サイトアイコン DG Lab Haus

航空機の整備計画が10分で完成 航空業界における量子コンピューター活用事例

航空機整備の現場においても量子コンピューターの活用が始まっている(画像はイメージです)

航空機整備の現場においても量子コンピューターの活用が始まっている(画像はイメージです)

 量子コンピューターの研究開発が世界中で進められている一方で、量子技術を社会実装する動きも見られるようになってきた。

 2023年12月8日、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が主催する「量子コンピューティング技術シンポジウム2023」が開催された。その中で、株式会社JALエンジニアリング (東京都大田区)ITデジタル推進部の東島誠氏が登壇。「量子コンピューティング技術を活用した航空機運航整備計画の最適化」と題した講演を行い、同社における量子コンピューター(量子アニーリングマシン)の活用事例を紹介した。

定例整備作業の最適化が出発点

登壇中の東島氏

 JALエンジニアリングは、航空機の整備を担う航空機整備会社だ。東島氏によると、同社では、運航阻害0件、運航中の不具合0件、定時出発率100%を目指す「0-0-100」というビジョンを掲げ、これまでの、航空機が「壊れたら直す」整備から、「壊れる前に直す」整備へと転換しようしている。そのために、航空機に使われるさまざまなセンサーから得られるデータを活用した「航空機の故障予測」や、「整備士の五感デジタル化」などの取り組みを進めているが、「ひとつ大きな壁がある」という。

「故障が起きる手前で部品を交換したいのですが、日々の定例整備作業で手一杯になってしまい、やりたくても行動に移せないということが、大きな問題になっていました。この定例作業を最適化できれば、事前に手を打つ余裕が生まれ、当社のビジョンである『0-0-100』に近づけるのではないかというのが、最初の出発点でした」(東島氏)

整備計画はベテラン14名がかり

 では、JALエンジニアリングでは、どのように定例の整備作業を計画していたのだろう。

 東島氏はまず、整備マニュアルで「500飛行時間ごとに整備をしなければならない」と定められた要件について、「これは絶対(守らなければならないこと)」だと説明する。ただし、実際に整備計画を立てるときには、不測の事態に備え、たとえば400飛行時間ごとに整備を行うなど、余裕を持って計画を立てるという。

整備計画はベテランの仕事(画像はイメージ)

「となると、たとえばトータル2000時間で見ると、(500飛行時間ごとに行うのに比べ)整備回数が増えてしまいます。こういうことがたくさん起こっているために、日々の定例作業で手一杯になってしまう状況があります。そのため、どこまで余裕を持つべきか。450時間ごとなのか。490時間ごとなのか。こういったことを見つけていくのが、我々の整備計画(の最適化)ということになります」(東島氏)

 飛行時間以外にも、整備計画を立てる際に考慮しなければならない要素は多数あるという。たとえば、JALグループの運航便の数は、1日約1000便あり、当然ながら空を飛んでいるときには整備ができない。また、整備項目自体は毎月2万件ほどあり、項目ごとに整備にかかる時間が異なるうえ、整備士や格納庫の数など、さまざまな制約もあり、これらを全て踏まえたうえで最適な計画を立てる必要があるとのことだ。

「これをどのような方法でやるのか。(現状では)14人のベテランが、長年のノウハウと経験を駆使して、全て手動で計画を立てています。逆に言えば、手動でないと計画ができないといった状況です」

 具体的には、整備項目や航空機が一覧(ガントチャート)になった整備計画システムを用いて計画を立てているとのこと。システムがあるのであれば、RPA(Robotic Process Automation)などを用いて、作業の一部を自動化することも考えられるだろう。実際に東島氏らも自動化を試みたが、「24時間経っても終わらない」ことがわかり、利用をあきらめた経緯もあるという。

わずか10分で整備計画が立てられるように

 2018年、JALグループ内に、社内外の知見を集めて社会課題の解決に取り組むための活動拠点、JAL Innovation Labが開設された。これが、東島氏らの取り組みの転機となる。

 ラボのメンバーが、量子コンピューターのソフトウェア開発を手掛ける株式会社A*QUANTUM(エー・スター・クォンタム、東京都港区)を東島氏らに紹介し、整備計画の立案に量子コンピューターを活用する試みが始まったのだ。

 まず東島氏らがベテラン14人に、整備計画を立てる際のノウハウや制約をヒアリングし、これをデータ化する。このデータ化したものをA*QUANTUM側に渡し、数式化したうえで、量子コンピューターで解いてもらう。さらにこの仕組みを業務アプリに落とし込んでもらったという。

「その結果を我々が検証し、あるKPI(目標値)に達したところで終了です。達しなかった場合、何が悪かったのかを、ひとつ一つ課題を特定して、課題を解決できるノウハウ・制約を作り直し、再び数式化してもらう。これをぐるぐる回していくわけです。いわゆるアジャイル開発みたいなやり方で、ずっと(開発)してきました」(東島氏)

 東島氏らが最初の実証実験を行なったのは2021年だ。このときには、本来1カ月分の計画を立てるところを、2週間に限定したほか、全空港で計画を立てるところを羽田空港のみに限定するなど、「かなり緩い条件」で実証を行なったという。

「結果は、初心者レベル。新入社員にちょっと毛が生えたレベルでしか、整備計画は作れませんでした。それくらい(ベテランの)ノウハウをデータ化するのは難しかったのです」

 そして、2度目の実証実験は2022年に行われた。

「この時は、現実に即した全ての制約条件のもとで検証をしました。ここ(のプロセス)が長くて、非常に辛い道のりだったのですが、ぐるぐるとアジャイルを回した結果、ベテランと同等の計画を立てられるようになりました」

 2度目の実証実験の良好な結果を受け、JALエンジニアリングでは、正式な開発・業務実装を決定。2023年7月から11月にかけ、本格開発のフェイズ1が実施され、ベテランが持つ全てのノウハウや制約条件をデータ化し、業務アプリが開発された。

 その結果、さまざまな制約条件を業務アプリにインプットすれば、量子コンピューターで回答が得られ、「わずか10分ほどで1カ月分の最適な計画が立てられるようになった」とのこと。

 2024年1月からは、開発のフェイズ2が行われる予定だという。このフェイズでは、整備期限までの余裕率(500飛行時間の期限までどれくらい余裕を持って整備するのか)や工数計画などをユーザーが変更できるようにし、オペレーション状況を踏まえたうえで、ユーザーが最適な計画を選べるような仕組みを構築していくとのことだ。

* * *

 講演の最後に東島氏は、本プロジェクトで得られた“学び”として、量子コンピューティング技術の社会実装には、「相当の覚悟と意思が必要」であり、何より「本気で課題を解決したいと思うこと」が重要だと述べた。近年、量子コンピューターなどの新技術の導入を試みる企業や団体は増えているものの、「PoC(実証実験)倒れ」となるケースも少なくない。東島氏の言う“覚悟と意思”こそが、量子技術の活用事例を増やすために必要な要素のひとつなのかもしれない。

モバイルバージョンを終了