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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.9】スーパーカーから農業機械へ、華麗な転身を果たした新興バッテリーメーカー

【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.9】写真はイメージです。

【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.9】写真はイメージです。

 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気が付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは「スーパーカーから農業機械に転身、台湾スタートアップが見つけた車載バッテリーの新たなニーズ」です。(聞き手・執筆:高口康太)

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 EVは注目の産業分野だが、友人同士のおしゃべりのテーマに取りあげることはおすすめしない。というのも、強烈な賛成派や反対派がいたるところにひそんでいるからだ。「脱炭素は重要だが、EVにはまだ課題がある」というあたりまでは双方合意できるはず。よって、議論となるのは、「技術的な課題を解決してか普及すべき」か、「普及を進めながら、課題を潰していくべき」なのかというあたりではないか?

 私は、どちらというと後者の立場だ。私が専門とする中国では、EVの販売台数が増えるにつれて、関連する政策や産業が洗練されている。ビジネスを動かさなければ、課題も見つからないのではないか……。

 先日、台湾を訪問した際、チェルビック・キャピタルでこんな話をつらつらとしていたところ、まさにEVについて、「走りながら解決策を見つける」スタートアップがあると教えてもらった。世界のスタートアップ事情に詳しい台湾の投資家、マット・チェン氏を語り部に、その注目企業をご紹介したい。

※鄭博仁(マット・チェン)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・キャピタル)の創業パートナー。米国、中国を中心として世界各地のベンチャー企業に出資している。起業家時代から約20年にわたり第一線で活躍する有力投資家として、中国で「エンジェル投資家トップ10」に選出されるなど高く評価されている。

バッテリーの課題は「熱管理」

シン・モビリティー(行競科技)董事長ロイズ・ホン(洪裕釣)氏

――その注目スタートアップについて教えてください。

マット・チェン(以下、M):台湾のシン・モビリティー(行競科技)です。パナソニック台湾董事長でもあるロイズ・ホン(洪裕釣)氏、テスラの元エンジニア、アジジ・タッカー氏が共同で2015年に創業しました。洪董事長はいくつもの企業を手がけてきました。たとえば、コロナ禍でヒットしたパソコン用書画カメラのIPEVOは、日本でも知っている人がいるのではないでしょうか。

 彼らは「液浸冷却バッテリー」という新技術に取り組みました。

――液浸冷却ってデータセンターでは話を聞きますね。冷却液にサーバーを沈める方式で、空冷や液冷よりも高い効率が期待できるのだとか。それにしてもバッテリーの性能を高める新技術はいろいろとあるようですが、冷却方式については初耳です。そんなに重要なのでしょうか。

M:リチウムイオン電池にとって、“熱管理”は大きな問題です。寒すぎると、EVの航続距離が激減し、充電速度も落ちます。今年1月には米シカゴが寒波に見舞われ、多くのEVが充電ステーションの周りで立ち往生する光景が話題となりました。販売台数世界一のEV大国である中国でも、寒い東北部ではあまり普及していません。「EVは万里の長城を超えられない」というジョークもあるほどです。

 一方で、高温下でも問題があります。高い温度にさらされると、熱暴走と呼ばれる現象が起き、最悪では発火し炎上してしまいます。リチウムイオン電池の炎上は厄介で、消火が難しい。高温になると、バッテリーに使われている酸化物から酸素が放出されるので、燃焼を止めるにはひたすら水をかけて温度を下げるしかないためです。

 EVが炎上した場合、消火には4トンもの水が必要だと言われています。ガソリン車の火災では泡消火剤を使って酸素の供給を断って消火するのですが、EVにはこの手法は使えません。また、巷にはEVよりも大きなバッテリーも増えています。風力や太陽光発電の電力を貯めておく大型蓄電システムが普及しつつありますが、こうしたバッテリーシステムで火災が起きると大変なことになります。2021年7月、オーストラリア・ビクトリア州で起きた蓄電施設の火災では鎮火までに4日間もかかりました。今後は商業施設やオフィスビル、一般家庭でも蓄電システムの設置が進みますが、そうなれば安全性の要求はますます高いものとなります。

 バッテリーは充放電すると発熱しますが、熱暴走が起きないように冷却し、それでも足りない場合は充放電を制限する機能を備えています。とはいえ、頻繁に性能が低下するとそれも困りものです。

――なるほど、熱管理の重要性はよくわかりました。そのために液浸冷却が有効な解決策になるわけですね。

M:(液浸冷却は)安全性、出力、耐久性、急速充電性能など優位性を持っています。また、バッテリーを高密度で詰め込むことができるため、形状の自由度が高いことも魅力です。シン・モビリティーはクライアントにあわせてカスタマイズした形状のバッテリーを制作しています。すでにシン・モビリティーのバッテリーを搭載した、トラックや鉱山機械などの製品が発売されています。

