連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気が付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは「8秒間の争奪戦、マイクロコンテンツに商機あり」です。(聞き手・執筆:高口康太)
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ネットフリックスなど動画配信サイトには、見たいと思う映画はたくさんあるが、2時間あまり集中して鑑賞する気力がわかない。というわけで、動画を見るにしてもユーチューブなどお手軽に消費できるコンテンツを選んでしまうし、倍速再生やスキップして面白そうな部分だけを見てしまう。
こうした傾向は筆者だけのものではないらしい。日本のメディアでは最近、「タイパ」(タイムパフォーマンス)という言葉を多く見かけるようになった。特にZ世代(1990年代後半から2010年代前半生まれの世代)を中心として時間効率が優先される傾向が強まっているのだという。これは日本だけの傾向ではなく、英語圏でも”Speed Watching”という表現がある。
よりお手軽に、より短時間で……。というトレンドは新たなビジネスを生み出しつつある。新たなタイパ・ビジネスの台頭について、世界のスタートアップ事情に詳しい台湾の投資家、マット・チェン氏に話を聞いた。
※鄭博仁(マット・チェン)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・キャピタル)の創業パートナー。米国、中国を中心として世界各地のベンチャー企業に出資している。起業家時代から約20年にわたり第一線で活躍する有力投資家として、中国で「エンジェル投資家トップ10」に選出されるなど高く評価されている。
TikTok超えの中国発動画アプリ
――「タイパ」は世界的なトレンドと聞きました。
マット・チェン(以下、M):最近、ベンチャーキャピタル界隈で注目を集めたニュースがあります。「Reel Short」をご存知ですか?
――まったく知らなかったです。Instagram ReelとYouTube Shortから1単語ずつ持ってきた安直すぎるネーミングで、ちょっと怪しげなアプリに思えますが。
M:ところが、このReel Shortは快挙を成し遂げました。2024年11月、米アップル社のApp Store(米国)のアプリ・ダウンロードランキング・エンターテイメント部門(無料)で1位を獲得しました。一時的とはいえ、あのTikTokを上回ったのです。その後は順位を落としたものの、現在(2024年1月)でも10位前後の好位置にあります。
このアプリですが、1話約15分の「マイクロ・ドラマ」を配信するプラットフォームです。1シーズン全部を一気に見ても2~3時間しかかかりません。アプリを開発したのは中国企業、中文在線(Chinese All Digital Publishing Group)です。
――中文在線と言えば、名門・清華大学発スタートアップの老舗ですね。2000年の創業で、ネット小説やマルチメディア展開、IP(知的財産)のマネタイズ、デジタル図書館など多角的なビジネスを展開しています。サイトを見ると、450万人以上のウェブ小説家が寄稿しているとのことで、ほとんどがアマチュアだとしてもすごい数に圧倒されます。
日本では知名度がない会社ですが、スマッシュヒットした中国アニメ「羅小黒戦記」(ロシャオヘイ戦記)のIP買収、同じ本を読んだ人同士でビデオチャットできるというユニークな機能がある電子書籍サービス「Chapters」日本版のローンチなど、実はそれなりに日本とも関わりがありますね。「Reel Short」はまだ日本進出はしていないようですが。
それにしても中国では2010年代半ばには「マイクロ映画」「マイクロ・ドラマ」がちょっとしたブームとなりました。元セクシー女優の蒼井そら主演のマイクロ映画「第二の夢」は2012年の公開です。正直、今さら感が否めません。
M:AI翻訳の進化によって、多国語展開のコストが安くなったことも要因ですが、中国で成熟したコンテンツが、タイパの時代の消費者の嗜好に合った点も大きいのではないでしょうか。
よく引き合いに出されるのが”The Golden Fish Effect(金魚効果)”です。マイクロソフト社が2015年に発表した研究報告によると、平均的な集中力の持続時間は2000年の12秒から2015年の8秒にまで低下しています。金魚の集中力は平均9秒なので、人間はそれよりもこらえしょうがないという結果になりました。こうした変化に対応するコンテンツが求められているわけです。
余談ですが、ドラマの内容も中国ではありふれた「覇総劇」の枠組みを、アメリカの舞台や俳優に置き換えた作品が人気とのことです。
――「覇総劇」とは、ごくごく普通の女の子である主人公が覇王総裁(傲慢で高飛車な金満経営者)に愛されて……。というラブストーリー。日本のレディースコミックによくありそうなシナリオですよね。似たようなストーリーのウェブ小説が中国では量産されているそうですが、国境を越えて海外でもヒットするのは面白いですね。
M:「ReelShort」以外にも「FlexTV」、「GoodShort」、「MoboReels」、「Mini Episode」など、ネット小説系アプリを展開してきた中国企業による、グローバルなマイクロ・ドラマ配信アプリが次々と登場しています。
ユーザー行動の変化はビジネスチャンスを生む
