、物流業界などの課題解決に取り組んでいる。
同社が「ステップ1」として進めているのが、トラックの荷台の部分だけを2つ連結し、一人のドライバーで2台分の荷物が運べる「ダブル連結トラック」の活用だ。さらにここに、食品、飲料、自動車部品など、さまざまな「異業種(別会社)の荷物を混載する」ことで、トラックの積載率を高め、生産性を上げる取り組みを進めている。
梅村氏によると、従来の物流ではこうした「異業種の荷物の混載」はほとんど行われていない。例えば、トヨタ自動車の部品はトヨタ輸送で、アサヒ飲料の飲料はアサヒロジスティクスが運ぶというように、それぞれが子会社を持ち、そこのトラックを使って物を運んでいる。これが、積載率の低下の大きな要因になっているという。
そこで梅村氏らは、取り組みに賛同する企業のさまざまな荷物を組み合わせ、電車のようにダイヤグラムを組んだうえで、ダブル連結トラックを走らせることで、「積載率を徹底的に上げていこう」としている。
「先ほど世の中のトラックの積載率が38%と申しあげたのに対して、私どもは、約65%の積載率を実現し、最近では、8割、9割にまで増えています」(梅村氏)
さらに、梅村氏らの取り組みで興味深いのが、荷室だけでなく、物流業者同士で「トラックとドライバーもシェア」することで、運転者の負担を減らしつつ、トラックの稼働率も高めていることだ。
例えば、関東から関西へ荷物を運ぶトラックがあったとする。従来であれば、1日かけて関西へ行き、そこで荷を下ろして一泊し、関東へ帰ってくる流れになるだろう。これを、A社のドライバーが関東の営業所から出発し、中部地方の拠点で、反対に関西から関東へ向けて荷物を運んできたB社のドライバーと運転するトラックを交代する。これにより、両社のドライバーはそれぞれの出発地に日帰りで戻りながらも、荷物は目的地に届けられるようになる。
「このようにトラックをリレーしていく方式にすることで、短時間の日帰り運行が可能になります。そして、従来のようにトラック(会社)とドライバーを紐付けせず、フリーにすることで、トラックとドライバーを遊ばせない(空荷にしない)。こういった取り組みを行っています」
手作業で数時間が「約40秒」に
こうした取り組みを進めるうえで、特に難く、かつ重要なポイントとなるのが、「最適な組み合わせ」を見つけることであり、「ここに量子コンピューターが生きている」と梅村氏は強調する。
NLJでは、D-WAVE社の量子アニーリングマシンを活用した「NeLOSS(ネロス)」という自動割付・積付システムを開発。さまざまな荷物を、どのトラックの、どの荷室に、どのような荷姿で積み込むと、最も積載効率が高まるのかを算出し、実際の運用に活用しているという。
梅村氏によると、従来こうした作業は「配車マン」と呼ばれる物流会社内のベテラン社員が長年の経験と勘をもとに、数時間かけて行っていたが、「NeLOSS」導入後は、わずか「40秒」で行えるようになったという。
「これを、昨年(2022年)7月から実装しており、(現在は)毎日このシステムを使って積載効率のいい状態を作り出し、配車を行っています」(梅村氏)
ちなみに同様の配車作業を従来のコンピューターで行おうとすると、あまりにも変数が多く、「(理屈上)1万時間以上かかる」ことがわかり、断念した経緯もあるとのことだ。
現在NLJではダブル連結トラックを11台保有し、「NeLOSS」による配車を関東関西間のトラック運行に用いているが、今後は日本中で使ってもらえるよう「オープン化」も予定しているという。
「これで日本中、例えば、北陸で、九州で、いろんなところで積み合わせをして効率よく運ぶということに、このシステムが資すればいいなと考えています」(梅村氏)
さらに、トラック輸送だけでなく、鉄道や船といった“別モード”とも接続し、「さまざまなモードを組み合わせたマルチモーダルなシステムにしていくことも見据えている」とのこと。
「私どもは、物流の無駄を見える化し、ダブル連結トラックのような一人で2台分運べるトラックを使い、みんなで一緒に荷物を運ぶことによって、物流の生産性を徹底的に上げていくことを目指しています。そして、この生産性を上げた分を、物流費の低減ではなく、私どもとしては、トラックドライバーに還元したいと思っています。人手不足の根源は、やはり条件の悪さですので、これを向上していくことで、(人手不足を解消し)トラック輸送をサステナブルなものにすることが目的です」(梅村氏)
完全な量子コンピューターの完成までには、まだ時間がかかると言われている。しかし、そこに辿り着く前の段階であっても、社会課題の解決に量子技術を活用することはできる。そんな可能性を感じられる事例と言えるだろう。