クボタ大阪本社を訪れたシン・モビリティーのメンバー(ニュースリリースより)

 この液浸冷却技術は世界的な注目を集めています。昨年末には日本の農業機器メーカー、クボタも出資しています。出資に関するプレスリリースでは「トラクタや小型建設機械などの電動化に向けた技術開発を進めておりますが、農地や建設工事現場などの過酷な環境下での高出力運転を求められるため、これらの製品に適合するバッテリーシステムの開発・確保は大きな課題(リリースより引用)」と、シン・モビリティーの技術への期待を表明していました。また、電源パワー制御や環境エネルギー関連で事業を展開する株式会社エヌエフホールディングス(本社:神奈川県横浜市)とも協業を開始しています。

スーパーカーと農業機械の共通点

――一般的な車よりも農業機械や建設機械向けが中心ですか?

M:そうです。安全性が高いことに加え、クライアントごとに形状のカスタマイズが可能という点が、特殊車両メーカーのニーズにあっているからです。

 もう一つ、理由があります。中国のCATLやBYD、韓国のLGエナジーソリューションなどの大手バッテリーメーカーは通常、大手自動車メーカーの一般的な乗用車しかカスタマイズを受け付けません。数のはけない工業車、商用車はビジネスとしてのうまみがないという判断ですが、そこにスタートアップが参入するチャンスが生まれているのです。

 シン・モビリティーは私たちチェルビック・キャピタルが出資した企業ではありますが、それだけではなく、彼らの成長ストーリーと戦略的な判断には“これぞスタートアップのあるべき姿だ”と感心させられました。プロダクトだけではなく、この点もぜひご紹介したいのです。

 創業者のロイズ・ホン氏は、大の車好き。なので、最初は電気で走るスーパーカーを作りたいとシン・モビリティーを創業しました。当初はバッテリーメーカーではなく、レーシングカーを作る会社だったのです。すごいEVレーシングカーを作るための手段として、液浸冷却技術の開発が進められました。

【参考 シン・モビリティーの沿革】https://www.xingmobility.com/tw/about

――それが今では農業機械向けのバッテリー専業メーカーに。まったく違う方向に進んでいますね。

M:液浸冷却バッテリーを搭載したスーパーカーを作ってみたところ、そのクールな車よりもバッテリーに興味を持つ人が多かった。レーシングカーに適したバッテリーがないから自作せざるを得なかったわけですが、農業機械などでも同じ悩みがあったのです。脱炭素は自動車メーカーだけの課題ではありません。電動化していない企業とは取引しない、公共工事に入札させないといった動きが今後広がることが予想されるので、今から対応する必要があるのです。

 このニーズに気づいたシン・モビリティーはバッテリー専業メーカーにピボット(方針転換)を決めました。その後はクライアントのニーズをさぐり、そのコストに見合ったバッテリーへと改良を進めました。

 もう一つ、液浸冷却というコンセプトは決して新しいものではないという点も重要です。データセンターなど他の分野では冷却技術としての有効性は認められていましたから。車載バッテリーについても理論は存在していました。ただ、それを実現し量産するにはお金も時間も必要です。既存技術の確立に多額の資金を投入してきた大企業は往々にして、過去の資産を捨てることになりかねない新技術の開発に尻込みします。そうすると……。まさにスタートアップにとっては大きなチャンスでしょう。

 さらに「まずなにをやるか」という優先順位がスタートアップにとっては何よりも重要です。急成長が続くEV市場に参入したくなるのは当然ですが、シン・モビリティーはあえて確実なニーズがある農業機械や建設機械から始めました。将来的には一般的な乗用車市場への参入も目指していますが、「まずは」という優先順位を明確に定めたのです。

「ニーズを発見してからのピボット」「誰も考えていなかった技術ではなく、知られていたが実現されていなかった技術への取り組み」「ビジネスの明確な優先順位」。まるで教科書に出てきそうなスタートアップの戦略じゃないでしょうか。

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 スーパーカーを作る会社が農業機械のバッテリーメーカーになる。なるほど、シン・モビリティーは「走りながら解決策を見つける」の典型だ。

 脱炭素、電動化というと、つい乗用車ばかりに注目してしまうが、商用車や建設機械にも電動化は求められており、乗用車とは異なるニーズが存在する。そうした細分化するニーズにどう応えていくのか。新しい技術とスタートアップが活躍する場はまだまだ無数に存在している。

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