――知らない間に、こんなに多くの配信アプリが立ち上がっていたのですね。
M:ビジネスチャンスがあるからです。イノベーティブなプロダクトが生まれたとしても、ユーザーの習慣を変える必要があるならば普及は難しい。逆に言うと、ユーザー行動の転換期には大きなビジネスチャンスがある。投資家として新たな成功企業を見いだす際、私が指針としている考え方です。ですから、タイパというユーザー行動の転換からどのようなビジネスが生まれるのかを見いだすことはきわめて重要です。
新たなビジネスの一つはコンテンツ・プラットフォームです。「SnapChat」や「TikTok」の成功が象徴的です。すでにマイクロコンテンツを公開するためのプラットフォームは数多く出現していますが、ReelShortに見られるようにまだ新たなプラットフォームが登場する余地も残っていそうです。
動画だけではありません。シンプルで簡潔なニュースを伝えることを標榜する米ニュースサイトの「Axios(アクシオス)」の成功に多くのメディアが学んでいます。日本の書籍要約サービス「flier(フライヤー)」は1冊の本を10分程度で読める分量に要約してくれます。
――確かに、Slackなどのビジネスチャットも、メールより簡潔にメッセージを送れるのが魅力ですよね。動画に限らず、タイパ志向のサービスが増えているわけですね。
マイクロ・ドラマの次を目指して
M:プラットフォームに掲載されるコンテンツを作り出すためのツール、このビジネスチャンスも無視できないほど巨大です。AIブームでもっとも成功したのがGPUメーカーですし、ECの台頭でマーケティングやファイナンスのサービスが流行したことを考えると理解しやすいのではないでしょうか。
――なるほど、ショート動画アプリ「TikTok」を擁するバイトダンスの動画制作アプリ「CapCut」はグローバルでヒットしていますね。実際に使っている人に聞くと、ショート動画が作りやすいようにカスタマイズされていて、一般的な動画作成ソフトよりも使いやすいのだとか。
M:私たちチェルビック・キャピタルもこのトレンドに注目しています。そこで2017年創業の日本ベンチャー企業・AKA Virtualに出資しました。同社は3DのCGコンテンツ・制作ソリューションを提供しています。CGキャラクターや背景の制作、AR/MR(拡張現実/複合現実)などの技術を持っていますし、企画やシナリオ作成からライブ配信までワンストップでサービスを提供しています。
特に注目したいのが、映画やマンガ、アニメ制作者をターゲットにしている点です。もともとAKA VirtualはVTuber制作を事業としていました。フォロワー数世界一のVTuberであるAkemi Nekomachi(アケミ・ネコマチ)はAKA Virtual所属ですし、大手VTuber事務所のホロライブにもソリューションを提供しています。
その後、VTuberだけではなく、映画やアニメ、マンガなどのジャンルへとターゲットを広げることになります。こうした伝統的なエンターテイメント産業のプレイヤーもショート動画によって新たなファンを獲得することを望んでいますが、そのためのノウハウが不足しています。VTuberで培った技術はこの課題を解決するものになると考えたのです。
AKA Virtualのプロダクトは従来製品と比べて、コンテンツ制作に必要な時間とコストを大幅に削減させるものです。スマホやパソコンといった、一般的なツールで米ピクサーのような高品質なコンテンツを作り出すことが可能になります。
――確かに低コストでショート動画が作れるなら、マンガやゲームのプロモーションにはうってつけですね。
M:VTuberは配信が基本的なスタイルです。ユーザーの質問に返答するといったリアルタイム性が売りですが、今後のマイクロコンテンツ全般でインタラクティブ性の重要度が増していくと私は考えています。ドラマのような作られたストーリーを視聴するだけではなく、個々のユーザーがキャラクターと会話したり一緒に行動したりすること。これがキラーコンテンツになるでしょう。
技術的な条件も整いつつあります。生成AIの発展によって、キャラクターが人間と会話することが可能となります。ARの発展によって、本物の人間とバーチャルキャラクターが一つの画面に収まることが可能となります。新たなテクノロジーの発展によって、マイクロコンテンツは次なるステージへと発展し、さまざまなメディアに発展するでしょう。
こうした次世代の技術をどのように磨き上げるのか。そして、コンテンツビジネスの核心であるコンテンツそのものの価値をどう担保するのか。情報があふれかえり、集中力がますます散漫になっていくタイパ時代で勝ち抜くために必要な条件だと確信しています。
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タイパのニーズ獲得を目指したコンテンツ、サービスは私の想像以上のペースで登場していることが、マットさんの話からよく理解できた。一方で膨大な情報におぼれ、本当に必要なコンテンツを探し出せない問題。あるいは人間の集中力を奪うサービスが増えることで時間を浪費してしまうという問題もある。
スマートフォンサービスが世界一発展している中国では、子どもだけではなく、中高年が一日中スマホ漬けになっていることが社会問題になりつつある。
今後ますます抗いがたい魅力を備えていくマイクロコンテンツとどう付き合えばいいのか、こちらも私のみならず、多くの人にとって頭が痛い問題となりそうだ。